ギルドを通さない依頼
ザワザワと、神官さんの話を聞いて周囲の冒険者たちがざわめいていた。
誰も彼もが僕と神官さんを見ていた。ジトリとまとわりつくように、みなの声が漏れ聞こえてくる。
「……ああ、村はなぁ」「村だからなぁ」「こえーよな、村」「法とかないしな」「すげージロジロ見られるんだよな」「そういや東のヤツが毒盛られたって話だぜ」「マジかヤベーな、気をつけろよお前」「いやそりゃ、東のヤツらのガラが悪いからだろ」「なおさらお前ダメじゃんよ」「まあ、文明人らしく村じゃ礼儀正しくしとこうぜ……」
居心地が悪いんだけど。
なんなのだろう。僕は関係ないのに、なんなら被害者のはずなのに、向けられる視線は未開の野蛮人に対するそれだ。
ちょっと町から三日かかる田舎の村に住んでたくらいで、なぜこんな目に晒されないといけないのか。ただ僕の村のみんなが法とか手続きとか罪人の権利とかを一切無視して私刑を行おうとしているだけなのに。
そうか―――……これが、差別。
「―――わたくしは、レーマーは裁かれるべきであると思います。ですが、それは神の名の下で法により行われなければなりません。私刑による殺人では贖われるべき罪が消えることはなく、新たな罪が産まれるだけなのです。……キリ。お願いします。村人たちの暴走を止めるために、そしてレーマーを救い出すために、一度ニビトイ村に帰ってください」
神官さんは僕へと視線を戻して、真摯に訴えかけてくる。
なるほど正しい。レーマーおじさんは悪いことをしたけれど、その罪を裁くなら正当な手順を踏まなければならない。感情に流されるまま私刑で殺人なんてあってはならない。
なぜなら、間違うからだ。
今の僕の状況を考えれば、簡単に分かる。
法とかはよく分からないのだけれど、もし仮に僕が死んでいたとしたら、レーマーおじさんは死刑でも仕方ないだろう。けれど現実として僕は生きているのだから、死刑にするのはやり過ぎなんじゃないかって思うのだ。
本来なら死刑になるはずじゃない人を殺してしまったら、やはり差分は殺した人の罪になるだろう。神さまはちゃんとそれを見ていて、罪科の天秤へ乗せるに違いない。
「……つまり」
テーブルに両肘をつき、僕は組んだ指で口元を隠す。
「僕は、僕を奴隷として売ろうとした人を助けるために、この町から三日もかかる村へ里帰りして、感情的になってる村の人たちを説得して回らなければならない?」
「……その通りです」
また目を逸らした!
「質問があるわ」
リルエッタがわざわざ手を挙げた。神官さんは頷いて促す。
「町から距離のある村なら、ある程度自治区であるのは当然だと思うわ。罪人を衛兵に預けるために、何人もの男手を使って町まで護送するのは難しいもの。村人がその行商人を裁くのは普通の流れではないかしら。……大地母神の聖職者はそれを罪だと断ずるのですか?」
「……それは」
「で、でもお嬢様! 罪人を正しく裁くのは―――」
「聖職者ならそう言うでしょうけれどね」
ユーネに視線も向けず、リルエッタは神官さんを睨み付けるように直視する。
……その様子はなんだか、いつもの彼女ではない気がした。
「町から遠い村なんていくらでもあるでしょう。そういう場所で罪人を勝手に裁くのが罪であるなら、田舎の者たちは罪人が出るたびに罪を背負うことにならないかしら」
「たしかに」
神官さんは軽く息を吐く。
リルエッタの言うことは正しい。罪人一人を町まで届けるためには、男が何人必要だろうか。わずかな隙を見て逃げられないように、逃げられたとしても追いかけられるように、暴れても取り押さえられるように。できれば三人はほしいところだろう。
片道三日なら往復六日だ。大切な働き手を、魔物などの危険が大きい村の外へ三人も。
罪人のためにそこまでの労力と危険を? そんな余裕は田舎の村にはない。
ならこれまでだって、村は罪人が出たら自分たちで裁いてきたのではないのか。
「法の手の届かない場所で罪を犯したのであれば、法の外の罰を受けるのは当然ですね。それを神は罪とは見なさないでしょう。……ですが、レーマーは行商人です」
「だから?」
「田舎を回ってくれる行商人というのは希少です。ヒリエンカの町の西方を巡回する行商人も、当然ですが少ない。……レーマーを不当に殺害した場合、ニビトイ村は周辺の村々から反感を買うでしょう。それは、あまりよい未来とは言えません」
コツ、とリルエッタの人差し指がテーブルを叩く。それは納得のようだったし、苛立ちのようだった。
