川魚の串焼き
バチンッと薪が爆ぜる。熱せられた小さな木片が弾け飛び、あたしの対面にあぐらを掻く男の頬を掠めて背後の樹木にぶち当たった。
炎の勢いが強く木に水分が多いと、爆ぜる勢いも強い。生木なんぞを派手に燃やせばこんなふうに危険なのだけれど、うちのパーティの魔術士はそんなの気にせずに火力を上げてしまった。着火の魔術はそう難しくないと聞いたことがあるから、これは純粋に焚き火が分かっていないのだろう。
冒険者にもたまに、こういう基本的なことが下手なのはいる。それはまあいいけれど、おかげであちら側の三人がビビってしまっているのは少し可哀想だ……いやまあ、それは元からか。
「ほら。そろそろ魚が焼けた頃合いだよ」
「待ってました! ひゅぅ、さすがチッカ。美味そうだな!」
「川魚は久しぶり」
焚き火の周りで炙っている魚の串焼きの加減を見て言ってやると、ウェインとシェイアがさっそく手にとってかぶりつく。
太陽は真上よりも少し傾いていて、昼食には少し遅めの時間だ。そのおかげかこの二人はずっと、マテを仕込まれた犬のように串焼きを凝視していた。
もう少し焦らしてやったらヨダレでも垂らしていたかもしれない。まあ、でっかい猛犬よりも危険なヤツらのそんな姿なんて、可愛くもなんともないだろうけれど。
「あんたたちも食いなよ。でないとウェインが全部食べちまうよ」
「あ、ああ……すまねぇ」
あたしがすすめてやると、向かいに座る髪を逆立てた男はおっかなびっくり頷いてやっと手を伸ばす。それを見て、他の二人も同様に串焼きを手にした。
一番若そうだが、真ん中の髪を逆立てた男がリーダーなのか。いや、わざわざ食い物に手をつける順番を気にするそぶりがあるから、どちらかと言えば主従関係に近いかもしれない。
チビたちに喧嘩売っていたようなヤツらにしちゃ殊勝な振る舞いだ。危ないところを助けてやったからか、それともウェインとシェイアの戦い方を見たからかは分からないけれど……まあ、細かいことはいい。
あたしは自分の分の串焼きをとると、歯で背びれを引き剥がしてからかぶりつく。川魚だから臭くないか心配だったが、水が綺麗なせいか泥臭さは感じない。
うん、美味い。これで自分が釣った魚だったら最高だった。……さすがに仕事中に糸を垂らすほど鈍っちゃいないが。
「それで? さっきのゴブリンどもと遭遇したのはどの辺?」
「……必死だったから、大まかな方角しか分からねぇよ。道を歩いてたらばったり出くわしちまったんだ」
「ふぅん、普通に道を歩いてたんだ。じゃあ……この道かな」
あたしは腰鞄から出した地図を広げる。山と平地と海の地形がざっくり描かれ、ヒリエンカの町から伸びた三つの線が、それぞれ別の村を示す印に繋がっている。彼らは一番南の林道、小さな漁村に向かう海側の道を歩いていたようだ。
ちなみに村の数は四つあって、一番奥にある村へ直通の道はない。そこへ行くなら、どれかの村は経由することになる。
「なんでこんな田舎道の地図があるんだよ……?」
「村があるってことは、年に何回かは領主の兵が徴税や視察で足を運ぶでしょ? ツテとそこそこの酒があれば、この程度の地図が書けるくらいの話は聞き出せる。ま、ないよりはマシくらいの精度だから、あくまで目安くらいにしかならないけどね」
曖昧な記憶と適当な言葉から引き出した地図だ。縮尺なんか適当だし、この魚を獲った川など描いてすらない。
それでも道が三つあることと、村が四つあることさえ分かるし酒代の元くらいは……とれたということにしておこう。
とにかく彼らは、この地図でいう南側の道でゴブリン七、八匹に遭遇したらしい。
だが残念なことに、撒こうとして山に入ったはいいが、彼らよりもゴブリンの方が山に慣れていた。結果、どれだけ必死で走っても逃げ切ることはできず、追い立てられ、追い詰められて、走る体力も尽きあわやこれまでというところまできて……たまたま近くにいた他の冒険者に助けられた、というわけだ。
彼らにとって幸運だったのは、助けたパーティにあたし……ハーフリングがいたことだろう。森の木々は音を吸収するが、それでもゴブリンと人間の騒がしさは響く。人間より耳の良いハーフリングは、その音を聞き逃さなかったのである。
「あんたたち、もうその道には戻らない方がいいね。さっきのゴブリン、何匹か逃がしちゃったしさ」
「逃げてたのは数が多すぎただけだ。あと一、二匹だろ? 次はぶっ殺してやるよ」
