二人の試合
予感があった。こうすれば相手は驚いて、反応が遅れるだろう。
動く気の感じられない構え。まずは挨拶からだと信じ切った表情。全身から滲み出る油断。
なぜこれから戦う相手を前にして、そんな顔でいられるのか。
僕がやってる普段の訓練には、開始の合図なんかない。ヒルティースが挨拶をした時は意地の悪い作戦だったし、なんでそんなものを待ってるのか意味が分からない。
あの森の中、兎獣人の子供を攫った悪との戦いにだって、そんなものはなかった。
完全に理解の外。馬鹿馬鹿しいとすら思って、挨拶もせず仕掛けた。
右手でダラリと持った木剣を掬い上げる。相手の視界と意識から外れた一撃を放つ。
負けてもいい。負けて当然。むしろさっさと負けて作業に戻るべき。そんな試合だけれど、もし勝つとしたらこうだろう。
相手は同世代では負けなしで、僕はそもそも剣を使えない。まともにやっては勝負にすらならない。
だから、まともにやらない。
「うわっ!」
エルノが声を上げて、構えていた木剣を捻るようにして防御する。―――うん、初手は失敗。
けれどその受け方はいけない。すぐには攻撃へ移れない。僕は大股で一歩、さらに踏み出す。
剣とはつまり、棒っきれだ。ウェインはそう言っていた。
激しい戦いに耐えるため硬い素材を使い、殺傷能力を高めるために刃をつけた棒。
自分で使ったことはないけれど、それを扱うための様々な技があることは知っている。戦い方を教えてくれるウェインも、一緒に訓練をするニグとヒルティースも剣を使うから分かる。
棒は、振らなければ威力は出ない。
「ちょ……!」
エルノが何か言いかける。ほとんど耳元で聞こえた。それだけ距離を詰めた。
これで剣は振れない。振らせない。
剣を扱えない僕がもし、剣術試合で勝つならどうするか。簡単な答えだ。剣では勝てるはずがないのなら、剣で戦わなければいい。
―――思いっきり、肩からぶつかる。
ドンッ、という確かな衝撃があった。視界の端に兵士たちが青ざめる顔が見えた。ワッ、という冒険者たちの歓声が聞こえた。死角なのにグミさんがコップを傾ける様子すら分かった気がした。
体当たりにエルノが体勢を崩す。たまらず一歩さがり、そのまま距離を取ろうとさらに後ろへ跳ぼうとする。
それを視界に収めながら、僕は体当たりの勢いをそのままに倒れ込んだ。棒っきれを握ったまま地面に手をつく。
歯を食いしばって腕を支点にした。倒れたまま真横に地面を蹴った。身体を地面と平行に振り回した。
金髪の少年の着地点を、蹴り払う。
「――――――っ!」
両足ともが浮いていれば、踏ん張って耐えることもできないのは当然だ。金髪の少年の身体は冗談みたいに半回転して、なすすべもなく地面に叩きつけられる。
その中途で、空中の彼と目が合った。深い海色の瞳を驚きに見開いて、地を削るような足払いを放った僕を見ていた。
完璧に決まった確信があったのに。
本当に嬉しそうに、エルノは笑っていた。
「―――りゃあっ!」
肩から地面に激突するその瞬間に、エルノは平手で地面を思いっきりぶっ叩いた。
ダァンッ、とすごい音が鳴って、ともすれば手を痛めてしまうのではないかと疑うほど。……いや、確実に痛めただろう。それでも躊躇なくそうした。
地面を叩いた腕が跳ね上がる。エルノの身体が車輪のように高速で回る。一回転するときに、さっき地面を叩いた手がまた地面を叩いた。
少年の身体が跳ね上がる。
その動きが流れるようで、びっくりした。思わず目を見張ってしまった。
「よっ、ととっ!」
倒しても起き上がる玩具のように。
勢いのつきすぎでバランスを崩しながらも立ち上がった少年は、受け身をとった方の手を後ろに引いて、右手だけで剣を構える。
僕はといえば、まだ地面に手をついた体勢のまま。……倒れたところに木剣を突きつけて終わりにしようとしたのに、目論見が完全に外されてしまった。
「すごい。強いね! ……さすが冒険者だ」
エルノが賞賛してくれるのを聞きながら、僕は苦々しい気持ちで立ち上がる。こちらを褒めながらも、剣を構える顔にはもう隙がない。
だから、これはもう無理だな、って分かってしまった。
「君はきっと、おれには想像もつかないような冒険をしてきてる」
海色の瞳を輝かせて僕を見て、羨ましそうに。
ああ、そういえば彼は、ペリドットのような冒険者に憧れているのだったか。貴族の長子だからきっと周りから止められているのだろうけれど、これだけヤンチャな性格で実力もあれば、たしかに冒険者は向いているに違いない。
貴族にしておくのはもったいない、と思ってしまって。ちょっと笑えてしまった。冒険者にする方が、よっぽどもったいないだろう。
「じゃあ、次はおれの番!」
声は明るく元気に。挨拶もなしに奇襲した相手にすら、屈託なく。
きっと彼はさっきので片手は痛めただろう。しばらく使えないハズだ。だから僕は、木剣を両手で構える。
片手では重い攻撃はできない。受け止めて、弾いて、返す攻撃で決める。それができれば勝てるはず。
できるわけあるか。
「……こんな子がいるんだ」
同い年の少年を視界に収めて、思わず声を漏らした。
やられた後のリカバリーだなんて、幾度となくやられなければ身につかないだろう。少なくとも僕にはあそこまで完璧な受け身も、流れるようにノータイムで跳ね起きる芸当も無理だ。
あの動きを会得するのに、彼はどれだけの訓練を積み重ねてきたのだろう。どれほど叩き伏せられてきたのだろう。
……きっと、僕は怒っていたのだと思う。
これは人死にだって出るような大規模な任務で、なのに集まった兵と冒険者たちは仲が悪くって協力できるか怪しくて、被害を抑えるためには砦を早めに攻略しなければならなくて……そして僕たちは今、砦攻略のための兵器を造っている。
遊び気分でついてきただけの子が、興味本位で同じ歳の僕を邪魔をしにきたのだと。僕は彼のことを、その程度にしか認識していなかった。
貴族とは戦う者なのだ。彼はちゃんと戦士として、この一行に加わっている。……それが、技量から分かってしまった。
金髪の少年が動く。
彼はたしか……金色に輝く流星の剣閃エルノ・リオノックス、と名乗ったのだったか。
うん、ちょっと長い気がする。それに輝くとか星とか、いかにもペリドットに影響されている感じだ。そりゃあ彼に憧れるのは自由だけれど、二つ名は正直、もうちょっと短い方が覚えやすいし呼びやすくていいと思う。
金色の剣閃、とかでどうだろう。
繰り出される剣撃を目にすれば、思わずそんな考えが浮かぶほど彼の技は見事で。
初撃を防いで、二撃目もギリギリ受けて、三手目で跳ね上げられた木剣が手から離れた。ニカッとエルノが笑って、離れた場所に木剣が落ちる音がして。
僕は彼に、言い訳のしようもない完敗を喫したのだった。