「つまり、西方の村にとっては有用で、信頼を得ている人物だということね。過剰な罰を与えると不満が出るくらいに。そういえば、飢饉の時は子供を買っていくって言ってたかしら? いざという時の生命線でもあったのでしょう」
「……聡明な方ですね。キリと同い歳くらいでしょうに」
「わたしキリより三歳も年上だけどっ?」
リルエッタ、僕と身長同じくらいだからなぁ……しかも三ヶ月たって僕の背が伸びてきたのか、少し差が縮まってきていたりする。このままでは背丈が並ぶ日も近いんじゃないかなって思ってたけれど、どうやら彼女も気にしていたらしい。
早く大きくはなりたいけれど、あんまりリルエッタを刺激したくはない。できれば彼女も成長してくれればいいのだけれど、相変わらず小食だから期待はできなそうだった。
「とにかく、西方の村を任された辺境巡回神官であるカラトア・メヌアさんにとって、レーマーという行商人の処遇は重大事ってことでしょう。貴女はそれを丸く収めるためにまずは町でキリの生存を確認し、そして説得の材料にするために村へ連れていこうとしているってわけ。―――これ、ほとんど貴女の都合よね?」
「わたくしのお役目を全うするにあたり、それが最善の道筋であることは否定しません」
なるほど。なんだか難しいけれど、レーマーおじさんのことは大事になりつつあるらしい。それを神官さんはなんとかしたいわけか。
まあ神官さんが僕を心配してくれていたことは疑いようがないから、そのためだけに動いてるわけじゃないのは分かっているけれど……。
「キリには村へ戻る利がないのではなくて?」
それはどうだろう。
「いや、リルエッタ。僕は兄ちゃんたちや村の人が罪を背負ったりとか、他の村とまずいことになったりするの―――うわちゃあっ!」
「貴方は黙ってなさい、キリ」
「僕の問題なのにっ?」
踏まれた足をさすって、涙目になってしまう。くぅ、そろそろ脚甲ありの靴も揃えるべきだろうか。脛当てだけじゃ足りないってたった今実感したし。
「なるほど。頼もしい仲間を得ましたね、キリ」
僕たちのやりとりを見て、ウンウンと頷く神官さん。
なにを頷いているのかと思ったけれど、どうやら本当に神官さんはリルエッタのことを頼もしいと感じているようで、本当にわずかに微笑む。
「元々、人手は必要でした。キリをニビトイ村へ連れて行くだけならわたくし一人で十分ですが、町へレーマーを護送するなら人員が必要です。……キリが冒険者となっているのなら、話は早い。あなたたちのパーティに依頼をさせていただいてもよろしいですか?」
「相応の報酬が出るなら、請けるのはやぶさかではないわ。わたしたちは冒険者ですもの」
なるほどそういうこと……僕の知り合いから巻き上げないでほしいんだけど。
でもたしかに、僕にもそれくらいの利益がないとやってられない話ではあるか……なにせレーマーおじさんを助けようって話だし。
「良かった。では、正式な依頼の手続きをしなければなりませんね。受付で手続きしてきますので、少々待っていてください」
まあ神官さんとしても、依頼料で僕が動くなら安いものだと判断したのかもしれない。早速席を立って、受付へと向かおうとし―――
「いえ、それはけっこうです」
聞こえてきたイルゼの声に、出しかけた足を止める。
……そういえばイルゼ、冒険者たちと一緒に並んで説法聞いていたっけ。見れば、彼女は周囲を取り巻く冒険者たちに紛れるようにして立っていた。
どうやらずっとそこにいたようだ。受付の仕事はよかったのだろうか。
「話はお聞きしました。キリ君への指名依頼のようですが、そのキリ君と知り合いなのでしたらギルドが仲介料をとるべきではないでしょう。その依頼は冒険者ギルドを通す必要はありません」
え? と僕は眉をひそめる。店側がそんな提案をすることはまずない。
たしかに冒険者は、ギルドを通さずに仕事をすることもある。その方が仲介料を払わずに済む分、依頼人としてはありがたいからだ。
けれどそれは冒険者の店は関わらない、つまり依頼人に対しては仕事が失敗しようが前金を持ち逃げされようが責任を負わないということで、そして冒険者にとってはランク評価がされないことを意味する。
なのでどんな依頼でも、普通は冒険者の店は通すものなのだけれど。
不思議に思ってイルゼの顔を見ると、彼女は僕に向けてほとんど両目をつぶってしまっている下手っぴなウインクをした。それがなんだか彼女っぽいなと思ってしまって、まあいいかと肩をすくめる。
たしかにこの依頼は、ギルドに通すようなものじゃないだろう。




