金色に輝く流星の剣閃
廃砦にはゴブリンの大群がいて、ゴブリンロードとかいう親玉がいるらしい。
東側から応援に来たスピフィというBランク冒険者は、西側の冒険者にちょくちょく喧嘩を売るような態度を見せる。
領主様はこのゴブリンロード討伐を好機とし、どうやら名声を欲しがっているようだ。
ウェインはその領主に怒っていて、それはこれから決まるだろう作戦にも影響が出そう。
廃砦はほとんど万全の状態で、簡単に攻略はできないと予想できる。
「なんか、ヤだな……」
ポツリと漏らす。嫌な要素ばかりが重なっていくのを数えながら、リルエッタが用意した魔術の明かりの下で手を動かす。
行軍は夕陽が落ちる頃まで続いて、それから野営となった。出発の時間が遅かったから少し押したらしい。
兵士たちが大鍋で作った料理を食べたらもう暗くって、今は僕たちとは少し離れた場所に冒険者たちが集まって相談をしているところだ。どうやら兵士たちとは別に夜の見張りを立てるようで、これだけの団体だと魔物は近寄ってこないから人数は少なくていいとか、馬車と馬になにかあったら兵士たちに文句言われるだとか、話し合う声が聞こえてくる。
僕らはといえば、ここからが本番である。馬車が止まって作業できるようになれば、グミさんの兵器を組み立てなければならない。
「世界は複雑にできているものだからね。いいことばかりではないよ」
漏らした声が聞こえてしまったのか、鼻歌まじりで羊皮紙に魔術陣を描いていたグミさんが笑った。僕はすぐには言葉を返さず、慎重に釘で骨組みに板を打ち付ける。
……これでけっこう繊細な作業だ。グミさんの兵器は自動走行爆破車輪。目標に自動で走っていってぶつかったら爆発するという陸戦兵器なのだけど、これは真っ直ぐ走らせるだけで難しいのだ。錬金術の術式で補助はしても、物理的な歪みが酷ければ曲がってしまうだろう。
それが分かっているから、グミさんは手を動かしながら僕の作業を待ってくれた。
「……まともにやったら死人が出るって」
二つ釘を打って板を固定してから、僕はチッカが言っていたことを口にする。
相手はゴブリンとはいえ、普通とは戦いの規模が違うから当然だろう。なのに誰も彼もが協力しようとしない。
「だろうね。けれど冒険だって死ぬのだろう?」
「そうだけど……」
冒険は危険だ。僕が冒険者になってからこれまでにも、死んだ人はいる。僕自身も死にかけたことはある。だから、それは今さらの話。
けれどいつもの冒険と今回とでは、なんだか違うのだ。
全然、違うのだ。
「パーティは六人まで、って理由がよく分かるわね」
グミさんの横で違う魔術陣を描いていたリルエッタが、僕を横目で見てそう口にした。
視線を向けると、リルエッタは羽根ペンを置いて猫のように軽く伸びをする。
「冒険者は好きで冒険してるんだもの。余計な事に頭を悩ませたくないってこと」
ああ、そうか。
グミさんの言葉は本当だ。世界は複雑にできているものだから、いいことばかりではない。……つまりややこしいのだ。
普段の冒険者はもっと単純だ。喧嘩を売られたらすぐに買うし、手柄を横取りしようとする相手は殴り倒すし、気に入らない相手とはそもそも一緒に行動しない。
そこまで思い至って、頭を抱えたくなる。いがみ合っている場合ではないのだけれど、いつもがそんなだから解決の糸口なんかあるわけがない。
たぶん冒険者に団体行動なんかさせちゃいけないのだろう。
「ユーネは、むしろ兵士さんたちの方に問題があると思いますけれどー」
馬車の荷台からグミさんの錬金術の道具を降ろしながら、ユーネは声をひそめる。
「これから一緒に戦おうっていうのに、関わろうとしてこないんですよねー。料理の手伝いもしなくていいって言われましたし、でも夕食は雑に具材を煮ただけの鍋を置いていっただけって感じでしたしー」
「餌を与えられてる気分だったわね。明日からは食材だけ要求して自分たちで作ろうかしら?」
