カラトアの経緯
「―――やはり、ただ子供を攫ってきても大した儲けにならないんですよね。しかも違法なので、ヘタな相手に売って人攫いで奴隷にした経緯が発覚したら、店に領主の追及がきてしまう。なので小生としては最低限、そういったリスクに見合う儲けが見込める商品が欲しかったりするのです」
「ハッ、そういう奴隷はウチが引き取って使い潰してやってたもんな。今は、適当なガキを攫って連れて来られても処理に困るってことか」
ドゥガディ・ガルブは皮肉げに口の端を歪める。彼らに近くの村の子供を攫ってきてもらっても、ガルブ一家がこの有様である以上は使い道がないのである。
たしかに皮肉な話だ。今は牢屋にいるだろう彼の父が現役だったなら、もう少し慎重に言葉を選んでいただろう。……しかし、この若者相手にそうする気は起きなかった。
ガルブ一家とゼルマの関係は、あくまで商売の間柄だ。
彼らが骨までしゃぶり尽くした被害者やその縁者を奴隷商である小生が商品として買い上げ、こちらからはあまり表に出したくない商品を格安で流す。そうやってこれまで良好な関係を築いてきた。
恩義とか、義理とか、そういう間柄ではない。強いて言うなら惰性だ。
「だが、それがどうしたよ。こっちは、それがどうして報復になるんだって聞いてるんだ」
ドゥガディが睨めつけてくる。なんとも気が荒く、察しが悪い。
うーむ、けっこう簡単な話だと思うのですが。
「あなたのお仲間の何人かが言っていたでしょう? 海猫の旋風団の、フードを被った女性」
「あ?」
「兎獣人だった、という話じゃないですか」
そこまで言って、ドゥガディはやっとなるほどと笑む。
「彼女が本当に兎獣人だとして、どこから来たのか不思議だったんですよ。狼や猪ならともかく、町で兎の獣人は一度も見たことがないですし。なので小生、町の外に詳しい知人たちに聞いてみたんですよね」
「それで、そいつらの村が分かったってことか。ハッ、やるなゼルマ。いい情報じゃねぇかよ」
まあ世間話のついでで聞いてみただけですけれどね。それもけっこう前に。
そもそもヒリエンカは港町。海を渡って来た可能性も大きかったので、そこまで本腰を入れて聞き込んだわけではなかったりする。
その情報が手に入ったのは、たまたま運が良かっただけだ。
「兎獣人は見目がよく、力が弱く、獣人たちの間で奴隷種として扱われていたそうですからね。珍しくて美しく、そして御しやすい種族とくれば……高値を出す貴族もいるでしょう」
「海猫の旋風団メンバーの身内みたいなもんを攫って売りさばく、か。迂遠だな。だが金になるってんなら、その金で酒を飲むのも悪くねぇ」
下衆な笑みを浮かべるドゥガディ。どうやら乗り気なようでなにより。
直接復讐を果たす資金にするわけではない辺り、負け犬根性が染み付いてますが。……まあ、そこは指摘しないでおきましょう。
「よし興が乗った。そういうことなら、今からでも行ってやる。それで、その兎の村ってのはどこにあるんだよ」
「改めて、この再会を神に感謝します。……よく生きていてくれましたね、キリ」
「うん、神官さんも元気そうでよかった」
四人がけのテーブルを挟み向かい合って座って、僕らは再会を喜び合う。
ちなみに僕の隣にはリルエッタが座っていて、神官さんの隣には同じ教会関係者のユーネが座っている。
そしてなぜか、さっきまで神官さんの説法を聞いていた冒険者たちが遠巻きに僕らを囲んでいた。……まあ、神官さんは僕の身内みたいなものだから、珍しいのだろうけれど。
「奴隷にされそうになったのに気づいて逃げ出したと聞いた時は、さすがに血の気が引きましたが……今は冒険者をしているのですね。良き仲間にも恵まれているようで、なによりです」
神官さんはリルエッタを見て、それからユーネへと視線を移す。
表情は変わらないけれど、声からは安心が伝わってくる。リルエッタは良いところの子っていうのが姿勢や仕草から分かるし、ユーネにいたっては教会関係者なのだから、見ただけで良い仲間であることを察してくれたのだろう。
ただ……今ちょっと驚きなこと言われたな。僕がなんで冒険者になったのかを知っているのか。
「リルエッタ・マグナーンです。なにぶん町の中しか知らない育ちなので、野外では彼によく頼らせていただいています」
「ユ……ユーネ・イズスです。キリ君はとても真面目で働き者なので、いつも学ばせていただいてますぅ」
二人が自己紹介をしつつ僕を持ち上げてくれる。
