出発
「で? なんであの依頼、ギルド通さなかったんだよ?」
ウェインの間抜けな問いかけに、受付に戻ったイルゼはクスリと笑った。カウンターの下にある引き出しから先のヘタった羽根ペンを取り出し、二、三度横に振って見せる。
「正式な依頼にしたら内容を書面に残した上で、詳細な報告をしないといけないじゃない。キリネ君の歳については特記事項よ?」
「あー」
説明を聞いて、ウェインが間抜けに頷く。
ギルドを通した依頼だと報告義務があるから、隠し事なんてするとバレたときに問題になる。当然この店に所属する冒険者の年齢詐称判明は特記事項だ。けれど正式な依頼にしなければ、記録にすら残らない。
だからイルゼはそういう処置に誘導した。
冒険者の店の職員として、なんとも不真面目なことだ。思わず鼻で笑ってしまう。
彼女は能力的には申し分ないのだけれど、やはりこの仕事に向いていない。冒険者に肩入れしすぎる。
「年齢がバレたらどうなるんだろうね。チビの場合、本部にまで言って登録し直し?」
「あ、チッカさんも知らない? んー、ちょっと分からないわね。わたし、この仕事始めてまだ日が浅いし」
「知らん。知らんが……そんな面倒なことバルクがするか?」
「Eランクになっているのが難しい」
あたしの問いに、イルゼ、ウェイン、シェイアの順で首を捻る。どうやら誰も知らないようだ。
都でもこんなことなかった。
あの歳で冒険者登録する者も珍しいし、普通はサバを読んでもバレないし、バレるほど迂闊なヤツはそもそもEランクになってない。
Fランクのままだったら店登録で止まってるはずだから、ゲンコツくらいで済んだだろうが……昇級してたからな、チビ。
そこまで考えて、肩をすくめる。これ以上は深入りだ。あたしの流儀じゃない。
「ま、その辺はバルクが考えることか。それより、チビたちが日帰りじゃないのって珍しいね。前に一回あったきり?」
「あれは依頼じゃない」
シェイアがボソリと言う。たしか魔術を習いに、この無口な魔術士の師匠のところへ行っていたのだったか。
つまり仕事ですらない旅行で、その時でも一泊しかしていなかったはずだ。
「そういえば往復六日なのよねー。向こうで滞在するなら七日以上いないってことだわ。寂しくなっちゃう」
「チビはともかく、あの術士二人は心配だね。見張り中に狼に囓られなきゃいいけど」
「あとの二人も正直、剣振る以外になんの能もねぇしな。やっぱ俺が行く方がよかったんじゃね? 今からでも交代してこようか?」
剣以外に能がないのは自分も一緒なのに、馬鹿は馬鹿だからそれを棚上げにする。
まあ実際あの二人よりこの男の方が腕が立つのはたしかだが、さすがに過剰戦力だろう。それに仕事内容によっては、強い一人よりそこそこの二人の方が欲しい場合もある。
例えば……見張りとか。一日だけなら徹夜してもいいが、三日の旅程なら野営時の夜の見張りはしっかり交代して睡眠をとるべきだ。
あの神官はかなりの手練れのようだが、三日間連続徹夜の見張りはできないし、できてもやるべきではない。そしてチビのパーティの面々では、大人の男を怪我させずに取り押さえることは難しいだろう。
「もし護送対象が暴れたり逃げたりしたとき、無傷で取り押さえられる程度の戦力でしょ? そんなのあの二人で十分よ。キリネ君とも仲良しだし、張り切って手挙げてたし、きっとうまくやるわ。―――それに、あなたたちには別口のお願いしたい仕事があるのよね」
イルゼは引き出しに羽根ペンをしまうと、同じ場所から一枚の羊皮紙を手に取る。
やっと本題か。まあわざわざ三人で呼ばれたからには、仕事の話だと思ってたけれど。
「それ、斥候がいる仕事? 前みたいにあたしに合わない単純な討伐ならお断りだよ。釣り行きたいし」
「もちろん必要よ。むしろチッカさんとシェイアさんがメインの仕事になるわ」
あたしは身長が人間の半分ほどしかないハーフリングだが、この女はそんな相手でも侮ってこない。その証拠に、あたしに対してもさん付けだ。