どうやら二人は食事にご立腹らしい。
一ヶ月前の仕事で神官さんに教えられたからだろうか。あれからリルエッタは野外料理をよくするようになった。最近は町の外に出るときは決まって、なにか食材を持っていくくらいだ。
簡単なものしか作らないのだけれど、偏食な彼女が自分で料理したものはブツブツ言いながらもちゃんと食べるので、きっと楽しんでやっているのだと思う。
ユーネも料理好きだし、それに彼女は食べるのも好きなので、今日の夕食はあまりお気に召さなかったのだろう。
「まあまあ、兵士たちも納得がいってないのだよ。彼らは自分たちだけでゴブリンロードを討伐したかったようでね。それを領主が冒険者に頼るものだから、目の敵にされるのも仕方がないのだよ」
「そうなの?」
「冒険者は困り果てた人々から魔物討伐の依頼をよく請けているだろう? 兵は持ち場があるからなかなか動けないけれど、冒険者は金さえ積めば動いてくれる。そのせいで兵士より冒険者の方が頼りになると言う者だっているんだ。それが兵士たちは気にくわない。彼らは民を守るため日々がんばっているのに、気が向いたときだけ仕事して後は遊んでいるような冒険者となんて比べられたくもないんだね」
それは……分からなくもない。冒険者と比べるまでもなく兵士さんたちは真面目だ。北西の門の兵士さんたちとは顔なじみだけれど、彼らは日の出から日没までずっと番人をしているし、夜も何人かは見回りをしているのだとか。
それを毎日だなんて、決して冒険者にはできないお仕事だと思う。
でも、冒険者は呼ばれて来たのだ。指名されたギルドクエストを断れば罰があるのだから、ほとんど強制である。それなのに目の敵にされるなんて、ちょっと納得できない。
「そうそう、冒険者と言えばもう一つ。これはまあ、他愛ない要素だからあまり関係はないかもしれないけれどね。今回は領主様の息子が同行しているだろう? エルノ・リオノックス。リオノックス家の長子で、将来を期待されている優秀なお子さんさ。ただ彼、冒険者に憧れているらしいんだよ」
「冒険者に?」
今朝ちょっとだけ見た姿を思い出す。目が覚めるほど綺麗な金髪をした、笑顔が素敵な少年。僕と同い年の十歳らしい彼は、領主様の子供だから当たり前だけど貴族だろう。
そんな子が冒険者になりたいと思ってるってことだろうか。それはでも、無理なのではないか。長子ってことは一番お兄さんってことだし、普通に家と貴族を継ぐ人なのではないか。
「そう、よりにもよって冒険者にね。君の考えている通りだよ。貴族の後継ぎたる彼には冒険者になるなんて許されない。……けれど手が届かないものだからこそ、輝いて見えることもある」
考え込む僕の顔が変だったのか、グミさんはこちらを見て笑った。
手が届かないから良く見える……隣の畑の方が野菜がよく育っている気がするみたいな話だろうか。
「なんでもエルノ君にはお気に入りの冒険者がいるらしくってね。有名人らしいから、たぶん君たちも知っていると思うけれど―――」
「こんばんは! フフン、君が噂のキリネ君だね! 僕と同い年の冒険者がいるってよく聞いているよ!」
夜闇に響く元気な声に振り向く。―――なぜか一瞬でダメな予感がした。特にあの鼻にかかった笑い方に既視感がある。あと僕のことをキリネって呼んだ。
「初めまして! おれはエルノ。金色に輝く流星の剣閃エルノ・リオノックス! 同じ太陽の輝き宿すペリドットを目指す者として、いざ尋常に勝負しよう!」
魔術の光に照らされる髪は、輝くような金色。年齢は僕と同じくらいだけど、少し彼の方が背が高いだろうか。
訓練用の木剣を二本持ってやってきたその少年は、僕を真っ直ぐに見てくる綺麗な海色の瞳と、眩しい笑顔がすごく印象的で―――
対する僕はといえば、そういえばあの人って子供にすっごい人気だったな……なんて他人事のように考えながら、ただただ遠い目をするしかなかった。




