再会
「やっぱりこの木の実、薬草と違ってやたらカゴが重いわね……」
町の石畳の道を歩きながら、リルエッタは重そうに肩にかけたカゴの位置を直す。彼女のカゴは一番小さいけれど、やはり肩掛けは背負いカゴより不安定だからちょっと苦労しているようだ。
「香油を絞るって話だからかな。油の分だけ重みがあるんだろうね。中身が詰まってる感じする」
僕はカゴの帯をしっかり握って歩きながら、彼女にそう返す。
背負いカゴは背負いカゴで、より多く入れられる分、ずっしり重い。けれど嬉しい重さだ。山盛りのこれがそのまま報酬になるのだから、足も軽くなるというものである。
僕たちは木の実採取の仕事を早々に終えて、まだ日が高いうちに町へと戻ってきていた。
「ユーネは荷の重さより、こんなに早く仕事が終わったことへの罪悪感で足が重いんですがー……」
そう言うユーネはこの中で一番年上で身体が大きいからか、僕と同じ大きさのカゴを背負っているのに背筋がピンと伸びている。
単純な腕力なら、ユーネは僕よりも力持ちだ。ポールメイスなんて重い武器を持っているのだし、女の子にしては力の強い方なのだと思う。
とはいえ何度か振るところを見たところ……彼女にあの武器はちょっと重すぎるのではないか、と思ってたりはするけれど。僕も戦闘訓練をしてもう三ヶ月にもなるからか、最近はそういうのも分かるようになってきていたりする。
「あら、どうして早く仕事が終わったら罪悪感があるの? 余暇ができるのはいいことよ」
「だってまだ昼過ぎじゃないですかー。もっとちゃんと働かないといけない気がしてー」
「分からないわね……森のどこに目的の木があるか知っていたのだから、探す手間がないぶん早く終わるのは当然でしょう。時間をかければ利益が出るわけでもなし、効率よくできたのは喜ぶべきことじゃない」
僕としては、二人の話のどちらも分かる。
村にいたころは僕だって、兄姉が働いてるのに自分だけが手空きになると、誰かの手伝いに行っていたものだ。町の修道院は大人数で共同生活するところらしいから、ユーネは特にそういう考えが強いのだと思う。
けれど今は冒険者なのだから、他の誰かなんて関係ない。リルエッタの言うとおりちゃんと依頼をこなしてしまえば、早く終わってしまったとしてもなにも問題なくて、あとは自分の時間にしてしまえる。むしろ手早く終わらせられるのはそれだけの実力があるということなので、むしろ誇りに思うべきことだということも……ちゃんと理解できるのだ。
「まあ、早く終われば装備の点検とか、明日の準備とかもしっかりできるからね」
「それは……そうですねー」
僕の言葉に、ユーネは少し考えてから頷く。
余った時間も仕事のために使うなら、気後れも薄まるだろう。
「あら? なにかしら?」
話をしている内に冒険者の店が見えてきて、リルエッタが眉をひそめた。
僕も目を向けてみると、どうやら入り口の辺りに人だかりができているようだ。冒険者もいれば近所の人もいて、たぶん通りすがりの人たちもいるのだろう。……彼らはどうも、店の中の様子をうかがっているようだった。
「……まさか、朝の三人組がまだ暴れてたり?」
「それはないでしょ。どれだけ時間がたってると思ってるのよ」
「で、でもあの三人、武器を持ってましたよ。じ、事件とか起きてないといいんですけどー……」
たしかにあれからずっと暴れているなんてことはないだろう。けれどユーネの言うとおり、あの三人は剣や斧を持っていた。
店の中でまさか抜かないだろうと思っていたけれど、もしそれを振り回して暴れていたとしたら……誰か怪我をしたり、最悪は死人が出ているかもしれない。
あの騒ぎは、まさかそれで衛兵が来たりとかして―――
「行こう!」
どうしようもなく嫌な予感がして、それに追い立てられるように僕は駆け出す。カゴから少し木の実がこぼれてしまったけれど、拾う気になんてならなかった。
もしあの三人が武器を振り回して暴れていたとしたら、その犠牲者はあのとき割って入ってくれた、ニグとヒルティースだ。
僕のせいで、あの二人が大変なことになっているかもしれない。
「すみません、通してください! すみません!」
人だかりを掻き分けて、前へ。人が多すぎてなかなか進めない。それでもわずかな隙間をこじ開け、一番前へ辿り着く。覗き見のために開け放たれた扉から中へ入る。
そして、僕はその光景を見た。
床に膝をついてずらりと並び、胸の前で手を組んで神に祈らされている冒険者たちを。
そして彼らの前で腰に手を当てて立つ、なぜか見覚えがある黒髪の女性の姿を。
「なにこれ?」
異様な光景に思わず立ち止まって呟いて、もう一度店内を見回す。