こういう手合いは正直、苦手だ。侮ってこない相手はつけ込む隙が無いから。
それを裏付けるようにイルゼは真剣な表情をつくり、あたしとシェイア、そしてウェインの順で顔を見回してから、口を開く。
「あなたたちには、ゴブリンロード発生場所を予測してもらいたいの」
……なにその妙な依頼。
「前衛はオレに任せてください、ユーネさん!」
「後方の守りはオレがやりますよ、ユーネさん!」
基本的に、町の外へ行くのなら朝がいい。何日もかかる旅なら、できれば夜明けと同時に出発したいところだ。
日中は人の時間で、夜は獣や魔物の時間だからである。陽の出ている内になるべく距離を稼ぐため、夜明け前には起き出して身支度するのである。
神官さんの依頼を請けて翌朝、僕たちは夜明けと共に町の門をくぐっていた。
「この依頼、いろいろ納得いかないことはあるのだけれど……コイツらが一緒ってのが一番納得いかないわね」
昨日買ったばかりの大きな背嚢を背負ったリルエッタがぼやくが、そこは仕方ない。僕らのパーティとは別に、さらに男手が二人というのが神官さんの希望だった。
罪人の護送っていうのはすごく大変らしい。なにせ寝てるときもトイレの時もずっと見張らなければならないわけだから、たった一人に対して何人も交代でつかなきゃいけないのだ。
なので、男手……それもちゃんと腕力のある大人が必要だという判断は、当然だと思う。
「ニグさん、ヒルティースさん、今日からよろしくお願いしますねー」
ニコニコふわふわとユーネが挨拶すると、二人は兵士さんみたいに背筋を伸ばして顔を赤くする。ニグとヒルティースはなんだかすごく気合いが入っているみたいだ。
……この二人の場合、ニビトイ村まで行ってレーマーおじさんを連れて帰ってくるだけだから、実はそんなに頑張るような仕事内容でもないんだけど。
まあ、やる気に水を差すようなことを言う必要はない。僕はいつもとは少し違う二人の様子には口を出さず、ゆっくりと周囲を見回した。
南側には海があって、浜辺から少し離れると草地になって、馬車が通らないのか轍のない道が西へ続いている。海からの風にのってきた潮の匂いが鼻をくすぐった。
いつもの北西の門ではなく南西の門だ。大部屋の冒険者たちに聞いた話では、ここは四つある町の門でも一番利用者が少ない門らしい。
冒険者になってからも何度か通っている門だ。
座礁した船に乗った漁師を助けるためにサハギンと戦ったときや、シェイアの師匠であるネティエペさんの島へ行ったときとかに。
僕は、たしかにここを通っている。……だからだろうか?
「懐かしくない」
レーマーおじさんと歩いたはずのこの道に、なんの感慨もわいてこなかった。
「んー……」
ためしに記憶を辿ってみてもこの景色に思うことがなくて、首を捻ってしまう。
たしかレーマーおじさんとこの場所を通ったのは夕方で、今は朝方だからだろうか。景色の見え方が違うからかうまく記憶と一致しない。たしかにこの道を通ったと思うのだけれど。
朝と言えば……村を出てきた日も夜明けと同時に出発したっけ。起きてこなかったら置いていくとレーマーおじさんに言われていたから、出発の前日はかなり早く眠った記憶がある。
あの日、僕が寝坊していれば……あの人は待たずに出発したのだろうか。
「どうしましたか、キリ?」
キョロキョロしすぎていたのだろう。神官さんにそう聞かれて、僕は少しだけ考えた。けれどハッキリと言葉にできる答えが見つからなくて、首を横に振る。
「ううん、なんでもない。それより行こっか。早く行って、村の人たちを止めないと」
僕は背嚢の肩帯の位置を直して、歩き始める。
まあ、レーマーおじさんのことは置いておこう。そんなことより、まずは村までの道のりの方が大変だ。
だって僕たちのパーティは仕事であんな遠くまで行った経験なんてないのだし、本格的な野宿だってしたことがないのだから。




