不安要素
「冒険者の皆様方、お待たせしてすまなかった。我はノグランズ・リオノックス。ヒリエンカの町周辺の統治を担うリオノックス家の当主をやらせてもらっている」
油でしっかりと整えたダークブラウンの髪に口髭のノグランズは、ちゃんとあいているのか分からないほど細い目で集まった冒険者たちを見回した。
印象として、細い。目だけではなく身体の線が細い。胴回りも、腕も、足も、首も細くて長くて、全体的にスラッとしている。
どう見ても筋肉がない体型で、そんな人が豪華な金属の鎧を着ているものだから、完全に似合っていない。僕が見ても分かるくらい、鎧に着られている状態だ。
「此度の魔物の大量発生、そしてそれを率いるロードの出現は、我が領地の民たちを脅かす最悪の危機と言えるだろう。領主としてこの事態の解決、すなわち魔物の殲滅は最優先で行うべき事案だ。なんとしてでも、一匹残らず斃しきらねばならない」
この地を統治する領主様は、そこで一度言葉を切った。
改めて冒険者の面々へ一人一人、視線を投げかけていく。
「ここにいる皆の活躍は、我も店主を通してよく聞いている。勇壮で実力が高く、魔物との戦闘経験が豊富な冒険者たちであると。……ゆえにこそ、今作戦を成功させるためにはあなた方の協力が必要不可欠だと認識している。この地に住まう民のためにどうか、あなたたちの力を貸していただきたい」
領主は真摯な声と表情で、胸に手を当ててそう口にした。
たぶん……というか間違いなく、勇壮で実力が高い冒険者の中に僕たちのパーティは入っていないのだけれど、それはそれとしてちょっと意外だった。
穏やかな口調に丁寧な言葉遣いだ。偉い人なのだからもっと威張る人かもと思っていたのに、あんまり偉そうに感じない。むしろ状況の解決のために必死で取り組もうとしているのが伝わってくる。
「そう思ってるなら、俺たちもパレードに誘ってくれて良かったんだぜ、領主さん」
それまでの空気を裂くような、怒りを滲ませた声だった。
ザ、と靴底をわざと擦るような足音と共に、濃い茶色に一房だけ白が混じった髪の戦士が歩み出る。
「冒険者代表を任されたウェインだ。ずいぶんゴキゲンなパレードだったみたいだな。俺たちは衆目から隠さなきゃいけないような汚物扱いか? それとも英雄気取りしたいから手柄は全部もらってくってか?」
「貴様!」
領主の後ろに控える兵士たちが鋭く声を発し、槍を構える。
あまりにもズケズケと言うからビックリしたけれど、内容は分からないでもない。冒険者の中にはニグやヒルティースのように、英雄に憧れる人だっているのだ。
これから戦いに出るのは同じだというのに、兵士たちだけがパレードに参加したことには不満を持っている人もいるだろう。
「武器をおろせ」
色めき立つ兵士たちを片手を上げて制して、口髭のノグランズは目を細める。
「失礼した、ウェイン殿。たしかにパレードの件は、冒険者の諸君が不満に思うのも無理はない。民の安心を得るために演出は必要であったが、そのためにあなた方をないがしろにしてしまったこと、心よりお詫び申し上げる」
「そう思うなら、せめて凱旋には参加させてもらいたいもんだ。俺たちは目立ちたがり屋だからな」
「約束しよう」
謝罪する領主に溜飲が下がったのか、肩をすくめるウェイン。僕はそのやりとりをちょっと意外な心持ちで見ていた。
……ウェインが言ったことは正しい。けれど正直、らしくない、と思う。
なんだか変な感じだ。たしかに冒険者は英雄に憧れる人もいるし、目立ちたがり屋も多いけれど、彼自身は違う。パレードに参加できなかったことで怒ったりしない気がする。
だから、あれは怒気は演技なのだと思う。
冒険者たちの代表であるから、だろうか。上手く言えないけれど、普段とは雰囲気が違う気がして、それが妙に気にかかった。
……しかし、このやりとりはマズくないのか。
見れば主に頭を下げさせたとあって、兵士たちは怒りの形相をしている者たちも少なくない。
対する冒険者たちもなんだか不穏な空気が漂っている。領主様に謝られたところでパレードはもう終わってしまったのだし、納得できていない者もいるのだろう。
さっそくだけれど不安になってきた。すぐに爆発するような雰囲気ではないけれど、例の廃砦まではだいたい五日ほどかかる予定だ。途中、僕らが前に立ち寄った平原の村に立ち寄って、そこからさらに二日進んだ場所にあるらしい。
その間、何事もないなんてあり得るだろうか。とてもじゃないけれどそうは思えなかった。
