辺境巡回神官の依頼
「それでは、改めましてお話を伺わせていただきます」
店のど真ん中のテーブルに移動して着席したイルゼは、向かい側に背筋を真っ直ぐに伸ばして座る黒髪の女性へと話を促す。
この店で、こうして依頼人をテーブルに案内することは珍しい。基本的には受付のカウンターで話を聞いて済ませるし、しっかりと話を聞くべき依頼なら店の奥に専用の部屋があったはずである。
それでもここを選んだのはイルゼの判断だ。
「あの、それはよろしいのですが、彼らはどういう……?」
当然と言えば当然だが、黒髪の女性はイルゼの横に座るオレたちを見てそう問いかける。
ぜひ聞いてやってほしい。オレたちもどういう立場でここにいるのか分からん。
「彼らは人捜しの専門家です。依頼を請けるかどうかは彼ら次第ですが、話だけでも聞かせれば的確な助言が望めるかと思います。まだ依頼の受注前ではありますが、どうか同席をお許しください」
「なるほど。そういうことでしたら、こちらこそよろしくお願いします」
適当なでっち上げの説明に深々と頭を下げる黒髪の女性。けれどオレたちは気が気じゃ無い話だ。こんなおっかない相手を騙すとか勘弁してほしい。
オレとヒルティースは慌てて、このちょっと変人なところがある受付嬢に耳打ちする。
「……ちょっとまて、オレたち人捜しなんかやったことないが?」
「というかなんでオレたちがここにいるんだ?」
「だって私、キリネ君のことあんまり知らないんだもん」
イルゼがこの店に来たのは約二ヶ月前だったか……あのガキが店に来た当初のことを知らない彼女では、この依頼人の言うニビトイ村から来た九歳のキリと同一人物か判断できないということか。
たしかにキリとキリネで名前もちょっと違うしな。ほんのちょっとだけどな。年齢に関しては……アイツは身体が小さいから、十二歳は怪しい。サバ読みの疑惑ありだ。あと三ヶ月前という時期も合致してるし、男の子というのも合ってるから、ぱっとあのガキを思い浮かべてしまうのは当然だろう。
とはいえ確証がないままそれを依頼人に伝えるのは、ぬか喜びさせてしまいかねないから気が引けるわけだ。
その子供、この店で冒険者やってますよ―――なんて言うのは、話を聞いて同一人物であると確信してからでも遅くはない。
「では、まずは自己紹介を。わたくしはカラトア・メヌア。この町の西部において辺境巡回神官を任されています」
肘から先と膝下が深緑色に染められた特殊な神官服の女性は、背筋を真っ直ぐに伸ばして椅子に座るとそう名乗った。
辺境巡回神官という役職はよく分からないが、まあ言葉通りの意味だろう。田舎を回って神官業をやる人みたいな感じか。
「捜索していただきたいのは、わたくしが受け持っている村の子供です。とても賢く大人しい子で、町の商人に憧れていました。ただ頭が回る分なかなか強情なところもあって、まだ九歳なのに村を出て働き始めるなら早い方がいいと言って聞かなくて―――ですので村によく来ていただけていた行商人に、この町で職を探してもらえるよう頼んだのですが……」
「へぇ、九歳で郷を出るとは根性あるね。で、その行商人に騙されて奴隷商にでも売られたとか?」
横からの高い声に、カラトア・メヌアと名乗った女神官がまばたきする。
今の声はイルゼではない。オレでもヒルティースでもない。いつの間にかこのテーブルに寄りかかるようにして立っていた、小さなハーフリングの声だ。
Cランク冒険者のチッカ。専門職を自ら名乗り、臨時でいろんなパーティに入って仕事する職人気質の斥候だ。
斥候と一口で言っても、必要とされる技能は多岐に渡る。偵察、追跡、罠感知、罠解除、鍵開け、記憶術……あとなんだっけ?