髪を逆立てた男が、歯でむしり取った魚の頭を焚き火の中に吐き捨てる。まだ身が残ってるのにもったいない。
「あれで全部ならいいけどね……大きな群のゴブリンはぞろぞろと全員では行動しない。もしまだ他に大勢いるんだったら、あんたたち待ち伏せされるよ? 今度は遭遇じゃなくて奇襲だし、逃げる暇もないだろうね」
「ぐ……」
若い男が言葉に詰まると、両脇の頬傷と無精髭が顔色を伺うような視線を向ける。
どうやら方針の決定権は真ん中の男だけにあって、他の二人はまともに意見も言えない関係のようだ。
強権をもつリーダーが牛耳る三人パーティとか、思わず肩をすくめたくなってしまう。
「ッチ……分かったよ。予定変更だ。アンタが持ってるその地図の、真ん中の道を行く」
「そうしろそうしろ。斥候の言うことはちゃんと聞いといた方がいいぞ」
「北へ向かって歩けば、道に突き当たると思う」
早くも二本目の串焼きに手を伸ばすウェインと、ゆっくり味わいながら食べるシェイアが口を挟む。
……こいつらはバカと怠け者ではあるが、パーティを組む相手としては悪くない。特に斥候の領分を侵して来ないのはいい。どんな理由であれ、できないことはできる相手に任せる、ということがしっかりできる相手とは組みがいがある。
組んじゃダメなのは、なにも分かってないのにいちいち口出ししてくるヤツだ。そういうヤツとは頼まれたって二度と組まない。
「あんたらは成功しないタイプだね」
嫌なことを想い出したせいか、口が滑った。
「ああん?」
髪を逆立てた男が眉をひそめる。
そういえば、名前は何だっただろうか? たしか暴れケルピーの尾びれ亭に最近やってきたチンピラ崩れで、いつも隅っこの方で酒飲んでるFランク。
ゴブリンに追われているところをたまたま助けただけの三人組。
うん、と納得して、手に付いた魚の油を舐める。人の顔と名前を覚えるのは得意だが、彼らの名前など覚えているハズがない。だって成り行きでここにいるだけで、名乗り合ってないのだから。
「冒険者パーティは基本、六人が上限だ。七人以上は維持できない。冒険者は我が強いヤツばかりでまとまらないし、依頼人の財布にだって限りがあるんだから稼げる仕事がない。あたしの基準じゃ、六人だって多いと思う」
「……だから?」
「ただし、あんまり少ないと単純に人数不足になる。パーティとして安定するのは四人から五人ってとこだね」
対面の男は面白くなさそうな顔で魚を囓る。
年齢、口調、視線の動き方、歩き方、手のひらの皮膚、三人の関係性。どうせならず者くずれだろう。十中八九、スネに傷持ってるヤツらに違いない。
冒険者としての成功とか、そんな青臭いことを考えているタイプじゃないだろう。
「けど、三人以下のパーティは他のパーティと臨時で組みやすいって利点がある。依頼内容に合わせて必要な技術と人数を揃えられるなら、固定で組むより効率はいいでしょ? 依頼内容によって人員を入れ替えられる分、少人数パーティは柔軟なんだ」
あたしは固定パーティを組まず、ソロの斥候としていろんなパーティに臨時で入るスタイルで仕事している。つまり、少人数パーティの利点を大いに活用している側だ。
……だからこそ、この三人のダメなところが分かる。
「冒険者パーティの基本上限は六人。あんたらみたいに一人のリーダーが強権持ってる三人組がいると、臨時で組んだ方は多数決じゃ絶対勝てないわけ。理不尽に主導権持ってかれちゃうのが分かってる以上、我の強い冒険者はあんたらと組むのを嫌がるでしょ」
「少人数パーティの利点を活かせない、ってことかよ」
「そう。特にあんたらなんてガラ悪いし、組みたいって思うパーティはいないだろうね」
あたしがそう教えてやると、髪を逆立てた男は鼻で笑った。やっぱり冒険者として一旗あげようという気はないらしい。
適当に仕事をして、稼ぎのほとんどを酒代に溶かすタイプだろうか? あるいはなにかやらかして、ほとぼりが冷めるまで偽名で冒険者をしてる犯罪者かもしれない。都ではそういう冒険者も多かった。暴れケルピーの尾びれ亭の連中はお行儀がいい方だ。
「そっちも三人パーティじゃねぇか。それ、自分たちのこと言ってるんだろ?」
「あたしらは固定で組んでないよ」
頬を引きつらせ、深く深くため息を吐く。
たまにならいいけれど、このパーティで固定は勘弁してもらいたい。もしかしなくても、あたしがリーダーになってしまうじゃないか。




