一ヶ月の間に
壁に飾られた大きな角笛は魔物の角でできているのだろうか? 棚に置かれてある紫水晶や翡翠は大きくて綺麗で、立て掛けられた不思議な紋様が入った円盾はなんだかすごく古そうだ。他にもなんだかよく分からない品がいっぱいあって、もしかしたら歴代の冒険者たちの戦利品かもしれないと感じた。
奥の部屋は広くて、床一面に緑の絨毯が敷いてあった。依頼人の話を聞くためのものだろうか、足の短いテーブルを挟んで長いソファが二つあって、その一つは誰も座らず空席。そしてもう一つのソファには黄色紫色の編み込み髪をしたスピフィさんがどっかと座っていて、その彼女を挟むように僕とリルエッタが座らされ、それぞれ腕を回され抱くように肩を掴まれていた。
「うんうん、子供はいいねー。小さくって肌がすべすべして活きがいい! まーたこのしょぼい応接間にシケた顔ぶれで面倒な話し合いするのかー、って気が滅入ってたけれど、こんな可愛い子らがいるならもっと早く来れば良かったな。もしかしてバルクのおっちゃん、アタシが子供好きだって知ってて用意してくれた? てことは、この子たち持ち帰っていいってことだよね?」
ニャハハッ、と陽気に笑ってリルエッタに頬ずりし、勝手なことを言い出すスピフィ。ひとしきり抵抗して無駄を悟ったチェリーレッドの髪の少女は、今はもう諦めた顔でぐったりしていた。
このそうそうたるメンバーの中で、一番年下でランクも低い僕がソファに座っている事も、初対面の人に侍らされている状況も非常に居心地が悪かった。正直今すぐにでも逃げたい。せめて立って部屋の一番隅っこへ退避したい。
しかし驚くべき事に、全然逃げられないのだ。力で固定されているわけでもないのに、肩を掴む腕の中から逃れることができない。まるで壁に背をつけて座った状態で額を押さえられると、どうやっても立ち上がれなくなるあの感じに似ていた。
「スピフィ、そいつらはウチの冒険者だ。今回の作戦にも参加する予定だから、あまり玩具にしないでやってくれ」
「お、冒険者なんだ? ねぇねぇキミたち、こんなつまんない西側の田舎じゃなくって東側の黒鱗シーサーペントの剣牙亭に来る気はない? 今ならこのスピフィお姉さんが手取り足取り腰とりいろいろ面倒見てあげるぜー?」
「引き抜きもやめてくれ」
バルクのツッコミがとても助かる。少なくとも僕は何も知らない東側の冒険者の店に移る気はない。
というか、スピフィが喋るごとにCランクパーティのリーダーである四人の表情が強張って、部屋の空気がドンドン張り詰めていっている気がするのだけれど。西側が田舎って、同じヒリエンカの町なのに東側は都会なのだろうか。
「フフン。東側は都に近く、貿易港もあるからね。つまり他所からの流行が伝わるのは常に東からなのサ。スピフィ君のあの奇抜な髪型やたくさんの飾りも、都かどこかで流行ってるんじゃないかな?」
僕の困惑が伝わったのか、ペリドットが苦笑しながら東側のことを教えてくれた。
……なるほど。ヒリエンカは真ん中に流れる大きな川で東西に分かれているし、町自体も広いから地区ごとに特色があるらしい。
「お、珍しくお目が高いねペリドット。その通り、この髪は都でも最新のオシャレさ。装飾品は海向こうの魔除けで銀製。楔を模したコイツをつけてれば、悪い場所へ引きずり込まれないって代物だ。どうだ、カッコいいだろー?」
「まあ、本当に都で流行ってるかどうかなんて実際に行かないと確かめられないから、向こうからの商人に騙されてる可能性も高いのだけれどね。髪染めと装飾品の代金、今回はぼったくられなかったかい?」
「ぶっ飛ばすぞ勘違いキザ野郎!」
手に力を入れるのやめてほしい。普通に肩が痛いんだけど。あと僕とリルエッタがいないところで喧嘩してくれないかな。
「そこまでにしておいてくれるか。そろそろ本題を話し始めたい」
バルクが声にまで濃い疲労を宿して割り込む。
依頼内容はあのゴブリンの大群の討伐で、集めたのはこの個性的なメンバーで、そして領主様まで関わっているとなると、心労が積み重なることは僕でも分かる。
「まずゴブリンロードの件だが、最近ゴブリンが謎の大量発生していたことを受けて、その調査として三人の冒険者に調査を依頼していた。―――チッカ、説明してくれるか」
「はいはい。その依頼を請けていたのが、あたしとウェイン、そしてシェイアだね」
促されて、チッカが一歩前に出る。
彼女たちは一ヶ月ほど前、僕らとは別件の依頼で僕の故郷であるニビトイ村近くまで来ていたのだけれど、あれからもヒリエンカとあの辺りを何度か往復していた。帰ってくるたびに愚痴に付き合わされていたのを覚えている。
