相談
「ところで、お前らはなんで漁村なんかに向かってたんだ?」
二本目の串焼きを骨まで完食し串を焚き火に投げ入れたウェインは、そこでやっと相手に興味を持ったらしい。
食事中のなにげない雑談だ。Fランク冒険者には守秘義務が必要な仕事なんてほとんど回ってこない。……だというのに、その質問を受けた彼らは互いに目配せし合った。
「借金の取り立てだよ」
会話役が切り替わったこの好機に、あたしは魚の腹の辺りの身を口にする。
一番油がのっていて一番美味い場所だ。他はともかく、ここだけは味に集中したい。魚の食べ方にはこだわりがあるのだ、あたしは。
「ギルドの仕事じゃねぇぞ。知り合いから頼まれたんだ。賭けで借金つくった行商人が、金ができたら返すって言いながらちっとも返しに来ねぇ。町へ戻っても逃げるように次の商いへ行っちまうもんで、もう首に縄つけて連れてきてくれって言われてよ」
「あー、そんで漁村までお迎えに行ってるわけか。門で待ち伏せするんじゃダメなのか?」
「それが依頼人も賭博で借金つくっちまったらしくてな。とにかく早いとこ金を回収したいってことで、すぐ連れて帰ってほしいんだそうだ。じゃあもうしかたねぇなってことで、その行商人の回る村を逆順で巡るつもりだったんだよ」
「ハハハッ、そりゃカスしかいねぇ話だな!」
髪を逆立てた男が軽快に話す一方で、残りの二人は微妙な顔で笑うのみ。さっきの目配せは、余計なことを言うな、ってところか。
しかし……行商人ね。
「その商人の名前は?」
あたしと同じことが気になったのだろう、シェイアが端的に聞いた。
ただ……コレは知らない方が良かったかもしれない。
「ん? ああ、たしかレーマーってヤツだ。いかにも冴えない中年って感じのヤツらしいが……」
「レーマー? それ、たしか殺されそうになってるヤツの名前じゃなかったか?」
バカのくせに覚えていたのか、ウェインがバカみたいにすっとんきょうな声を出す。このバカ。
面倒になりかねないから、こういう時は黙ってるもんだろうに。
「はあ? ちょっとまてよ、それどういう意味だ?」
「そいつ、村のガキを騙して奴隷にしようとしたヤツなんだよ。それが村人にバレて監禁されてるって話だぜ」
焦って身を乗り出すように聞いてくる髪を逆立てた男。他の二人も目を見開いて驚いている。
どうやら行商人を追っているのは本当、と。
はぁ、と息を吐く。この時点で、話を逸らすのもしらばっくれるのも無理だろう。嘘を言ってもウェインのバカがバラしてしまうに違いない。……仕方ない。ここは全部話すか。
「安心しなよ。その行商人は殺されない。その処刑に反対の人間が今、売られる前に逃げた子供と一緒に説得に向かってるハズだからね。上手く話が運んだら、衛兵に引き渡すために町へ護送されるはずさ」
「そ……そいつは困る。衛兵に連れてかれたら借金が回収できねぇ」
そういうことになるだろう。
つまり仕事のダブルブッキングだ。チビたちが仕事をつつがなく完遂させると、この三人は急ぎの仕事だというのに依頼達成が遅れてしまう。面倒くさい状況だね本当。
「まあ衛兵はすぐに解放するさ。どうせ一日二日拘留されるだけだから、その後で取り立てすればいいんじゃない?」
「いや、拉致奴隷は結構な重罪だろ? すぐに解放されるわけねぇだろうが」
「子供を騙そうとした件は未遂だし、記録として証拠があるわけでもない。あたしは衛兵に持て余される方に賭けるね」
神官の証言は重要視されるだろうし、それなりの刑罰は受けることになるだろうか。それでも犯罪奴隷落ちどころか、懲役刑も免れる気がするけれど。
その辺り、あのおっかない依頼人さんが考慮しているのかどうかは分からないが……そこはあたしの領分じゃない。
罪を裁くのはお偉方か神の仕事だ。冒険者がやっていいのは現行犯をボコるくらい。それ以上は僭越というヤツである。
「そ、そうか……だがそれでも困る。なるべく早く引き渡ししなきゃなんねぇし……」
「へぇ、ずいぶん真面目なんだね」
あたしが入れたチャチャに、男の顔が引きつる。
うん。やっぱり嘘が混じってそうだ。
「あんたたちはもっと不真面目なやつらだと思ってたよ」
「……依頼人にゃ借りがあってな」
「ま、どうでもいいけどね」
あたしはヒラヒラ手を振って、そう言ってやった。隠し事があるのは分かった。ただ、それ以上の追及はする気がない。―――実際、その行商人がどうなろうがあたしたちの依頼には関係ないし、この三人の本当の目的が何だろうが知ったことではないのだ。
こっちだって仕事中である。面倒事に首を突っ込む暇なんてない。
「あ……あんたらこそ、ここで何をやってるんだよ? なんかの依頼か?」
露骨に話を逸らしてきて、思わず苦笑してしまう。
別に誤魔化さなくてもいいのに。
「ゴブリンの調査さ。最近は妙に数が多くなってるってのは、身をもって知ったと思うけどさ」
「ぐ……」
