理由
「まず、みんなに残念な事実をここで共有したいと思う」
ペリドットは常にない厳かな声音で、この場の全員に向けて語りかける。
口調に比べて彼の表情は明るく笑顔だけれど、それはあのペリドットが諦めているということだ。つまりこれから告げられる言葉は絶対で、覆らないのだろうと予感させられた。
「我々に団体行動は無理だ」
そうだね。
「この顔ぶれに加え、さらに各パーティの仲間たち、そして領主とその兵士たちだろう? ヒリエンカの町にある冒険者の店においては西としても東としても、かつてない大規模作戦と言ってしまっていいだろう。そんなもの冒険者の手には余る」
冒険者はあまり大人数での行動を得意としない。……というか、だからこそ冒険者をやっている、みたいなところがある。
全員が全員、我が強いのだ。特に今喋ってる人がすごい。たぶんこの中で一番苦手だと思う。
それに、今僕の横に座っているスピフィもいる。常に一言多い彼女がいると力を合わせた作戦なんて、上手くはいかないという予想が簡単にできてしまう。
「だけれど安心してほしい。知っている者は少ないかもしれないが、この彼は元傭兵だ。おそらくこの中で唯一と言っていい、多人数での作戦行動には慣れている人材だよ」
元傭兵。それは……知らなかった。
ウェインとは冒険者の店に来たその日からの付き合いだけれど、そんな話は一回も聞いたことはない。本人が苦々しい顔をしているということは隠していたのだろうか。
「ふぅん、傭兵ね」
スピフィの声が一段低くなる。今までのあえて嫌らしさを表に出した感じではなく、本気で嫌悪しているような声音。
「まったく同感サ。とはいえ、使えるものは使うのが冒険者だとも。……それに元傭兵なら、砦攻めの経験、あるいは知識なども期待できるだろう? さらに彼はゴブリンロードの調査を行っていたパーティの一員でもあるから、現地の砦の様子も目にしているからね。この依頼の情報はこの中の誰よりも持っている。まさしく今回のぼくたちの代表には相応しいのだよ」
……たしかに、元々ゴブリンの調査をしていたというのは大きいと思う。そのうえで、元傭兵の経験と知識もただの冒険者にはないものを持っているはず。そしてもちろん、戦士としての方も申し分ないだろう。
ただ、この場にいる全員が―――いや、正しくはスピフィ以外の全員が、懐疑的な表情でペリドットとウェインを見ていた。僕もそうしていた。
だってウェインだよ?
「えっと、質問いいですか?」
我慢できず僕は左手を上げる。左肩をスピフィに押さえられているのでちょっとしか上がらなかったけれど、右手は挟まれて動けないからしかたない。
「どうぞ、キリネ君」
「どうしてペリドットさんがやらないの?」
この暴れケルピーの尾びれ亭で筆頭冒険者と言えば、この明るい緑髪をなびかせる槍使いだ。この店で唯一のBランクパーティのリーダーなのだから、誰に聞いたってそう言うだろう。本人だってそう言うはず。
だから代表なんて、普通は彼の役目なのではないか。……それはそれで不安だけれど。
「フフン、とてもいい質問だね」
ペリドットはサラサラの前髪をかき上げると、白い歯を見せて笑ってみせる。
「キリネ君も覚えておくといい。大将というのはね、基本的に後方に控えるものなのサ。前線に出ることもなく戦場の全体を見渡して、あれやこれやと考えて忙しなく指示を出して、やれ偉そうだほれ無能だなんて陰口を言われる役どころだとも。まっぴらゴメンだね!」
すごい堂々と言うなぁ。
「嫌な役を押しつけたってことね……」
スピフィを挟んで向こう側のリルエッタが呆れた声を出す。僕はこの部屋に入る前に聞こえた二人のやりとりを思い出していた。
たぶんだけど、最初はペリドットに話が来ていて、それを断ったのではないか。そして嫌がらせでウェインを推薦したってことだろう。
「まあそれもあるのだけれど、構成的に海猫の旋風団は完全に戦闘向きだからね。戦士、重戦士、弓使い、そして神聖術士だ。ぼくらが後方に控えてどうするんだ、という話だよ。―――その点、彼のパーティは戦士、魔術士、斥候と探索向きの構成をしているからね。後方向きと言えるだろう?」
ああ……それは、なるほど。
冒険者パーティにもそれぞれ特色がある。各パーティごとに得意なことが違うのだ。戦士しかいない場合と、ぼくらみたいに術士が多い場合では、請ける仕事からすでに違ってくる。
ペリドットの海猫の旋風団は全員戦えるし、怪我をしたら治癒術で回復もできる。構成的にも実力的にも、戦闘能力は暴れケルピーの尾びれ亭で最高だろう。たしかに後方に配置するのはもったいない気がする。
ウェイン、シェイア、チッカの三人はもちろん強いんだけれど、前衛が一人だから敵の数が多いと対処しきれないのではないか。そういう意味では、今回の仕事で前線に赴くのはちょっと不安だ。
