二人の少年
「わ、若様っ!」
すぐに前方から兵士さんたちがやってきた。声と走る速度から慌て方が分かる。
「お待ちください若様。はしゃぎすぎです!」
「そうです若様。いきなり剣術試合も非常識です」
「一人で行動するのもダメです。夜の町の外なんですよ!」
うーん、もっともだなぁ。
というか、どうやらエルノは彼らを振り切ってここまでやってきたらしい。けっこうなヤンチャさんだ。貴族ってもっと落ち着いていると思っていたのだけれど。
「なんだなんだ?」
「あの子、領主の息子じゃん」
「朝いたな。遊びにでもきたのか?」
騒ぎに気づいたのか、ちょっと離れた場所にいた冒険者たちがこちらに注目している。その中に問題のペリドットの姿は見えないのは……良かったのか悪かったのか。
「フフン! 馬車の列からは離れないから大丈夫! それに、僕と同じ歳で冒険者やってる子だよ? ペリドットさんも強いって言ってたし、だったらどれくらいか確かめたくなるってものさ!」
エルノは兵士たちの言葉にそう返すと、僕に向き直った。
白い歯を見せてニッと笑って、持っていた訓練用の木剣を放り投げてくる。―――ちょ、危ない!
「わわっ」
慌てて立ち上がって、空中で木剣を掴み取る。掴み取れた。
良かった……さすがに人に当たる軌道じゃなかったけれど、貴重な錬金術の道具とかにぶつかっていたら酷いことになっていたところだ。
最悪、僕らが今造ってる兵器の完成が絶望的になっていたかもしれない。
「君もそうだろう、キリネ君。強い相手と戦ってみたいと思うのは戦士のサガだ。同い年の相手なら特にね!」
清々しいほどに元気で明るい言葉が投げかけられる。自分が今なにをやったのか分かっていないらしい。
顔を上げる―――気が付けば、僕は注目を浴びていた。立ち上がって木剣を受け取ってしまったことで、僕はエルノと対峙するような形になってしまっている。
兵士さんたちとユーネはハラハラした顔で、冒険者たちとグミさんは早くも見物の体勢で、ウェインたち三人とリルエッタは呆れた顔で僕とエルノを交互に見ていた。
予想してなかった状況に、喉まで出かかった文句が詰まる。そして一旦その機を逃してしまえば、雰囲気に抑圧されてもう声が出てこなかった。
「若様、彼らは仕事中の様子。あの女性は今回の作戦の肝を担う大事な兵器の発明者で、彼はその助手として参加されています。邪魔をしてはいけません」
「そうです。彼は重要な役目を任されているのですよ」
兵士たちが僕たちのことをエルノに説明してくれる。どうやら止めようとしてくれているらしい。
「ニャハハ! べつにいいだろーちょっとくらい! それともなんだ、貴族様が平民に負けちゃダメだからって逃げる気かよー?」
「そうだそうだ! そもそもそっちから仕掛けてきたんだろうが!」
「引っ込め兵士共! 過保護は子供によくないぞ!」
その兵士に冒険者がヤジを飛ばす。いつも仲悪い癖に、こういうときだけ団結するのやめてくれないだろうか。
「っち、品がない冒険者どもめ。若様が負けるはずないだろう!」
「やってみなくちゃ分からないだろー!」
「若様は同世代で負けなしの剣技を扱われる。確かめるまでもない」
「こっちのはこの歳でEランクだ。なよなよしい貴族様なんかに負けるかよ!」
僕らを挟んで盛り上がるんじゃない。
助けを求めるように横目でグミさんを見ると、彼女は羽根ペンを置いて水筒から紅い液体をコップに注いでいた。なんでもう見物の体勢に入ってるのさ……。
「まあこうなっては仕方がないよ。木剣を投げたのは後で兵士に叱ってもらうがね。この状況で繊細な作業を続けられるほど、この非才の身は肝が据わっていないんだ。休憩ということにするから、サクッと戦ってくるといい」
残念ながら、僕らの雇い主からの許可も出てしまった。たしかにこれでは作業どころじゃない。
「キリ、やるなら遠慮はいらないわ。コテンパンにしてやりなさい」
「け、怪我は治しますからー、頑張ってくださいね」
リルエッタとユーネも止めてくれない。
僕は奥歯で苦い何かを噛み締めるような気分で、問題の珍客へと視線を向ける。
「フフン! どうやら決まりだね。さあ、勝負といこう! よろしくお願いします!」
エルノ少年はどこかで見たような仕草で前髪をかき上げたあと、ビシッとした綺麗な姿勢で木剣を構えた。
……わざわざ夜になってから訪ねてきたということは、日中はこちらに来ることを禁止されていたのだろうか。兵士たちが何人もついてきているから、彼一人のために隊列を乱すわけにはいかなかったのかもしれない。
そして夜になってやっと許可が下りて、一目散にこちらに来たのか。同い年で冒険者の僕と腕試しをしたいという、その一心で兵士たちを振り切って。
領主様の長子は冒険者に憧れているっていう話だ。きっと僕とこうやって会うのをずいぶん楽しみにしていたんだろうな。
魔術の明かりに照らされる彼は無邪気に笑っていて、楽しそうで、嬉しそうで。
―――なんだか少し、イラッとした。
言葉で返事はしなかった。木剣の重さを確かめるように片手で一回振って、前に出る。グミさんの錬金術の道具や材料を壊すわけにはいかない。
今日の月は雲に隠れていた。けれど代わりにリルエッタの魔術の明かりが周囲を照らしているので、いつもの夜よりもずいぶん明るい。戦闘訓練には支障ないだろう。
綺麗な金髪の少年と、五歩の距離で対峙する。
「へぇ……すごいな。気負いがまったくない」
彼の漏らした呟きは素の響きで、そしてその意外な内容に僕は眉をひそめる。……気負い? よく分からない。緊張していないってことだろうか。
まあたしかに緊張はない。相手が貴族というなら、剣術の訓練は本格的に受けているだろう。さっき剣技は同世代で負けなしって兵士さんも言ってたし、負けて当然だ。そもそも僕は槍ばかりで剣なんか振ったこともないのだし、勝てるわけがない。
そんなことより、こんなの早く終わらせて作業に戻るべきだ。僕は彼と違って、遊びで来てるわけではないのだから。
一回付き合えば、僕が弱いと分かって気が済むだろう。
野次馬たちがざわめいている。みんなが注目している。僕と彼の試合を固唾をのんで見守っている。
エルノはもうすでに構えていたけれど、動かない。僕が木剣を構えるのを待っているのだろう。―――本当に綺麗な構えだ。どこかふざけた調子なのに、そのたたずまいから確かな実力が透けて見える。そんなところが彼が目指すというペリドットによく似ていて、思わず笑ってしまいそうになってしまった。
僕が構えたら、よろしくお願いしますとか挨拶をするのだろうか。ああいや、そういえば彼はさっき、その挨拶をちゃんとしていた。なら僕もその挨拶をして、一礼。それから木剣を構えて、試合開始の合図を待つのが手順だろう。
「よっ、と」
挨拶なんかしなかった。構えすらなかった。木剣を持つ右手をダラリと下げたまま普通に歩くように歩を詰める。エルノがキョトンとした顔をして、反応が遅れる。
地面を擦る低さから、掬い上げるように剣を振る。