ただ、最近は三人ともゆっくりしていたのだけれど。
「なんでもゴブリンロードってのは必要に応じて発生するらしいね。ゴブリンの群が大きく膨れ上がりすぎて、ホブやシャーマン程度じゃとてもじゃないけど纏めきれないってなったときに、群の運営のために統率力の高い個体が群の中に現れる。……って、どこぞの学者さまが言ってるらしい。―――つまり、あたしたちの仕事はゴブリンロードが発生しそうな大群を見つけることだったわけ」
そこまで喋って、チッカは周囲を見回す。
全員が理解できているかを確認するための間で、質問の声は上がらなかった。
「ん? ニャハハ、今の話が分からないヤツいるの? 複数パーティのレイドなんだから、こんなとこで心配されるバカは辞退を認めるべきだと思うけど?」
「悪いね。東と違ってこっちはワンマンじゃないんだ」
ピリ、とまた空気が一段張り詰める。ただ今回はスピフィの笑みが固くなって、チッカはどこ吹く風という形だ。
よく分からないけれど、チッカは東側の冒険者たちについても詳しいらしい。
「続けるよ。一ヶ月ほど前にあたしたちがゴブリンの大群を見つけた時は、まだゴブリンロードは発生してなかった。ただ、ヒリエンカの西に三日ほど行った山あたりの集落を襲っていてね。まあ頭がいない以上は烏合の衆だし、ある程度の防衛力がある集落だったから、被害は出ただろうけれどなんとか防衛成功したみたいだ」
その件に関しては僕らのパーティも無関係ではない。というかメチャクチャ関係者だ。
ニグとヒルティース、そして神官さんを含めた臨時のパーティでゴブリンたちを奇襲し戦線を混乱させることで、間接的にだけれどその集落を援護したのだ。
―――もっとも、僕はそのとき別で動いていたのだけれど。
「ただ、その事件のせいで集まっていたゴブリンが森の奥へ散っちゃってね。あたしたちは領主に警戒を呼びかける報告をした後に調査を継続。二十日ほどかけてゴブリンが再結集している場所を見つけ出した。それが、さっき言っていた廃砦ってわけ」
「そういう経緯だからすでに領主の兵が周辺の村に派遣されているし、その廃砦も監視されている。ただヒリエンカの兵だけでは手に余る規模の群なうえに、ずいぶん昔に打ち棄てられたとはいえ砦攻めとなる以上は戦力が要るからな。よって、領主が冒険者の応援を求めてきたというわけだ」
チッカもバルクも、僕たちのことや兎獣人のことには触れなかった。必要ないからかバッサリ省かれたらしい。
あるいは、隠れるように住んでいた兎獣人に気を遣っているのかもしれなかった。
「なるほどねー。それで、西側のメンツだけじゃ不安だからアタシが呼ばれたってワケ。うんうん、分かるよ。頼りないもんねキミら。領主と兵士と共同作戦ってことなら、交渉する冒険者側の代表も必要だしね。いいよ、大船に乗ったつもりでアタシに全部任せなさい!」
うんうん、と頷きながら、まるで挑発するように笑むスピフィ。
……そろそろ分かってきたけれど、この人はわざとやってる。いちいち余計なことを言うのも、みんなが立っているのにわざわざソファに座る態度も、この部屋の全体に撒き散らすような挑発的な視線も。あえて、だ。
そして集められたCランクパーティのリーダーたちは、そのたびに表情を強張らせている。
「悪いがあくまで主導はこっちで、スピフィ殿は東側からの応援だ。冒険者の代表は暴れケルピーの尾びれ亭から選出させてもらう」
「そう? ま、できるヤツがいるならいいけど?」
バルクが事務的な声で言うと、スピフィはあっさりと引き下がった。おそらく最初から分かっていたのだろう。このメンバーでわざわざ東側の冒険者を代表にする理由がない。
それに、スピフィが代表になったらいろいろと不満が出ると思う。たぶん刃傷沙汰になるんじゃないだろうか。……そんな緊張感が部屋に満ちていた。
「フフン、もちろんできる者はいるとも。スピフィ君よりもよほど適任がね」
「はいはい、どうせアンタがやるって言うんでしょペリドット? ま、お手並み拝見してあげるよ。お粗末なデキだったら遠慮なく笑い飛ばしてあげるから……」
「いや、ぼくじゃないよ」
ペリドットはニコニコと笑いながらスピフィの言葉を遮ると、隣に立つ男性の肩をポンと叩いた。
濃い茶色の髪に一房だけ白が混じった、戦士。
「今作戦におけるぼくらの大将は彼、ヒポポレック君サ!」
「他人に紹介するときくらいは名前間違えるんじゃねぇよ!」
―――ウェインが冒険者代表とか、正気なのだろうか。