たしかにここは暴れケルピーの尾びれ亭で、膝を突いて並んでいるのはみな知ってる顔で、彼らの前に立っているのは肘と膝から先が深緑色になっている懐かしの神官服だ。
「なにこれ」
もう一度呟くが、理解などできるはずがない。
「なにあれ」
「なんでしょうねー……?」
追いついてきたリルエッタとユーネも戸惑ってしまったのか、僕と同じように入り口で立ち止まって中を覗き込む。
「よいですか、みなさん」
膝を突いている冒険者たちの前で、黒髪の女性……神官さんは口を開く。
「アーマナ神はおっしゃります。隣人を大切になさい。人を騙してはいけません。人の嫌がることはしてはいけません。……であれば、友人の過去を暴き、笑いものにしようなどともってのほかでしょう」
その説法は……とても、初歩的だった。村の子供たちに聞かせるような、すごく当たり前の教え。
大の大人たちになにを聞かせているのか。
「冒険者とは自由なる者たちです。その羽のような心が、時に奔放になりすぎることもあるでしょう。しかして、自由だからといって他者に迷惑をかけてもいいわけではありません」
うん、とりあえず落ち着こう。
朝に見た神官さんは本当に神官さんだったらしい。村を出て三ヶ月と少しぶりだ。すごく懐かしいし、驚きの再会だ。けれどなんか駆け寄ったりとか、大きな声を上げたりとか、そういうことをしづらい空気である。
とはいえここで立ち止まっているのもなんだか変な気がするし……。僕はいったいどうしたらいいんだ。
「自由とはつまり、心のままに行動できる、ということです。つまり他者を尊重し、隣人を敬い、善行を為す者でも、それが己の心に正直な行いであるならば自由であると言えるでしょう」
並んでいるのは……ああ、やっぱりウェイン、シェイア、チッカがいる。そんな気がした。
それにどうやら無事なニグとヒルティースがいて、なぜか海猫の旋風団のペリドットやテテニー、ダルダンまでしっかり膝をついている。他にもたくさんの冒険者たちがいて、よく見れば受付のイルゼまでがそこにいた。
朝の三人組はどうやらいないようだから、きっとあの騒ぎは収まったのだろうけれど……それからいったいなにがあったのだろうか。
「自由だからと傍若無人な振る舞いを選ぶのは、単に心が未熟であるだけです」
どうしよう、僕の村の神官さんが僕の職場の人たちに説教している。
「えっとー、キリ君。あの神官服って辺境巡回神官のー……」
「……話してた神官さん」
教会関係者のユーネが気づいて、僕は認める。
どうやら神官さんは本当に辺境巡回神官というやつらしい。
「人の本質は悪である、とおっしゃる方もいるでしょう。善性はただのおためごかしであると吐き捨てる方もいるでしょう。ですが、わたくしは人を信じたい。人はあらゆるくびきから解き放たれても、善き選択に手を伸ばす尊さを持っているのだと。……ですから冒険者であるならばこそ、その心に羽を持つからこそ、あなたたちには精神的な高みへと目を向けてほしいのです」
ペリドットが感動のあまり泣き出した。テテニーとダルダンも目頭を押さえている。
他の者の反応は様々だ。海猫の旋風団につられて感動している者もいれば、それを見て若干引いている者もいたり、説法の内容に不満顔をしている者もいる。……けれど、立ち上がろうとする者はいなかった。
ここに至るまでにあった経緯がそうさせるのか、あるいは冒険者たちに身近な自由という題目を選んでいるからだろうか。なんにしろ神官さんの話術に耳を傾けていないのは、どうやら床に膝を突いたまま寝ているらしいウェイン、シェイア、チッカの三人だけである。
「キリ、とりあえず挨拶してきたら? たぶん貴方を訪ねて来たのだと思うし……あとこの状況を早く終わらせてきて。冒険者なんて普段教会に行ったりしないでしょうから、神官の説法なんて慣れないもの聞いていたら浄化されて天に召されるかもしれないわ」
「ゾンビと同列かぁ……」
まあ説法で地に還るゾンビは物語の中だけらしいけど。
仕方ないので、僕はカゴを一度背負い直して、前に進み出る。すると神官さんも僕に気づいたのか、こちらに目を向けて説法を止めた。
その驚きの表情はやっぱり記憶にある懐かしい顔で、僕はちょっと笑ってしまう。思えば、こうやって場所に物怖じすることなくみんなの前で説法しているところもこの人らしい。久しぶりに会う人が変わっていないのは、なんだかすごく安心する。
「神官さん、久しぶり」
「待っていましたよ、キリ。……ずいぶんと、顔つきが変わりましたね」
けれど前と同じなのは向こうだけで……どうやら僕は、あの村にいた頃とは違うらしかった。