うーん、褒められるのは嬉しいのだけれど、神官さんの前だからお世辞感がすごい。
「カラトア・メヌアです。キリに可愛らしい仲間ができて驚いています。どうか、仲良くしてあげてくださいね」
神官さんは二人に名乗って、そこでやっと微笑んだ。ほんの少し目が優しくなったくらいだけれど、普段あまり表情の変わらない人だからそれだけで珍しい。……もっともリルエッタとユーネにその変化は分かりにくかったようで、少し緊張気味にさせてしまっているようだった。
神官さんは優しいし、けっこう冗談好きだし、意外と感情豊かな人なのだけれど、表情があまり変わらないせいでよく誤解されやすい。
少し一緒にいればいい人なことはすぐに分かるのだけど……まあ初対面だとこういう反応になってしまうよねってことも分かってしまうので、僕は苦笑いしてしまう。
「それで、神官さん。……なんだか、僕が奴隷にされかかったことを知ってたみたいだけれど」
「はい。レーマーを問いただしました」
背筋をピンと伸ばした綺麗な座り姿のまま、神官さんはそう言った。
予想した答えがあっさりと返ってきた。たぶんそういうことだろうな、とは思っていたけれども。
「キリには詳しく説明していませんでしたが、わたくしはニビトイ村だけではなく、その周辺の村々も巡回しアーマナ神の教えを伝えるお役目を任されています」
「あ、うん、辺境巡回神官ってやつだよね。ユーネに教えてもらったよ」
「その通りです。そしてその役目で訪れた村で、わたくしはある話を耳にしました。―――レーマーは以前、飢饉の時に村の子供を奴隷として買っていったことがある……と」
そういえば、ムジナ爺さんが言っていた。行商人が子供を奴隷商に連れて行くのはよくある話だと。
飢饉の時とかに子供がたくさんいる家へ行って子供を買い、奴隷として売る……レーマーおじさんはどうやら、ムジナ爺さんが推理した通りの行商人だったらしい。
「その家の者にとっては後ろめたい過去だからでしょう。神官であるわたくしには、そのことを隠していたようで……そこは彼らの信頼を得られず、その苦しみを救えなかったわたくしの落ち度です。ですが説法の折にあなたのことを話した際に、もしかしたら、と躊躇いながらもそのことを教えてくださいました」
気づけば、僕らを遠巻きにしている冒険者たちは私語もせず、神官さんの話へと興味深そうに耳を傾けていた。
神官さんの声はけっして大きくはないのだけれど、よく通る声音で落ち着いた話し方をするからか、不思議と聞き入ってしまうのだ。
「それで心配になり、あなたから手紙が来たと言って誘導尋問をしてみたところ、あっさりと白状したのです」
あっさり白状しちゃったかぁ……。
「神官さん、前に嘘はダメって言ってなかった?」
「時と場合によります」
しれっとした顔で言う辺り、大人ってズルいと思う。
というかレーマーおじさん、あの後もニビトイ村に行商へ行っていたのか。ある意味すごいな。
とはいえ村々を回る行商って安全な道を知ってないと難しいだろうから、一つの村を避けようとすると魔物や野盗の危険と天秤にかけることになりかねない。しかも単純に儲けも減るだろうし、それならとバレないことに賭けて堂々と行商を続ける選択をしたのだろう。
今から思えば僕、あの時に死んじゃってる可能性も高かっただろうし。―――……ていうか、よくよく考えたらあの時じゃなくても死んでる可能性あるな。ゴブリンとか、サハギンとか。
「しかし、本当にあなたが無事に生きていてくれて良かった。もしこれで死んでいたとしたら、わたくしは自分を一生許せなかったでしょう」
「え、もしそうだったとしても、神官さんは悪くないんじゃない? 僕がみんなの反対を押し切って村を出てきたんだし」
「それはおこがましい思い違いですね、キリ。あまりにも独りよがりな考えです。あなたは兄姉やわたくしを説得し、許可を得て村を出ました。……であれば大人には、子供であるあなたに許可を出した責任があります」
難しい話だ。けれどたしかに僕がなにを言ったところで、僕が死んでいたら神官さんはひどく後悔していたのだろうとは思う。
そう考えれば改めて、こうして生きていられて良かった。
「まあ、その話はまた後でゆっくりしましょう。とにかくあなたに会えたことで、わたくしの目的はほぼ達成されました」
神官さんは胸を撫で下ろして、本当に安堵した声でそう言う。
そして。
「では、キリ。村へ帰りましょう」