「巷じゃゴブリンロードが産まれたんじゃないか、って噂にもなってるくらいでさ。たしかにちょっと異常だ、ってことで、あたしたちに依頼が来た。内容は……ゴブリンロードの発生場所予測調査」
それだけ話してチラリと見てやると、向こう三人はいまいち理解できなさそうな顔で目配せし合っている。
まあ、理解できないだろう。あたしも最初聞いた時は首を傾げたものだ。
「ゴブリンロードが発生したからゴブリンが増えた、は順番が逆」
ボソリとシェイアが口を出す。
「ゴブリンが増えると、ゴブリンロードが産まれる」
まるで博学な魔術士のように、焚き火を見つめながらそう説明した。……イルゼから聞いた時は、彼女も初耳みたいな顔をしていたハズだけれど。
しかもそれ以上は続ける気がないようで、水筒の水をゆっくりと飲む。
「つまりゴブリンが大量発生してるから、ロードが産まれそうな大規模の群を先に探し出しておきたいって仕事だね」
「あー……ってことは、オレらを助けたのってもしかして、その仕事のためか?」
「そう。情報提供ありがと」
向こう三人は揃って微妙な顔をする。うん、まあそんな顔にもなるだろう。
とはいえ、理由はどうあれ助けたんだから感謝くらいはしてほしいな。
「……あんたら、強いんだろ? 調査なんて言ってねぇで、ゴブリンくらい見つけたら片っ端からぶっ殺せばいいじゃねぇか。そしたらロードってやつも産まれねぇだろ」
それは愚問すぎて笑ってしまった。いかにも素人くさい言い様である。
相手がゴブリンであっても、それは無理だ。
「やだよ面倒くさい。ていうか痕跡発見から殲滅までは何日かかかることもあるし、一つ巣穴を潰したら補給や休息もいる。そんなことやってる間にゴブリンロードが出てきたら本末転倒でしょ」
ゴブリンの巣を殲滅する、ってのは一仕事だ。部屋の掃除みたいに次々と片付けていけるわけじゃない。
アイツらは弱くても無害じゃないのだ。畑に出る踏み潰されるだけの害虫でもあるまいし、ちゃんと武器を持ってこっちを殺しに来る。舐めた時が死ぬときなのだというのに、片手間でそんなのやってられない。
「それにロードが産まれる群なんて、ゴブリンが何百っていてもおかしくないらしいしね。そんなのを三人で潰すのは無理。時間も限られてるし、明らかに異常な多さだって分かる痕跡を見つけて、その場所を報告するのが最優先。―――冒険者は正義の英雄様じゃないんだ。ゴブリンが邪悪だからって、仕事でもないことに無駄な労力をかけるのはタダのバカだよ。そうでしょ?」
「ああ、たしかにな。無駄に働くのは損だ」
降参、とばかりに肩をすくめる髪を逆立てた男。……ただ、そんな彼は口を歪めると、まるで値踏みするようにあたしをジロジロ見てくる。
「……あんたは頭が回るし、現実的な考え方をするんだな。冒険者なんてのは海猫のヤツらみたいに、頭がイカレてるヤツらばかりかと思ったが」
―――ふぅん。
どうやら、コイツは見た目より賢いらしい。そのあたしの評価は、あたしが嘘に気づいたことを察したうえでのものだろう。
「海猫のヤツらはイカレてるし、若いのは夢に憧れてるけどね。中堅はこんなもんだよ」
「それだけじゃねぇ。ハーフリングは珍しいから覚えてるよ。あんた、一昨日の朝に店で見てたろ? オレたちが受付のトコで騒いでるのをよ」
「ああ、そういえばそんなことあったね」
もちろん覚えている。チビたちに絡んだところから、少年戦士二人組との睨み合い、そしてあの神官にやっつけられるまで、全部見ていたのだから。
「オレらは、あんたらから見て厄介者だろ? なんで当たり前に助けて、メシを振る舞って、普通に喋れる?」
「ぶはっ」
あまりにも真面目に聞いてくるので思わず吹き出してしまった。
なんでかって、そんなの決まっている。
「冒険者同士のいざこざなんかよくあるからね。そんなので一々目くじら立てるなんてそれこそ無駄でしかない。いい? この際ハッキリさせとくけど、あたしがCランクで、あんたらはFランク。危ないところを見たら助けてやるのは当たり前だし、メシぐらい奢れるし、喋るのに萎縮するべきなのはそっちの方なのさ」
格上はこっちで、格下はそっち。ランクでも実力でもそれは証明されているそれを突きつけてやると、両隣の二人はわずかに気色ばんだ。……が、真ん中の髪を逆立てた男だけは、顎に手を当ててこちらをじっと見つめる。
ふむ、少し評価を改めよう。なんとも可愛げのない後輩だが、ああいう目はいい。こっちを最大限利用してやろうという意思が透けて見える。
この男だけはもしかしたら、冒険者に向いているかもしれない。
「……よく分かった。オレらはあんたらにとって、取るに足らない相手だ。文句はねぇよ。そういうことなら遠慮しない。なあ、聞いていいか、Cランクの先輩さん」
「答えられることなら」
「オレたちが海猫の旋風団を倒すには、どうすればいい?」
そりゃまた、難問だね。




