ガルブ一家の末子
「ハハハ、なるほど。だいたいのいきさつは分かりました」
戻って来た三人組の話を聞いて、小生は腹の贅肉を抱えて笑ってしまう。
なんて使えない人たちなのでしょう。これでは使ってやっている小生があまりにも不憫です。
「笑ってんじゃねぇよゼルマ。元はと言えばテメェのせいだろ、忌々しい冒険者の真似事なんかさせやがって。……もう行かねぇからな、あんな場所」
「いやいや、それは言いがかりですよドゥガディさん。ゴブリン討伐で何匹かに逃げられたのが後でバレそうなの、小生のせいじゃないでしょう?」
「ハッ、ゴブリンごとき数を減らせば村のヤツらでぶっ殺せるだろ。達成したようなもんじゃねぇか」
髪を逆立てた見るからにゴロツキのような男、ドゥガディ・ガルブは行儀悪く足をテーブルにのせて椅子に座り、瓶に直接口をつけて酒を飲む。頬傷と無精髭は小生が来る前にできあがってしまっているのか、空の酒瓶を抱えて床に座ってしまっていた。……まだ意識はありそうだが、あれではうめき声しか出ないだろう。
彼らに貸し与えている離れの別館は、酒精と食い散らかされた料理の食べカスによって匂いがこもってしまっていた。
まったく、これがヒリエンカの西側を裏で牛耳っていたガルブ一家の成れの果てとは。
首領と共に主だった組員がだいたい捕まってしまったとはいえ、まだ声をかければそれなりの数が集まる組織だったはず。新しい旗印によっては再興も十分にできただろうに……それがこんな無能だと、ここまで落ちぶれるものか。
「いいですけどね。小生は大して困りませんし。それで、あなたたちの報復の糸口は掴めましたか?」
「ぐ……」
「ハハハ、収穫なしですか。まあ海猫の旋風団と言えば現在躍進中のパーティらしいですから、そうそう隙なんて見つからないでしょう」
「いや、隙だらけだけどよ……やつら何かにつけて妙に鼻が利きやがるから、なかなか機会がねぇ」
それが隙がないということでは?
普段どれほど気を抜いているように見えても、町で最高の冒険者となればけっこうな腕前なのは明白で、そもそも彼らに手に負える相手ではないでしょう。そもそも彼らガルブ一家どころか東の裏組織まで丸ごと相手にして潰してしまった相手だというのに、どうして隙を突いたくらいで勝てると思っているのでしょうか。
もう潰れてしまったメンツなど、ささっと諦めたらいいのに。
ふぅむ、とタプついた顎肉を撫でて、室内を見回す。離れの別館とはいえ、普通の庶民からすればまあまあいい家屋といえる。けれどこぼれた酒のせいで床にシミができたり、殴ったりしたのか壁に傷ができていたりと、悲しい有様になっていた。
ため息を堪え、床に転がった椅子に目をつける。腹肉が多いと立っているだけで疲れる。……とはいえ、その椅子に座るのは躊躇した。これらが座った椅子に腰を下ろしたくはない、という嫌悪が勝ってしまう。
しかたなく、立ったまま愛想笑いを浮かべた。
「ふむ、では少々迂遠にはなってしまうのですが、小生が海猫の旋風団への報復になりそうな提案をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「どうせまた何かやれって言うんだろ?」
「もちろん。ガルブ一家向きの仕事ですがね」
「ふん……ゼルマにゃ世話になってるからな。それが報復になるってんならやってやるよ。またふざけた仕事じゃなけりゃ、だがな」
酒をあおって手の甲で口元を拭い、ドゥガディは小生を睨む。
冒険者の真似事をしながら情報収集なんて、簡単な仕事だったと思うのですが。報復の機会も狙えて一石二鳥でもあったのに。
そしてなによりも、運良く衛兵の追及を逃れた彼らがカタギに戻る、いい機会だったはずで……まあそこまでは望みすぎか。今更、彼らが汗水流してまっとうに働く姿は想像できません。
「ドゥガディさんが集めてきてくださった話だと、今はゴブリンが多くなっているんでしょう?」
「ああ。依頼書が余るほどにな」
