依頼人
店を出て、急ぎ足で大通りを進む。
最初は小走り、でも少し離れたら速度を緩めて、やがて立ち止まって後ろを振り返る。
大通りは今日も朝から、露店の呼び込みや道を行き交う人々の声でざわめいていた。
「どうやら追っては来ないようね。意外と役に立つじゃない、アイツら」
ニグとヒルティースには以前失礼な物言いをされたことがあるリルエッタは、ちょっと意外そうに。
「あのお二人、大丈夫でしょうかー」
誰にでも優しいユーネは少し心配そうに、今さっき出てきた店を遠目に眺める。
「大丈夫だとは思う。あの三人より、ニグとヒルティースの方が強いから」
不安がるユーネに、僕はため息交じりに教えてあげた。
どちらかというとやり過ぎとかの方が心配なほどである。
「なんでそんなこと分かるのよ?」
「だってあの三人、訓練とかしてなさそうだったし」
なんというか、いつも夜に戦闘訓練をしているからか、そういうのはなんとなく分かるのだ。装備の適当さもそうだけど、彼らは姿勢もカッコ悪かった。
猫背だし、そのくせ肩に無駄に力を入れてるし、歩くだけで身体の軸がぶれるし、不健康そうな肌の色だし、筋肉の付き方だって僕の知ってる戦士のものとは全然似ていない。
何から何までウェインやペリドットとは違う。
「多分負けないでしょ。あの二人なら」
僕は店に背を向け、再び大通りを歩き出す。心配はしなくてもいい。もし一対一で槍を使っていいなら、僕でもいい勝負できるのではないか。そう思えてしまえるくらい、あの人たちには恐さを感じなかったから。
まあ店内で刃傷沙汰とか二度と店の扉をくぐれなくなるだろうし、そもそも人に槍を向けたくないからあり得ないけれど。……そう考えると、二人が助けてくれてよかった。あのままだったら、謝るか逃げるかのどっちかしかなかっただろう。
帰ってたらお礼を言っておこう。
「へぇ」
「すごいんですねぇ……」
リルエッタとユーネが感心して僕を見てから、隣に並んで歩く。うん、あれで意外と、ニグとヒルティースはすごいのだ。
夜にやる戦闘訓練をサボることはほとんどないし、いつも討伐の依頼を請けてるし、僕はまだあの二人に一度も勝ててないし。ウェインが相手だと一方的に負けてる姿しか見ないけれど、Eランクの中だとけっこう強い方なんじゃないかって僕は思ってる。
大通りの向こうから二頭立ての大きい馬車がゆっくりとやってきて、行き交う人たちがそれぞれ道の両端に避ける。僕たちも道の右端に寄った。
御者が道を空けてくれた人々に帽子をとって礼をし、石畳をのんびりと闊歩する蹄の音と、カタカタと回る車輪の音がやってくる。
僕は以前のことを知らないからいまいち実感がないのだけれど、三ヶ月前に下水道の新区画が発見されてから、町の西側はビックリするほど活気づいたのだそうだ。昔はもっと人通りが少なかったし、あんなに大きな馬車も通らなかったらしい。
「―――え?」
ふと道の向こうに目が行って、思わず声が出た。けれどそれと同時に馬車が通って、視界を遮る。
「どうしたの?」
リルエッタがそう聞いてきたけれど、すぐには答えられず立ち尽くす。
……そう時間はたたず馬車は通り過ぎていって、大通りをまた人が歩き始めて、でもさっき見た気がした人の姿は見つけられなくて。
「……ううん、見間違いだったみたい」
僕は首を横に振ると、気を取り直して歩き始める。……よくよく考えたら、あの人が町にいるはずがない。
「知り合いでもいたんですかー?」
ユーネがそう聞いてきて、僕はちょっと情けない笑い方をしてしまう。
見間違いでも、なんだか懐かしくなってしまった。村を出て三ヶ月と少し。思えばもう、けっこうな時間がたっている。
あの人は今、どうしているのだろうか。
「うん。村の神官さんに似てる人がいた気がしたんだ」
「……なあ、兄さんたちさ。本気でそれ抜くつもりかよ?」
後頭部をガシガシと掻いて、オレは一応聞いてやる。
ゴロツキ三人は武器の柄に手をかけているが、まだ指が触れる程度。抜き放つどころか握ってもいない。こんなところで刃傷沙汰なんて衛兵に言い逃れできないから、それくらいの理性は残っているのだろう。
正直オレは、ここの店主の制裁の方が恐いが。
「あー……まあ、とりあえず落ち着いてくれ。オレたちの態度が気に障ったなら謝る。あの三人についてはすまないが、女子供だからってことで水に流してやってほしい」
冷静な声音で、諭すように語りかけたのはヒルティースだ。
この相棒はこういうとき頼りになる。根暗で陰湿で人の嫌がることばかり考えるようなクソ野郎だが、その分オレと違って思慮深いし我慢強い。
コイツはオレにはないものを持っている。だからこそ信頼して背中を任せられるのだ。
「ああん、それが謝るって態度か? 床に手ぇついて額擦りつけろや。それなら許してやんぜ」
