海猫の旋風団に勝つ方法
「そんじゃ、そろそろ移動しようか」
「うーい」「了解」
あたしが立ち上がると、ウェインが焚き火に土をかけ、シェイアが火消しの呪文を唱える。魔術によって薪の熱が失われたら、乾いた軽い炭はまた使えるので拾っておく。
うんうん、焚き火の処理くらい慣れたものだ。冒険者はこれくらいすぐに動けて及第点。
「ちょ、まてよ! せめて何か言え!」
動けない落第点が腰を浮かして文句を言う。……まったく。こっちだって考える時間が必要なんだよ。あんな難題にすぐ答えなんか出るもんか。
「魔物は焚き火に寄ってくるヤツもいるからね。そろそろ移動しといた方がいいの」
「ゴブリンはメシの匂いを嗅ぎつけてきやがるぜ。お前らは山中で煮炊きなんかするんじゃねーぞ」
「特に肉や魚」
あたしたちが説明してやると、向こうの三人はメチャクチャ何か言いたそうな顔をする。
見晴らしがよく警戒しやすい場所ならともかく、山中で火を使った調理は危険が伴う。煙は位置を知らせるし、匂いは風に乗る。夜だったら光だって目立つだろう。魔物に獲物はここだと教えているようなものだ。
特に今は普段よりゴブリンが増えているのだから、用心しておいた方がいい。全員が食事を終えたなら早々に場所を変えるべきである。
「……あんたらにとっちゃ願ったりじゃねぇのかよ?」
「戦闘は今回の仕事に入ってないんだ。ほら、あんたたちもさっさと立ちな」
焚き火の処理が終われば、降ろしていた荷物を背負うだけで出発できる。斥候のあたしは一番先頭だ。舌先を出して周囲を見渡すと、細い木々の間を抜けるように西へと歩き出す。
「おい、北の道へ行くんじゃないのかよっ?」
「そっちは風下だ。魔物に鉢合わせしたくなかったら、しばらくついてくるんだね」
「……畜生っ」
三流以下の口出しを適当にあしらい、あたしは道筋を選ぶ。
触ると肌がかぶれる木の群生を迂回した。鳥の声は穏やかなさえずりだ。鼻を一つ鳴らして、少し思考に意識を割く。
―――おそらく、この三人は海猫の旋風団に恨みを持っているのだろう。恨まれてそうだもんなアイツら。だからなんでもいいから復讐したいが、とはいえコイツらはその辺のチンピラ程度の力しかない、と。
「正面から挑みな」
あたしの言葉に、後ろの男は困惑の声音を出す。
「正面からって……もしかして海猫のヤツらとか?」
「そう」
「バカか?」
ハーフリングしか通れない道を選んでやろうか、と一瞬思ったけれど、あたしは大人なのでちゃんと人間が歩ける場所を選んであげた。
山に慣れない者に合わせた速度で、木々の間を抜けていく。隊列はあたしの後ろが髪を逆立てた男で、その次に無精髭と頬傷。そしてウェインとシェイアが最後尾。
なんだかすぐ後ろのヤツの顔が蜘蛛の巣に引っかかったような声を出したが、あたしは気にせず説明を続ける。
「残念だけど大真面目。正面から正々堂々、一対一で、素手の喧嘩を売るんだ。狙うのはペリドットに絞りなよ」
それがさっきの質問に対する答えだ。この雑魚どもが海猫の旋風団相手に勝つための、最も現実的な作戦。
もちろん実行されはしないだろう。そこまで根性のあるヤツらじゃないのは分かっているが、わざわざコイツら向きの作戦を考えてやる義理はない。
「海猫の旋風団の弱みは店の筆頭冒険者ってこと。アイツらは名前が通っているし、特にペリドットのやつはアイツなりの美学がある。闇討ちなんてしてくるヤツには容赦しないけれど、正々堂々挑んでくるヤツは殺さないし、そこまで酷い怪我も負わさないハズだよ。ちゃんと優しく負かしてくれるさ」
「負けるんじゃねぇかよ……」