まあとにかく、どこで覚えるんだって感じの特殊技術を全て高いレベルで習得している者は、当然だが非常に少ない。魔術士よりも希少なほどで、この店に出入りする冒険者で本職の斥候と言えるのは唯一、この女ハーフリングのチッカのみ。
特化型の特殊な人材とはいえ、この店ではかなり有力な冒険者の一人である。
「そ、その通りなのですが……あなたは? そして、なぜそれを?」
「まあ細かいことは気にするな神官さんよ。町じゃよくある話だからな。俺も噂くらいには聞いたことがあるぜ」
チッカの隣に立つ戦士の男が、もの凄くわざとらしい笑顔でそう誤魔化す。一房だけ白髪になった濃い茶色の髪をしたその青年は、ウェイン。
言わずと知れたCランク冒険者であり、大部屋の代表格であり、いつもオレたちに戦闘訓練をつけてくれている凄腕の戦士だ。
彼もまた、この店の有力な冒険者の一人に違いない。
「そうですか……。よくある……」
「私たちも話を聞かせてほしい。何か力になれるかもしれない」
胸に手を当ててそう申し入れたのは、魔術士のとんがり帽子を被った美人、シェイアだった。
Dランクで、基本的にはパーティを組まないソロの冒険者。無口でほとんど喋らず、ほとんど仕事を請けず、そのくせ金に困っていそうには見えないという……そんな謎しかない魔術士なのだが、どうやらその腕前はDランクどころではないらしい。
その美貌と未知数の実力から、なにかにつけて注目されている冒険者だ。
「バッハッハ。まあ人に聞かれて困る話ではあるまい。冒険者はいろんな場所に出入りするでな、誰か心当たりがある者がいても不思議はないぞ。……しかし九歳で独り立ちとはのう。リーダー殿より大物じゃないか?」
「フフン、ぼくは十一歳からだったからね」
「将来リーダーみたいになるかもっスね!」
すぐ隣のテーブルからは、悪びれる気もなく聞き耳を立てている三人組の声。
戦士でありパーティリーダーのペリドット。フードを目深に被っても快活な性格が溢れ出る弓使いテテニー。豪快な笑い声のドワーフ重戦士ダルダン。
海猫の旋風団という、この店の筆頭を担うBランクパーティである。
―――ちなみに本当はもう一人コルクブリズという神官がいるのだが、今日に限ってどこにもいない。めったに見ることのない弓使いの女までいるのになぜ彼がいないかと言うと……どうやらこの依頼人が来た時点で、窓から身を翻して逃げたからだそうだ。それはもう華麗な逃げっぷりだったと、目撃していたヒルティースは語った。
あの特殊な神官服を見てなのか、それとも顔見知りだったりするのかはしらないが……つまりこの依頼人、Bランク冒険者が速攻で逃げを決め打つほどの人物であるらしい。
他にも大部屋の連中だったり、アイツらを勝手に敵視している低ランクパーティのヤツらだったり、とくに関係ない物好きだったりと、周囲のテーブルには耳をそばだてる者たちで溢れていた。
どいつもこいつも野次馬根性丸出しである。仕事行けお前ら。
今日も魔物に苦しめられている可哀想な人たちがたくさんいるってのに、こんなところで仲間のゴシップに首ったけとかなんてヤツらだ。
「ああ、そうですね。その通りです。ありがとうございます皆様。アーマナ神よ、善き巡り合わせに感謝します……」
カラトア・メヌアさんは感極まって神に祈り始めるが、今ここで真剣なのはあなた一人である。
「それで……その奴隷商に売られた? という子供のことですが……」
「いえ、正確には、奴隷商に売られる前に逃げ出したとのことです」
イルゼの言葉を、女性は丁寧に訂正する。知ってる話だ。前に賭けやって誰も勝てなかった話である。
オレは海向こうからやってきた外国の子供諜報員に賭け、ヒルティースは修行に来た王族の子息に賭けた。
