辺境巡回神官の、もう一つの仕事
夜中の見張り当番は最初に自分とカラトア神官。次がニグさんとヒルティースさん。そして最後にお嬢様とキリ君になった。
「えっとー……キリ君と一緒じゃなくてよかったんですかぁ?」
男性陣が早々に寝入り、なかなか眠れない様子だったお嬢様もやっと静かな寝息を立てるようになって、やっとそれを聞く。組み合わせに不満はないけれど、疑問はある。
依頼人に見張りしてもらうなんてどうなのかという話だけれど、そこは彼女が言い出したことなので良しとして……それならばキリ君と組んでもらうべきではないかと思う。
二人はまだ、再会してから二人きりでは話していないのだ。積もる話もあるのではないかと思うのだけれど……。
「これが最善です」
そうは言うけれど、納得はできない。しかしその理由ははたして妥当なものだろうか。辺境巡回神官である彼女が考えたことなら、少なくとも間違いはないだろうけれど。
そんな感情が表情に漏れていたのだろうか。火の前に座ったカラトア神官はこちらをチラリと見ると、ぽつりぽつりと話し始める。
「三交代制で見張りをするなら、一番つらいのは深夜の組でしょう。そこは少年二人に引き受けてもらいました。わたくしがやってもよかったのですが、依頼人である手前あまり出しゃばるのはよくない」
依頼人としての気遣いということか。たしかに早くに寝て、深夜に起き出して見張りして、そしてまた寝るというのはつらいだろう。この中で野営に慣れている二人がそこに収まるのは分かる。
けれど、だったら自分とお嬢様が組めばいい。それでキリ君とカラトア神官が組めるはずではないか……。
「そして、子供は早寝早起きするべきです」
……えっと。
いや、それはそうですけれど。もしかしてそれで説明は終わりでしょうか。
「もしかして、お嬢様とキリ君が若いから朝方の見張りにしたんですかー?」
「はい」
お嬢様はキリ君とほぼ同じ身長だからか、同じく子供と見なされているようだ。まあ十二歳なので、十分子供なのだけれど。
「それに加えて、前衛ができる者を分けたいというのもあります。気づかずに接近された場合、寝起きですぐに戦闘に入るのは難しいですから。あなたとリルエッタさんは同じ組にしたくはなかった。……しかしだからと言って、わたくしとキリが組むためだけにあの少年二人を別々にするのは、あまり面白くありません。どちらかが抜け駆けになってしまいます」
なるほど襲われた時の話……後半の話に関してはよく分からないけれど、カラトア神官の落ち着いた声からは深慮遠謀が伝わってくる。
というか、どうやらキリ君は前衛ができる人員に含まれるようだ。逆にこの愚僧めは数に入っていないのが、なんというか。
自分だってポールメイスを持っているし、鎧だって着ているのだけれど……まあ彼らみたいに毎日戦闘訓練はしてませんから、自信がないんですが。
神官戦士でもある彼女には、それを見透かされてしまっているのでしょうか。
「……理由はもう一つ。同じ聖職者であるあなたに相談があります」
彼女にしては言いにくそうに、炎を見つめながらカラトア神官はポツリと言葉を発する。
辺境巡回神官である徳の高い方が、こんな修道女くずれに相談とは。まあキリ君のことだろうけれど……少し躊躇った様子なのが気になった。
キリ君の話であるのなら、それはこちらのパーティの話でもある。興味をそそられてしまって、思わずカラトア神官の顔を覗き込んでしまった。
表情は……やはり分からない。
「夜の見張りの時は、あまり炎を視界に入れない方がいい。明るさに慣れると夜闇に視界が効かなくなります」
……注意されてしまった。言葉通りに周囲警戒を怠るなということなのか、顔を見るなということなのか。
まあ、カラトア神官は焚き火の世話をする係、自分は見張りをする係なのだから、役目はきちんと果たさなければなりません。
それに、なんとなくではあるけれど……この人はこの道程の最中、自分たちにいろいろと教えてくれようとしているのではないかと感じます。
ゴブリンの時もジャガイモの時も知っていれば役立ちそうなことについて説明をしてくれたり、わざと自分やお嬢様を不得意な方へ配置して経験を積ませたり。
神官ですし元々疑ってもいませんが、やはり善い人なのでしょう。
「それで、相談とはキリのことなのですが……」
やっぱり。
「彼はこの町に来て、一度でも教会へ行きましたか?」
その質問は予想外だった。けれど答えられる。
ヒリエンカの町は北から流れこむマルムニルド川によって東西に分けられていますが、教会は東側の橋を渡ってすぐの場所に一つしかない。そのせいで東側の人は西側を見下していて、さまざまな軋轢の要因になったりするのだけれど……まあ、それはともかく。
