交錯
「ハハハ。それが実は、場所は分からないんですよね」
小生がそう肩をすくめると、ドゥガディは顔を怒りに染める。
そうなるでしょう。たとえ立場が逆なら、小生でもこれは馬鹿にされたと思います。
まあ馬鹿にしてるんですけど。
「あ? おい、ふざけてるのかよ」
「いいえ、いいえ。落ち着いて聞いてください。というのも、その兎獣人の集落は隠れ里のようになっているらしくてですね。話で聞いたかぎりでは、道を知らない者がそこへ辿り着くのはまず不可能なのです」
「じゃあどうやってその村からガキ攫って来るんだよ」
舌打ちして、浮かせかけた腰を下ろすドゥガディ。
しかし察しが悪い。酒に酔っているとはいえ、ほとんどなにも考えていないのではないでしょうか。これでは落ちぶれるのも当然です。
完全に見誤りましたね。親兄弟がお縄になってついに自分の時代だと息巻いていた当時は、まだ見込みあると思っていたのですが。早々に縁を切っておくべきでした。
「道案内がいりますね。小生にその村の情報を教えてくれた人物の協力が必要です」
「ふん……まあそうなるか」
「ただ、これは申し訳ないのですが、その人物というのが普段は町に腰を落ち着けない方でして。……まあだからこそ、兎獣人の隠れ里について知っていたのでしょうけれど。とにかくその人物は今、町の外にいるかと思われます。ですのでドゥガディさんには、まずその方を捜していただきたいのですよ」
またも、ドゥガディは舌打ちする。椅子の背もたれに体重を預け、額に手を当てて天井を仰ぎ、足りない頭を働かせる。
「面倒くせぇな。だが、たしかに町のやつが獣人の隠れ里なんか知ってるわけねぇか。……クソ、仕方がねぇ。で、ソイツはどこにいるかは分かってるんだろうな?」
「ええ。彼は町の西方を回っている行商人ですからね。今もいつも通りの順番で村々を巡っているはずですので、それを逆順で辿れば見つかるでしょう」
「ちょっと! まさかキリを村に連れて帰るつもりなの?」
リルエッタがガタッと音を立てて立ち上がり、テーブルを叩いて声を上げる。ユーネも表情を強張らせている。
つまり、神官さんは僕を村へ帰す気らしい。―――考えてみれば当然かもしれない。僕は商人になるために町へ来たのに、あんなことがあって行方不明だったのだ。神官さんには心配をかけてしまったのだろう。
けれど。
「神官さん。……僕は、村へ戻る気はないよ」
そう、僕は真っ直ぐに神官さんの目を見て、言い切った。
商人にはなれなかったけれど、冒険者になれた。そして今は、やりたいこともたくさんできたのだ。
町を離れる気はない。あの村へは、僕は帰らない。……村を出てきた時よりも、この決心は固いと思う。
「……なるほど。やはり、村にいた頃とは顔つきが違いますね」
神官さんは僕をじっと見つめて、やがて小さなため息を吐いてそう瞼を伏せる。次に瞼を開いたときには、さっきよりもさらに優しい目をしていた。……まあ、僕以外には分からないと思うけれど。
「それに、仲間との関係も良好のようです」
落ち着いた声と視線を向けられたリルエッタは、バツが悪そうに椅子へ座り直した。大きな声を上げてしまったのが少し恥ずかしいのか、視線を逸らして口を尖らせる。
続いて視線を向けられたユーネは、まるで最初からずっと動じていませんよとばかりに背筋を伸ばしてすまし顔を決め込む。
「そして他の冒険者のみなさんも、あなたのことを気にかけてくれている様子。……まあ好奇の目が大半かとは思いますが、そこはいいでしょう」
遠巻きに見ている冒険者たちへと目を向けて、神官さんは頷く。周囲の人たちの反応は目を背けたりヘラヘラ笑ったり無視して飲み物を飲んでいたりと様々だけれど、たしかにここにいる人たちはみんな、僕のことを気にしてくれているから野次馬をしているのだろう。
そう思うと、この状況も少しだけ胸が暖かくなる気がした。……まあ、中には朝の三人組みたいな人たちもいるのだけれど。