「よしニグ。こいつら殺そうか」
気が合うな相棒。だからオレはお前と組んでるんだ。
なんかだんだんと苛ついてきたので、三人の顔ぶれをもう一度順番に眺めてやる。どいつもこいつも、その辺のゴロツキみたいな顔つきだ。性根なんて量るまでもない。
「……なあ、ちょいと気になったんだけどよ。さっき受付に昇格がどうかとか言ってたよな? ちゃんとゴブリン討伐やってきたのか?」
「あ? 当然だろうが。ゴブリンごときに負けるかよ」
「そうか。いや、心配になっただけなんだ。なにせあいつら、一匹でも逃がすと村へ報復に来るからよ」
「畑をメチャクチャに荒らすとか、喰うわけでもないのに家畜を何匹も殺したりとか、子供を攫うとかな。だからゴブリン討伐依頼はしっかり全滅させないといけない。当然やってるならいいさ」
オレとヒルティースの話に、お相手さんたちがあからさまに動揺する。やっぱりか。真面目にお仕事頑張ってきましたって顔してねぇもんな。
もしコイツらがゴブリン討伐を適当にやっていて、村にまた被害が出た場合……店は面目を保つため、店の金でEかDランクの冒険者を派遣することになるだろう。
当然ヘタをうったヤツらは罰則だ。しばらくはドブ掃除でもやらされるのではないか。
「そういうのがあるから、Eランクはよっぽど信用できるやつらしか昇格できねぇんだが……そんなことも分からずに受付でギャーギャー言ってるからよ、心配になるだろ? もしかしたらオレらが、安くて面倒くせぇ尻拭いのギルドクエスト請けるハメになるかもしれないんだからよ」
声で威圧しながら一歩詰め寄ってやると、それまでは武器に指が触れるくらいだったゴロツキ三人の手が、今度こそ柄を握る。……そういうところまで素人丸出し、いや三流丸出しである。
武器に手をかければ、こちらがビビるとでも思ったのだろうか。それとも斬り合いは衛兵が面倒だからと、こちらが折れると思ったのだろうか。
大股で一歩も踏み出せば手が届く、この距離で。
「武器を抜いて、構えて、振りかぶって、振る。四動作だ。大変だなお前ら。その間に殴り倒してやるよ」
「剣や斧は接近距離じゃ使い難いしな。サブの武器でナイフか短剣はないか? 今からでも抜く武器を変えたらどうだ?」
やめろヒルティース。そのアドバイスは普通にヤバい。
とはいえ三人はサブの武器なんか持ってないのか、それともここで言うとおりにするのはメンツに関わると思っているのか、手にする武器を変えることはなく……さりとて武器を抜くこともなく、ただこちらを睨んでくるだけだった。
ふ、と胸の中だけで笑ってしまう。
状況によっては武器を抜くよりぶん殴った方が早い。少しでも抜く動作をしたら遠慮無く殺せ。町中ですごんでくるヤツの大半はガチで戦る根性はない。―――全部、ウェイン兄の訓練で教えてもらったことだ。やっててよかった戦闘訓練。絶対カタギの出じゃないだろあの人。
オレたちは互いに引くことなく睨み合う。……数は二対三だが、正直この前戦ったゴブリン五匹の方がよっぽど恐い。アイツら武器を振りかぶって一斉に襲いかかってきやがったからな。マジで死ぬかと思った。
けれどコイツらには、そこまでの恐怖は感じない。そもそもここに至って抜かないのなら、本気でやる気もないのだろう。
ゴロツキだのチンピラだのはけっこう計算高い。弱い相手には大きな顔をするが、負けるかもしれない相手とはマトモにやり合わない。ここで喧嘩してもなんの益もないのだし、なにかきっかけがあればお開きだ。物音がしたとか、周囲の視線が気になったとか、その程度のことで興が逸れたと踵を返すに違いない。
―――だが、そのきっかけはあまりに衝撃的だった。
「失礼します」
静かで凜とした声がした。コツ、と硬質な靴音がして、三十代くらいの黒髪の女が通り抜けた。
オレたちとゴロツキ三人組の、ちょうど真ん中を。
「ん?」「え?」「お……」「あ……」「はぁ?」
あまりに予想外の出来事に、睨み合っていたはずの五人で仲良く変な声が出た。馬鹿みたいにたった今通った女を目で追いかける。
「仕事を依頼したいのですが、受付はこちらでよろしいでしょうか?」
「え……は、はい。受付はここで間違いありませんが……」
「ではよろしくお願いします。依頼内容は人捜しで、三ヶ月と少し前にこの町へ来たはずの……」
「待てや女ぁっ!」
どうやら依頼人らしい女は受付でイルゼに声をかけ、そのまま仕事の話をしようとし……怒声によって遮られる。
睨み合いの真っ最中に前を横切られるなんて、さすがに無礼にもほどがあるだろう。しかも気づかなかったとかではなく、わざわざ失礼しますと断りを入れたのだ。
だからそうなるのは当然。オレだって逆の立場ならそうする。
怒りで顔を真っ赤にした髪を逆立てた男が、その細い肩につかみかかる。