いくら不安要素があっても、それは僕たちにどうにかできることではない。西と東の冒険者の確執も、冒険者と兵士の対立も、僕らのような低ランクのパーティにはどうしようもない。
さらにいえば、実のところ僕らにそれらは関係ないのだ。自分たちの仕事はグミ・アンサルクロフトフのサポートであり、前線で戦うことは期待されていないのだから。
そう。僕たちには僕たちの仕事がある。
「というわけで、我々の仕事はこれを当日までに間に合わすことだ」
ガタガタと揺れる馬車の中で朝食代わりのリンゴを囓りながら、グミさんはそう言った。
他の冒険者のだいたいは歩いているけれど、僕たちはグミさんのサポートという立場のおかげで馬車に乗せてもらえている。……もっとも、荷馬車だからあまり乗り心地がいいとはいえない。油断して喋ると舌を噛みそうだ。
「な……なんでまだ骨組みしかできてないのよ!」
そんなガタガタの中でそんなふうに叫ぶと本当に危ないのだけれど、リルエッタはその惨状を目にして頭を抱える。ユーネですら悲しそうに顔を覆っていた。
「一応、一つはできていて別の馬車に載っているのだけれどね。ふふ……量産か。この非才の身にまた新たな課題が立ちはだかったというわけだ。ところでリルエッタ君、マグナーンのツテでこの兵器を造る職人を斡旋してくれるって計画はなぜ進めてくれなかったのかね?」
「あれだけ失敗を繰り返してなんの実績もないのに投資なんてできるわけないでしょう! 実績をつくりなさい、商品としての実績を!」
僕は町の外の道のデコボコで荷台の品が崩れたりしないか注意しながら、グミさんの話に耳を傾ける。馬車の中にはグミさん作の兵器が積まれていて、僕たちの仕事にはこの荷の管理も含まれていた。
「まあとにかく、あとは組み立てて調整だけのものが二つ分。材料だけは揃っているのが一つ分あってだね。領主の依頼で合計四つは揃えなければならないのだよ。この五日間でだよ? 振動で馬車が動いている最中は作業できないから、休憩中とか夜にがんばらないといけないわけだ。ああ、お肌が荒れてしまうね」
「グミさんはいつも徹夜とかしてるでしょう、そこ気にするわけ?」
「集中している時に寝食を忘れるのは構わないのさ。誰かの都合でそうせざるをえない、というのはストレスじゃないか」
振動対策なのか折りたたんだ毛布に腰掛けたグミさんは、揺れる馬車を気にせず話してリンゴにかぶりつく。あれいいな、僕も後で毛布を用意しよう。
「とにかく、道中では本当に君たちに頑張ってもらうからよろしく頼むよ。なにせ今作戦、この非才の身が手がける兵器に成否がかかっていると言っても過言じゃないからね」
「ええ……これにですかぁ? なんだか強い人たちたくさん集まっていましたし、こんなのなくても大丈夫なのではー?」
「こんなのって酷くないかな?」
兵器をまったく信用していないユーネの言葉に、悲しそうな顔をするグミさん。まあ失敗する予感するよね。僕もする。だって成功した例をいまだに見たことがない。
けれどグミさんはわざわざ羊皮紙を手近な木箱の上に広げ、ガタガタと揺れる中でインク壺の蓋を抜いた。羽根ペンを持って、可能な限り慎重に紙の上を走らせる。
「いいかい。先ほど見たからだいたい分かっているだろうけれど、冒険者の数が君たちを合わせて三十五。領主の兵が三十四。砦の監視や周辺の村々に派遣された兵が約三十合流して、総勢で百ほどが戦力だ。ここまではいいかな?」
「うん、まあ」
簡単な足し算だ。難しい計算じゃない。リルエッタもぱっと見で分かったらしく、ユーネは検算をしたのか一拍遅れで頷いていた。
「対して、領主から聞いた情報だとゴブリンは五百はいるらしい。数では圧倒的に負けているね」
「一人五匹倒せばおつりがくるわ。わたしたちじゃ無理だけれど、冒険者も兵士も精鋭でしょう? それくらいの実力はあるはずよ」
羊皮紙に書かれた百対五百の構図を見てリルエッタは唇を歪める。
数が多いとはいえ敵はゴブリンだ。個々の力は弱いのだから、単純な数の比較は意味がない。
「一般的に、攻城戦は敵の十倍の戦力が必要になると聞くけどね」
グミさんの言葉に、僕らは口を閉じて黙った。
十倍。五百相手だと、五千の戦力が必要、ということか。いや、この場合はゴブリン五千を倒せる戦力で……一人で五十匹を倒すのは、熟練の冒険者たちでもさすがに無理ではないか。
「数が増えると報酬や兵站の手配で加速度的に軍費が嵩むから、今作戦で選ばれたのは本当に精鋭だけ。だからこそ領主はこの非才の身の兵器を所望したわけさ。どうかそれで砦の外壁を壊して、戦いを単純な百対五百にしてやってくれ、とね」
もしかして僕ら、すごく重要な役なのでは?