「キリ。わたくしはあなたが村にいたころから、あなたの心が村から離れていることは察していました。大人たちとの間に壁を作り、子供たちとは馴染めなかったことも知っています。だからレーマーについて町へ行くとあなたが言ったとき、止めることができなかった」
―――息を、飲んだ。
たぶん神官さんは、家族以外だとあの村で一番僕のことをよく知ってくれている人だ。……そう思っていたけれど、でもそこまで知られているとは思っていなかった。
あの村で僕はちゃんと良い子でいたし、村の子たちとのことも誰にも話したことはなかったのに。
「そして、あなたはどうやらこの町で上手くやっているようです。人間関係もそうですが、顔色を見るに困窮している様子もない。冒険者というのは少々……いえ、かなり心配ではありますが……」
神官さんは少しだけ頭を傾けるようにして、視線を斜め下へと向ける。テーブルごしに、僕が座っている椅子のすぐ横を見る。
そこには今日採取してきたばかりの木の実でいっぱいになった、僕の背負いカゴが置かれていた。
「あなたの年齢であればギルド登録はできないでしょうから、見習い待遇のFランクとして店に仮登録しているのでしょう? 町の近くの比較的安全な場所で採取、大変結構です。心配は心配ですが……山に囲まれたニビトイ村の近くよりは魔物なども少ないでしょうし、その歳で商人見習いとして働くことを決意したあなたであれば、冒険者見習いとしても働けるでしょう」
―――……?
え? あ……ああっ!
そうか、そうだ。そういえば前、バルクが言っていた。本当は冒険者ランクにFなんてない、って。見習いを仮でそう呼んでいるだけだって。
僕は九歳だからギルドには登録できないけれど、商家の見習いとして働こうとしていたんだから……冒険者ギルドにだって、見習いとしてなら嘘を吐かなくても入れたんだ!
「どうしましたか?」
「う……ううん、なんでもない」
やらかした。完全にやらかしてしまった。まずい……言えない……必要も無いのに嘘ついて登録したことも、もうEランクだからギルドの方に登録されちゃってることも。
神官さんにも言えないけれど、バルクにもバレたら殺される。
「ですので、わたくしは無理にキリを村へ連れ戻す気はありません。もちろん、キリが戻りたいと言うのであれば別ですが……どうやらそのつもりもないようです。ご安心ください、リルエッタさん、ユーネさん」
僕がショックを受けている間に、神官さんはリルエッタとユーネへ微笑みかける。……やっぱり二人はその微妙な表情の変化が分からないみたいだったけれど、少しは安心したのか、肩の力を抜いたようだった。
そして神官さんは、改めて僕へとまっすぐに向き直る。
「ですがキリ。それはそれとして、一度村に帰りなさい。いえ、帰ってください」
そう口にする神官さんの表情は……なんだか、今まで見たことがないものに感じた。
どうしたのだろう。なんというか、妙に困っているというか、焦っている感じ。
「えっと……どうして?」
「……実は」
そこで、驚くべき事が起こった。なんと神官さんが目を逸らしたのである。
視線は遠く、焦点を合わせないまま窓の外へ。
話している間は真っ直ぐに相手の目を見なさいと注意してくる人なのに、話途中でそんなことをされてビックリしてしまった。こんなこと初めてだ。想像もできなかった。
そして神官さんはそのまま、途方に暮れたような表情で口を開く。
「―――ニビトイの村人たちが暴走し、レーマーを監禁してどう殺すかで揉めているのです」
窓からは明るく暖かい日の光と、気持ちのいい風が入ってきていた。
「―――ドゥガディさんに捜していただきたい情報提供者の名はレーマーと言います。ただの行商人ですね。たまに田舎で商品を仕入れてきてくれるだけの、普通のカタギです。いじめないであげてくださいね」




