野営
結局、ゴブリンとの遭遇を避けるため少し遠回りの道を選ぶことになった。
本来はニビトイ村へと直行する道を行く予定だったが、三日目に一つ村を経由するルートだ。おかげで片道三日の予定を四日かけることになった。
野宿する回数は一緒だしそのまま突っ切った方がいいのではないか、とは思ったが、本来の道順だと山道で一泊することになるらしい。変更した道程だと森林をぐるりと迂回するように見晴らしの良い平原を進み、山の麓にある村で一泊の後、一日でニビトイ村への山道を進むこととなる。
キリ君の故郷であるニビトイ村は、どうやら山間の盆地にあるとのことだ。なかなか気合いの入った田舎ね、とはお嬢様の言である。
「ユーネさん。夜通し焚き火するときゃ、枯れ木で火を起こしてから生木をくべるんですよ」
「生木は枯れ木より燃えにくいが、一度火が付くとずっと燃えている。薪拾いと火の世話がぐっと楽になるから、ユーネさんも覚えておくといいですよ」
ニグさんとヒルティースさんがそう解説してくれながら、火勢が強くなってきた焚き火に生木を入れる。
夜通しなんて話をしているが、まだ日は落ちきっていなくて明るいくらい。
進路変更したことで遠回りをすることにはなったけれど、四日で到着を予定するため一日に歩く目標距離が減った。なので早めに移動をやめ、暗くなる前に野営の準備となったのだ。
「はぁー……なるほど、参考になりますー」
二人が進んで動いてくれるためあまりやることもなく、しかたなく焚き火を観察していると、しばらくして生木の断面からジュウジュウと樹液がしみ出してぶくぶく沸騰する。やがてモクモクと煙が上がり始めたのだが、そのときにふわりと風が吹いて、その煙をまともに浴びてしまった。
ひどく目に染みて、涙目になって慌てて風上に移る。少し吸ってしまってケホケホと咳き込んでしまう。
「生木はたくさん煙がでますからね」
手慣れた様子でジャガイモの皮を剥きながら、カラトア神官がそう言った。その横では少し不器用に、お嬢様も小さなナイフで皮剥きしている。やり方を教えてもらいながら真剣にナイフを動かす少女の姿は愛らしい。……ちょっと剥いた皮が厚すぎる気もするけれど。
さらに並んで座るキリ君は、枝を削って木串を造っていた。こっちは器用なものだ。
このパーティだと料理は自分ができるのだけれど、今日の役割は石を積んだかまど造りと焚き火の世話だ。なぜかは分からないけれど、カラトア神官の判断でそう配置されてしまった。
まあ野営の料理なんて簡単なものしかつくらないのだから、お嬢様にとってはいい練習になるでしょう。
「ジャガイモはいい。皮がついたままならば保存が利きますし、大きさも持ち運びやすいですから。火さえ使えれば立派な携帯食料になります」
カラトア神官は慣れた手つきでジャガイモの芽をとっていく。
逆に言えば火が使えないと食べられないし、乾燥していないから少し重い。なので消費できる時に食べてしまいたい荷物でもある。
ただ、お腹にたまるし簡単な調理でも美味しくなるから、たしかに冒険にはいい食料かもしれない。
「ジャガイモと言えばこんな話があります。かつて、初めてジャガイモが舶来しヒリエンカの町で栽培され、収穫されたものを領主様を含めた町の有力者の方々が試食することになった時のこと……なんとその時に調理されたのは芋の部分ではなく、茎から伸びた若芽だったそうです」
「えっ?」
驚きに思わず声が出てしまった。
ジャガイモの若芽を調理した。信じられないけれど、そう言ったのだろうか。
「ええー、だって、毒ありますよねー?」
ジャガイモには毒がある。カラトア神官が芽の部分を抉るように大きく取り除いているのはそのためだ。
「はい、毒があります。ですが当時の料理人は、ジャガイモを食べられることは知っていても、芋の部分を食べるということが分からなかったのです」
