辛味
「リルエッタさん。いいものがありますよ」
平原の村から少し歩けば林道に入り、そしてすぐ緑は深く濃くなり地面に傾斜ができてくる。けれどニビトイ村までは人の行き来があるのか、ちゃんと踏みしめられた道があった。
荷車がガタガタ揺れながら通れる道だ。レーマーおじさんが相棒のロバと使っていたらしいそれは、山の麓をぐるりと回り込む緩やかな上り坂。
そんな山道で神官さんはそれを見つけ、今日初めての休憩をみんなに伝えた。
「あら、なにか商品になりそうなものかしら?」
「思いついたものはなんでもと言われましたので」
森の中だけれど、木々が避けるようにしてぽっかりと開けた場所だ。中央にはひなたぼっこをするように大きな岩があって、背中をもたれかけることができる。
つかの間の休憩にはちょうどいいところである。きっとレーマーおじさんも、この辺りで一服したのではないだろうか。
「ニビトイ村は山間にありますので、ヒリエンカのように海塩がとれません。ですので保存食は塩漬け以外に頼ります。天日干し、燻製、オイル漬けなどですね。これを使う場合は、香草漬けと呼べばいいでしょうか」
神官さんが岩の影に生えている草の、幅の広い葉っぱを摘んで見せる。薄っぺらくて濃い緑で、裏側がザラザラした葉っぱだ。……それを見た僕は、きっとすごく微妙な顔をしていただろう。
「へぇ。保存食をつくれる香草ってこと? いいわね。ヒリエンカでは聞かないわ」
そりゃあヒリエンカには必要ないだろう。港町で塩田があるのだから、素直に塩漬けをつくればいいし。
冒険者の店の庭で一度保存食をつくっているところを見たことがあるけれど、木のタルに塩をドカドカ入れて干した魚を放り込み、また塩をドカドカ入れて干した魚を放り込むということを繰り返していた。あの光景にはよく分からない感動を覚えたものである。
「はい。この葉を干して刻んだものや根をすりおろしたものを食料に混ぜると、腐敗を遅らせることができます。冬を越せるほど長持ちではありませんが、村では重宝している香草です」
「身体に悪くないのかしら?」
「そんなことはありませんよ。少しクセのある味ですが食べられます」
食べられることを証明するように、神官さんは葉を少しちぎって口に入れた。しっかりと噛んで飲み込んで見せる。
そして、リルエッタに残りを差し出した。
「……味見させてもらうわ」
彼女は少しだけ躊躇い、しかし葉を受け取ってちぎる。香りを確認してから口の中に入れると、目をぎゅっと閉じた。眉間に深い深いシワが寄る。
偏食なのに、商売が絡むと得体のしれないものでも食べちゃうところはさすが。だけどあれ、辛いんだよね……。
「これは……刺激的ね」
「な、なんだか無理してませんかー?」
「貴女も食べてみなさい」
そう気遣ったユーネの手に、リルエッタから葉っぱが渡される。
フワフワ髪の少女はほんの一瞬嫌な顔をしたが、神官さんとリルエッタの手前断ることもできず、小さく千切って口にする。
「……ああー、なるほどー。塩とは違った独特な辛味ですねー。刺激的ですが香りが爽やかですから、料理に使えるかもー」
「どれどれ、オレも試させてくれよ」
「ああ、興味がある」
わりと平気そうなユーネの手から残った葉っぱを受け取って、ニグとヒルティースも食べる。二人とも女性陣が食べた量より明らかに多かったからか、揃って渋面になる。
とはいえ、ちゃんと噛み締めて食べきった。
「おっ、おおっ、コレは……くるな」
「これだけだとツラいが、調味料ならまあ……」
好評ではないけれど、なくはないという感触だ。最後にリルエッタは僕を見たが、首を横に振って拒否した。
「僕は食べたことあるから。食べられないことはないけど、あんまり好きな味じゃなかったよ」
リルエッタは口を尖らせたけれど、僕だって苦手なものはある。それしか食べるものがないときなら仕方ないけれど、今はそうじゃないし。
「慣れると美味しいものです。根をすりおろしたものはもっと辛味がありますよ。薬にならないかと個人的に栽培もしていますから、価値が出るなら村で畑を作ることも可能でしょう」