「とても賢い子で、十歳に満たないにも拘わらず読み書きができましたから、どうやら奴隷商の看板を見て逃げ出したようで……そこからの消息は不明となっています」
読み書きできるのか……それも田舎の村から出てきたガキがか。
あのガキは毎日依頼書読んでるよなぁ。
「見知らぬ土地で頼れる知り合いもなく、三ヶ月……子供にはあまりにも絶望的な期間だということは分かっています。もし生きていたとしたら奇跡と言えるほどに。ですが、どうしても見つけたいのです。どうか、捜索をお願いできませんか」
奇跡的に生きてそうだよな、そいつ。どうしてそう思うのか分かんねぇけど。
「そうだね。心配だし、生きてたらと思うと諦められないよね。分かるよ神官のお姉さん」
したり顔で腕組みしていたハーフリングのチッカがウンウンと頷く。分かるよじゃねぇよと思いながら視線を向けると、彼女は腰のポーチから丸めた羊皮紙を取り出した。
バサリとテーブルに広げられたそれには、この町の簡易的な地図が描かれている。
「よし、じゃあまず状況を整理してみようか。神官のお姉さんは町の西側の田舎を担当している辺境巡回神官だ。ってことはその子供は西側から来たってことでしょ?」
「そうですね。その通りです」
「じゃあ、西側の北か南どっちかの門から町へ入って、そのまま奴隷商に連れて行かれた可能性が高いね。おそらくゼルマっていう奴隷商い店だろう。町に蔓延る裏組織のヤツらとも取引してるような、悪い噂の絶えない商人さ。西側じゃそこしか奴隷商がないし、騙して連れてきた子供を売るんだったら、そういうとこの方がいい」
「な、なるほど……」
背丈が足りないのか背伸びしながら羊皮紙の一部分を指さし、ペラペラと推理を述べるハーフリング。
さすが本職の斥候だけあって、町の情報収集は常に行っているということか。この小さな冒険者が専門職でやっていけている理由が分かった気がする。
「つまりその子供はゼルマの店を出発点にして逃げたわけだね。ただし子供の足だからそう遠くには行っていない。きっとこのくらいの範囲だと思うよ。少なくとも橋を渡って東側へは行っていないハズさ」
チッカはゼルマの店がある場所を指し示してから、そこを中心として指で大きめに円を書く。―――その円の中には暴れケルピーの尾びれ亭も入っていた。
「なるほど、素晴らしい推理です。ですが三ヶ月もたっているのですから、移動している可能性も高いのでは?」
「そこは子供だからね。活動範囲もそこまで広くないと期待できる。逃げた先でなんとか生き延びる手段を得たなら、よっぽどのことがない限りそこに留まり続けると思わないかい? どうかな、人捜しの専門家のお二人?」
「え? あ……ああそうだな」
「そういうことも……あるんじゃないか?」
そう聞かれて、オレたちはなんとか頷く。そうかオレたち人捜しの専門家って設定だった。
絶対にこのハーフリングの方が適任だろう。ていうか適任とかいらねぇだろこの依頼。
「だよね。うん、専門家もこう言ってる。だからまずはこの辺りを中心に捜すのがいいと思うんだけど、そこで都で流行ってる心理追跡って技を使ってみたいんだ」
「心理追跡……ですか?」
「そう! 捜し人の生い立ちや性格、技能などからどんな行動をするのかを割り出し、捜索範囲をグッと絞るんだね。これをやるのとやらないのだと、捜索の効率が全然違ってくるんだよ。―――だから、ぜひそのキリって子供について聞かせてくれないかな? 産まれから育ち、家族構成、交友関係、趣味、面白おかしい逸話に、恥ずかしい失敗談……それこそ、初恋の相手まで、ね」
ニコニコと笑みながら話すチッカの言葉に、冒険者たちの口の端がつり上がる。