「いいですね、商機です」
ポンと手を叩いて喜ぶと、ガルブ一家の末っ子は胡乱そうな目で小生を見る。
小生からしたら簡単な話なのですが、どうやらピンと来ていない様子。
「ゴブリンは人を襲うでしょう? では町から離れた人里から子供を何人か連れ去ってきたとしても、罪をなすりつけられるじゃないですか」
「ゴブリン騒ぎに乗じて人攫いかよ。くだらねぇ仕事だな」
「そりゃあ小生、奴隷商ですから。あなた方に頼むとしたらそういう仕事になるでしょう」
ゼルマ奴隷商い―――それが、この小生が経営する店の店名。
ヒリエンカの西側で唯一の奴隷商だ。
冒険者が下水道の新区画を見つけてからというもの、嬉しいことに人足の需要が増えている。新しい奴隷はいくらいてもいい。
……とはいえ、やり方はなんでもいいわけではないのだが。
特に人攫いで無理に奴隷にした曰く付きなど、売れる場所は限られている。そういうのを気にせず買ってくれていたガルブ一家は今はこの有様なので、正直に言って今はそういう商品など必要無い。
そもそもゴブリンが多くなっているという事態は普通に、奴隷商からすれば商機なのだし。
もしこれからゴブリンが多くなりゴブリンロードなどが出てくるほどになれば、滅ぼされる村なども出てくるだろう。そこから逃げて来た村人たちはいい商品になる。
小生は彼らに、家族や恋人を売って当分生きていく金を手に入れるか、諸共飢え死ぬかという選択を迫ってやるだけだ。たとえそこで頷かなくともド田舎の村人が町に順応するのは難しいのだから、いずれ借金や窃盗などでヘタをうって結局はうちへ来ることになる。
―――だから、わざわざそんなことをする必要はない。ないのだが……。
それでもこうして持て余した手駒がいて、儲けられる可能性があるなら、やらないよりはいいだろう。
「ガキなんか攫ってきてどうすんだよ。儲かるか?」
「子供は楽ですよ。力が弱くて、世界が狭くて、一人では生きられませんから。多少ヤンチャでも片足を折ってやって少し躾ければ、骨がくっつくころには従順な働き者になります。まあ骨折が治るまでの管理費は無駄になりますから、早めに出荷できる大人しい子が理想ですけどね。―――ガルブ一家があの白い粉を造っていた農場でも、楯突いたり逃げ出したりするような子はいなかったでしょう?」
「ハッ、たしかにな。どいつもこいつも死んだ目をしてやがった。ああそういや、ゼルマの調教中に死んじまった奴隷は、その腹の贅肉になるんじゃないかって噂されてたぜ」
「殺したことはありませんて……」
まったく失礼な若者だ。なんですかその噂は。たしかに食べるのは好きだし、小生は恰幅がいい方ですが、魔物でもあるまいし人の肉を食べたいと思ったことはないというのに。
第一ガルブ一家に売っていたような子供は、それこそ人攫いに遭ったり騙されて連れてこられたような曰く付きばかりだ。そういうのはちゃんと境遇に納得するまで躾けておかないといけないだけで、普通の手続きで奴隷にした者には怪我などさせたりしない。ゼルマ奴隷商いはカタギの商売なのだ。
命は大切なものだとアーマナ神も言っている。ちゃんと生きていないと商品価値がなくなってしまうから、この仕事をしている以上その教えはよく分かろうというもの。
だから、きっちりと管理していますとも。
「ふん、ガキか……ガキはムカつくな。ああ、苛ついてくる」
ドゥガディは舌打ちし、部屋の隅を見ながらテーブルに乗せた足を揺する。
そういえば、冒険者の店に生意気な子供がいるとか。まあ冒険者になるような子供など、生意気に違いないでしょうが。
彼は酒をあおり、飲み干した瓶を床に転がす。垂れた葡萄酒が床を汚した。
「いいぜ。ガキなんか見たくもねぇが、攫って奴隷にするってんなら悪くない。……だが、それがなんで海猫のヤツらへの復讐になる?」
酔いで顔を紅潮させたガルブ一家の末っ子に、小生はニコリと笑う。
「ああ、それはですね―――」