キリ君はまだ、町の東側には行ったことがないはず。
「いえー、まだ一度も行ってな……」
あれ? と言葉を止める。焚き火の前にはキリ君が故郷でよくお世話になっていたという、三十代くらいの女性。……徳の高い辺境巡回神官の姿があった。
「そうですか……」
はぁ、とカラトア神官はため息を吐いた。表情はあまり変わらないように見えるが、分かりやすく落胆している。
なんだか見てはいけないものを見たような気がして、そっと視線を夜の平原へと戻した。今日の月はそんなに明るくない。焚き火の炎に目が慣れてしまっては、たしかに迫る危機を見過ごすでしょう。
この平原に出る狼は火を恐がる。だけれど、ゴブリンなどの魔物は火を目印にやってくる。夜間に火を焚くかどうかは、どちらがより対処しやすいかを選ぶこと。
戦うか逃げるかは敵の数で決めますが、狼相手では逃げるという選択肢がとれません。相手の方が速いので。
なので焚き火の炎を絶やさず、炎を恐がらない魔物をなるべく遠くにいるうちに見つけて、対処の方法を決める。これが重要なのです。
「あの子は、昔から信心に欠けていました」
背中にカラトア神官の声がかかる。
彼女は相談があると言っていたのですから、本題はこれからでしょう。
「でもー、キリ君は教典を全部読んでますよねー?」
一度、教典の一節の前半部分を問題にして出したことがある。その時はすぐに答えられて驚いたものだ。
「彼は教典の書き取りで文字を覚えましたからね。―――ですが、それだけです。わたくしが持っている教典を全て読んでしまっても、キリが信心に目覚めることはなかった」
なかなかすごい話だ。教典を読み込み、書き取りをし、内容を覚えるなんて聖職者の修行そのものである。……それを信心もなしにやっていただなんて、なんと真面目なのだろうか。
というか辺境巡回神官が持っている教典の全部って、けっこう数が揃っているのではないか。まさか自分がまだ読んでいないものまで……いえ、田舎の村々へ赴任するのに、書物なんて嵩張るうえに重い荷物を大量に持って行くなんて考えられません。せいぜい基本教典の三冊と、厳選した正典が一、二冊くらいでしょう。儀典や異典など揃えてないはず。そういうことにしておきましょう。
しかし、そこまでやらせていたということは―――。
「もしかしてカラトア神官は、キリ君を神官にしようとしていたんですか?」
「はい。辺境巡回神官の役目を継がせられる程度には、教え込むつもりでした」
ああ、なるほどー。キリ君はカラトア神官の弟子のような立場だったのか。
正式に神官になるには、町で何年か修行して洗礼を受けなければならない。そして辺境巡回神官になるならば最高司祭様に任命されなければならないのだけれど。
ただ、辺境巡回神官には次代の推薦権がある。田舎の村々と一口で言っても、一つ一つの村がすべて違っているのは当たり前。その特色をすべて熟知しているのは現場の者だけであり、だからこそ辺境巡回神官の推薦権は重視される。
しかし、キリ君が神官かぁ。
しかも辺境巡回神官になるなら、神官戦士の修行もしなければならない。おそらく正式に弟子にした後で訓練するつもりだったのだろう。あの厳しすぎる訓練は、少なくとも十にも満たない子供にやらせるものではないでしょう。
「…………いえ、さきほどのは卑怯な言い方でしたね」
キリ君の神官服姿を思い浮かべていると、先ほどより幾分固い声が聞こえてくる。卑怯な言い方というのは、つまりカラトア神官がなにか間違いを言ったということだろうか。
「正確には、それくらいには仕立て上げなければいけなかった。辺境巡回神官の基準は目安であり、継がせるかどうかは別です」
「……それはー、どういう意味でしょうかー?」
妙な言い回し。まるで、キリ君を訓練するのが義務であるかのような……義務であったかのような。
思わず、炎の前にいるカラトア神官をもう一度振り返る。炎をじっと見つめる彼女の表情は、やはり分からない。
「辺境巡回神官には、主要の町から離れた村落を回って教えを広めるという本来の役目のかたわら、もう一つの仕事が課されることを知っていますか?」
「い、いえっ。誠に不勉強ながらー……」
カラトア神官がこちらを向いて、慌てて前を向く。また明かりに目が慣れてしまうと注意されてしまう。
今は仕事中。お喋りはあくまで時間つぶしで、それで見張りを疎かにするわけにはいきません。なにせ自分の仕事には、ここにいる全員の無事がかかっているのです。
けれど続けて告げられた事実には、見張りどころか呼吸まで失念し固まってしまうほどの威力があった。
「次期勇者候補の選別と育成です。特別な資質や素晴らしい才能を持つ子供を探し出し、相応しき者に育てあげる。―――キリはわたくしが選んだ、勇者候補なのです」