「殺されないし酷い怪我もしないんだから、またすぐに挑めばいいでしょ。何度でも、何度でも、毎日のように喧嘩を売ってやればいい。そりゃあ痛い目だって見るだろうけれど、そのうちアイツの癖なんかが分かってくる」
素手での戦闘技術は基本、非常時か相手を殺したくないとき用だ。冒険者にとって優先度は低い。
海猫の旋風団だと、殴ったところでビクともしなさそうなドワーフのダルダンや、神官戦士として格闘での制圧術を訓練しているはずのコルクブリズは厳しいが……ペリドットならまだ望みがある気がする。もちろんアレだって素人ではないだろうけれど、槍を持たれるよりは万倍マシだろう。
……ちなみにあの兎はダメだ。加減なんかするタイプじゃない。
「十回やったら十回負ける。百回やったら百回負けるさ。けど千回も挑むころには、あんただって多少はマシになってる。まぐれで一回くらい勝てるかもしれないね」
簡単な話である。死なないのだから、勝つまでやれば必勝。
「三年もそんなの続けろってか? 舐められながら、手加減されて負けまくって、まぐれを狙えって? 勝てる保証もねぇのに、そんなん……」
「もしかして無傷で勝ちたいとか思ってる?」
どうやったら勝てるかを聞かれたのだ。勝ち方にまで考慮しないし、そんなものを選べるほど手札もない。
「だとしたら無理だね。諦めな。そんな覚悟じゃ、海猫のヤツらにはかすり傷だってつけられやしないよ」
「…………」
「だいたい、その目がダメ。いかにも斜に構えて小賢しく楽にやっていこうとしてますみたいな、舐めくさった目じゃないか。何かを成し遂げられるヤツってのは、もっとがむしゃらで真っ直ぐな瞳をしてるもんさ。英雄なり勇者なりが強大な敵を倒すような話は好きかい? ああいうのはだいたい命がけでしょ? 自分が死んだっていい。相打ちなら上々。なにがなんでも相手を倒す。……そんな覚悟で挑むから、絶望的に力の差がある敵だって倒せるんだ」
実際、コイツらは手も足もでやしないだろう。だって実力が違う。研鑽してきた時間が違う。積み重ねてきた経験が違う。
しかもアイツらはガチな戦闘向きのパーティだ。前衛の要である重戦士、長柄の間合いで敵を屠る槍使い、状況を切り拓く弓手、自分で身を守れる治癒術士と、戦闘特化の布陣である。
あれでも暴れケルピーの尾びれ亭筆頭パーティ。店の片隅で酒飲んで愚痴ってるだけのヤツらが勝てる理由なんて、一つだってありはしない。
だから三年かけて鍛えてもらえ、と言っているのだけど。
「勇者だの英雄だの、ガラじゃねぇんだよ……」
「ハハッ、たしかに」
それはそうだろう。そこはあたしの作戦が悪いと認めるしかないね。この可愛げのない後輩どもは、明らかにそんな顔ではないのだから。
チンピラ、ゴロツキ、ならず者。そんな言葉がピッタリな悪人顔。こんなのが勇者なんて名乗るんなら、それを肴に一晩は酒が飲める。それくらい似合っていない称号だ。
結局、コイツらがあたしの作戦を実行に移すことはないだろう。なんとも虚しい、無駄な時間だった。
それでいい。最初から期待なんてしていないし、コイツらがどんな恨みを持っていようが、こんな雑談なんかで誰かの人生は変わらない。
ずっとそのままでいればいいのだ。Fランクのまま、店の隅っこでブツブツ恨み言を漏らしながら過ごしていればいい。そのうちツラくなってどっかへ逃げていくことになるだろうが、その後どうするかも含めて知ったことではない。
どうせ他人事。冒険者は自由なのだから、せいぜい勝手にやるといいさ。
「じゃあしかたないね。魔王でも目指したらどうだい。勇者よりはまだ似合うでしょ?」
「ハンッ、馬鹿にしやがって。嘲笑ってんじゃねぇよ」
それが分かるくらいなら、やっぱり頭は悪くないね。