「こんなに丸々とした実なのにか?」
ニグさんは特徴的なギョロ目を丸々と見開いて、まだ皮付きのジャガイモを手に取る。
ジャガイモの芋部分は本当は実ではないらしいのですが、ここは訂正しなくていいでしょう。
「かつてヒリエンカの港町には、地中の作物を掘り出して食べる習慣がなかったのです。根菜類が育てられていなかったのですね。そのため野菜であることは知っていても芋の部分は無視され、柔らかそうな若芽が使われました。結果、町の有力者の全員が食中毒を起こすという事件へと発展したのです」
「酷い話ね……どこの国で仕入れたのか知らないけれど、毒性のある作物を説明もせずに売ったのかしら」
「さて、当時の詳しい状況までは分かりません。ですがいくら有用な物でも、正しい知識を用いなければ害になりうる。そのことは覚えておいてください」
皮のむき終わった芋を半分に切り、ポチャンポチャンと鍋に入れていく。さらに切った干し肉と塩をひとつまみ入れると、石を積んだかまどへ慎重に乗せた。
これで十分に火を通せば簡単なスープのできあがりだ。面倒くさがりの冒険者は干し肉と堅パンだけで食事をすませてしまうことも多いため、これでも手が込んでいる方である。
スープができるまでは暇な時間だ。テントなんてないので、野営の準備はもうやることがない。視界がいいので明るい内は周辺警戒も楽なものだ。
ニグさんとヒルティースさんがこちらに背を向けて話し出した。小声で話しているのか、内容は聞き取れない。なんとなく眺めていると、チラリとこちらを見た二人と目が合った。すぐにあっちを向いてしまったけれど、こちらのパーティの不備を笑われているのではないかと不安になってしまう。
……いいや、笑われているのなら、パーティではなく自分だろう。なにせ、勘違いとはいえこちらのパーティのリーダーと見なされているのだ。
手負いのゴブリンを追跡し仕留めたキリ君は、今日一番の功績だ。……けれど自分は、最年少の彼が頑張っているのになんの役にも立てていない。それどころか、石でかまどをつくる方法や火のおこし方など、ニグさんとヒルティースさんに懇切丁寧に教えてもらわないとなにもできなかった。
足手まといに思われているのだろうな、と肩を落としてしまう。
「―――キリは、魔術まで習っているのですか?」
そんな困惑した声が聞こえて、そちらを向くとカラトア神官がキリ君とお嬢様を見ていた。
見れば、キリ君は顔の前で両手の平を向かい合わせ、一心不乱に何かを念じている。お嬢様は腕組みをしながらそれを見守り、たまになにごとかを口に出して教えていた。
魔術の練習だ。自分の中の魔力を認識した次は、その魔力を操作する訓練が必要になる。彼が今やっているのはそこだ。……もっとも、あまり上手くはいっていないようですが。
「あ、はいー、暇な時間はああやって練習していますねー。初級魔術の本は読み終わっていると聞いてますしぃ、もう体内の魔力認識もできているみたいですよー」
最近、あの二人は以前にも増して仲が良い。普段の仕事の休憩中でも、ああやってキリ君にお嬢様が魔術を教える姿はよく見受けられた。
もっとも、お嬢様は教えているのではなくて、聞かれたことに答えているだけだそうだけれど。
魔力の扱いは人によって感覚が違うらしいので、教えようにも教えられない。それは、自分も術士の端くれなのでよく分かる。
「そうですか。魔術を……」
またカラトア神官が薄い下唇を噛む。キリ君がゴブリンを槍で倒したときにもしていた顔だ。あの時は見間違いかとも思ったけれど。
どういう感情なのだろうか。この人は表情に出にくいからいまいち分からない。ただ……あまりいいものではなさそうに感じてしまって、聞くのを躊躇ってしまう。
けれど、それを聞く機会はすぐに訪れた。夜の見張り当番が彼女と一緒になったのだ。