チラリと部屋内を見回すと、Cランクのリーダーたちも納得顔だ。戦士っぽい二人はウンウン頷いているし、弓を持った人はヤレヤレといった表情。魔術士っぽい人は思案顔だけれど、たぶんあれはヘタに意見して自分にその役が回ってくるのが嫌だと思ってるんだろう。
どうやらみんな意見は同じようだ。……代表は、損な役割。
どうせ誰にも満足にこなせないのだから、誰かに押しつけてしまおう、と。バルクは不安そうな顔をしているが、他に捜したところで適任なんか存在しない。ダメ人間の中から一番マシなダメ人間を選ぼうとしたところで、どんぐりの背比べである。
「納得いただけたかな。つまりぼくが大将をやるわけにはいかないのサ。ま、砦攻略の際は一番槍を担わせてもらうつもりだから、そちらの方の活躍を期待してくれたまえ」
「おっとソイツは聞き逃せないねー。こっちは橋を越えてこんな田舎にやってきてるんだ。おいしい役は譲ってもらわなきゃ」
「フフン、キミに危険な役回りをさせてもしもの事があったら、ただでさえ悪い東との関係が取り返しがつかなくなるだろう? お姫さまのように扱ってあげるから、安全で楽な仕事をあてがってもらいたまえよ」
説明が終わると、さっそくスピフィが混ぜっ返す。それに対するペリドットの返しもちょっと不穏な雰囲気だ。東側にある冒険者の店のことは知らないけれど、あんまり仲は良くないのだろうか。
しかし、どうやらこの二人……というかBランク帯ともなると、安全な後方で頭を使うより前線で戦う方がいいらしい。
「代表については分かった。人選に文句はない」
「いや遠慮するな。文句あるだろ言ってくれていいぞ」
Cランクパーティのリーダーの一人、大剣を背負った野性的な風貌の戦士が低い声で言うと、ウェインがお願いするように反対意見を催促する。戦士さんは目を逸らした。
「文句はない。……が、人員については疑問がある」
目を逸らした先は僕らの方だ。それにつられるように、視線がこちらに集まる。
「お、なになに? ニャハハ、もしかしてアタシに文句があるってことかい?」
「個人的に嫌いだから不満はあるが、あんたに疑問はない。聞きたいのはあんたが玩具にしてる子供のパーティだ。……さっき彼らも参加すると聞こえたが、たしか彼らはEランクだったはずだろう。さすがに実力が足りなくないか?」
「えー、カワイイからいいじゃん。目の保養でしょ。連れて行こーぜ」
まあ気になるよね。僕も気になる。本気でここに呼ばれた理由が分からない。
最初は、一ヶ月前にゴブリンの大群と関わった件で話でも聞かれるのかと思った。けれどそれにしてはニグとヒルティースがいないし、チッカの説明だけで事足りてしまっている。
あと、考えられる理由としては……。
「目の保養はともかく、連れて行くのはいいでしょう? たしかに実力的には浮いてるけど、治癒術士に後方で控えていてもらえるならありがたいじゃない」
そう言ったのはもう一人の女戦士さんだ。全身鎧を装備し盾と短めの片手槍を持っている彼女の視線は、ソファに座っている僕らではなくその後ろのユーネに注がれている。
Cランクでも術士がいるパーティは少ない。治癒術が使える人は海猫の旋風団のコルクブリズがいるけれど、特に今回の依頼は激しい戦闘があるだろうから、それで治癒術士であるユーネが呼ばれたとするなら……まあ、納得だ。
つまり僕らはオマケである。そういえば以前もそういう依頼は……異常事態のせいでメチャクチャ大変な目に遭ったけれど、あった。治癒術士は貴重だから、治癒術士がいるパーティにはたまにこういう仕事がやってくるのだ。
「ああ。そいつらを前線に投入する気はないし、怪我人が出た場合は治癒術士に働きを期待している」
「は、はいー。頑張らせていただきます」
バルクの言葉に、ユーネが少し緊張した声で返事をする。
「だが、そいつらの仕事はそれだけじゃない。実は領主側の同行者から、今回の依頼にどうしてもこの三人を参加させてほしいと推薦があってな。おそらくあちら側の指揮下に入るから、お前らはあまり気にしなくていい。今日は一応の顔見せだ」
「へ?」
思わず変な声が出た。
領主側の同行者から推薦って何? 僕らにそんなコネクションなんかないはずだけど。……ああいや、リルエッタは有力商人のお嬢様だし、ユーネは教会関係者だから、あるにはあるのか。
でも、見ればリルエッタとユーネはまったく心当たりがなさそうで、困惑した表情をしていた。どうやら彼女たちにとっても寝耳に水らしい。
いったい誰が……―――。
「推薦者の名は、グミ・アンサルクロストフ。なんでも兵器専門の錬金術師とのことだ」