「そう……使いどころが限定的になりそうだけれど、一度おじいさまに見せてみるわ」
「マグナーンの当主殿ですか。ヒリエンカで最優の商人と呼ばれるかの御仁なら、良い案が浮かぶかもしれませんね」
ちなみに神官さんはあの辛味が好きで、薬草としての効果が薄いことが分かった後も教会の片隅の畑であれを育てていた。
普通に使いもするけれど、根っこをそのまま油漬けにしたり、まるごとお酒に漬けてみたりと自分で工夫していろいろやっている。そして毎回こう言うのだ。これなら辛くありませんから、食べてみなさい―――
本当に、嘘はいけないと思う。
「……リルエッタさん。マグナーンから見て、今回の件はどう考えますか?」
マグナーンの話が出たからだろうか。神官さんはふとそう聞いた。
今回の件。今回の、レーマーおじさんの件。
「論外ね。無駄足でいいから、もう村人たちに殺されてることを期待しているわ」
チェリーレッドの髪の少女は、まっすぐに神官さんの目を見て言い切った。
「田舎の村を回って行商するって結構難しいことよ。彼らは純朴だけれど排他的で、独自のルールで生活している。長く付き合っていくには互いに理解し信用しあうことが最低条件。そのうえで魔物や野盗に襲われるリスクと移動時間に見合うだけの利益を出さなければならない。……そのレーマーという行商はそれだけの地盤を築いておきながら、一方的にその関係性を壊すような罪を犯した。商人として許しがたい話ね」
恐っわ。
どうやらリルエッタは本気でレーマーおじさんに怒っているようだ。商人としての意識の低さが我慢ならないらしい。
「この際だからハッキリ言っておくけれど、町に連れて行っても大した罪には問えないわよ。キリは奴隷商に売られる前に逃げ出したんだもの。未遂なうえになんの証拠もない。しらばっくれられたら無罪になる可能性も高いわ」
それは、ちょっとビックリした。でもたしかにあり得る。
あの日のことは断片的にしか思い出せないけど、奴隷商の看板を見て逃げたことまではハッキリ覚えている。建物の中にまで入ったわけじゃないのだ。
あの場所はたまたま通りがかっただけ、売られると思ったのは僕の勘違い、と言われてしまえば、確かめる術はない。……レーマーおじさんは明確にあの奴隷商の店の入り口に向かっていたけれど、それは僕しか見ていないのだから。
「そうでなければとっくに、マグナーンの力で捜し出して牢屋にぶち込んでるわよ」
……そうか。マグナーンは海塩ギルドの長だ。
塩を扱う行商人で名前まで分かってるなら、捜すことくらいできるだろう。―――リルエッタの性格ならそれくらいはしかねない。
それでも放っておいたということは、本当に罪に問うのが難しいのか。
「わたくしが辺境巡回神官として尽力しますので、無罪にはさせません。レーマーには必ず罪を償わせます」
「軽い罪でしょうけれどね。まあ、どうせ行商は続けられないでしょう。結果がどうあっても、そいつが築き上げたものはすべて崩れ去る―――それでいいってことにしておくわ。だから安心して。ちゃんと依頼はこなすから」
「……感謝します」
「冒険者だもの。当然よ」
そういえばリルエッタは最初から、あまりこの依頼に乗り気じゃなかった気がする。村で罪を犯したなら村で裁くのは当然だ、みたいなことも言っていた。
神官さんから依頼料を引き出すための話術かと思ってたけれど、あれは本心だったのか。
「ニグさんとヒルティースさんはどう思いますか?」
リルエッタに聞いて終わりかと思ったけれど、神官さんは次に二人へ聞いた。
「オレはその行商人に興味がねぇ。悪いヤツだとは思うけどさ、それをどうすんのか考えるのは冒険者じゃないだろ?」
「強いて言えば、生きて町に護送しないと報酬が全額受け取れないから困るな。そういう意味でなら、まだ生きていてほしいと祈ってもいい」
「もし村の人たちが早まっていた場合でも、報酬は支払います。それはあなた方の落ち度ではありませんから」
ニグとヒルティースはブレない。あくまで依頼を請けた冒険者として、レーマーおじさんには特別な感情はなさそうだ。
「では……ユーネさんは?」
神官さんの視線が、ユーネへと向かう。




