少年少女たちの影響
よく見れば少し、違和感のある三人組だった。
歳は二十代が二人に三十代が一人だけど、冒険者で一旗あげてやろう、みたいな人たちと比べるとちょっと大人すぎる気がする。とはいえ……なんというか、顔が恐いし言葉も荒っぽいから今まで気づかなかったけれど、まともな戦う人には見えないのだ。
たぶん戦士……なのだろう。けれど吊してある剣の柄を見れば、握りに巻いてある布が傷んで緩んでいるのが分かる。防具は胸当てだけで、肩当てや脛当てはなく、腹や腰回りも無防備。しかもその胸当てですら妙に痛んでいたり、微妙に身体に合っていなかったり。
中古品を適当に選んで持って来た? きっちりと装備をつけるのをめんどう臭がっている?
どちらにしろ少なくともこの人たち、前職は兵士とか傭兵とかじゃない気がする。
「お前ら、噂のガキ組だろ。Eランクだってなぁ? Fラン見てて面白いかよ?」
髪を逆立てた男が僕を見下ろしてくる。一番若そうな見た目だけれど、この人が一番偉そうだ。
……というか、僕らは噂になってるのか。まあこの店で一番弱そうなパーティは僕らだろうし、やっぱり目立つのかもしれない。
「いえ、依頼を請けたいから順番待ちしていただけです」
僕は持っていた依頼書を掲げて見せる。イルゼを心配していたのはたしかだけれど、並んでいたのも事実だから嘘じゃない。
「ッハ! Fランには興味もねぇってよ」
けれどそれも不服だったようで、男はそう吐き捨てた。後ろの二人も舌打ちしたり睨み付けたりしてくる。
見られたくないのか見てほしいのかどっちだろう。……なんかめんどうくさいなこの人たち。
「ガキどもが仲良くお遊び気分で冒険ごっこか? 楽しそうで羨ましいぜ。テメェらみたいな弱いのに当たった客はいい迷惑だろうな。高い金出してんのに、あんの店はこんなのしか寄越さないのかって言われちまうぜぇ。店の迷惑になるんじゃねーのかぁ?」
顔に傷のある男が馬鹿にしたように言ってきて、今度は三人でゲラゲラと笑う。
それは前にバルクに言われた話だ。だから討伐依頼とか、護衛の依頼は請けさせてもらえないし、他の仕事を選んでいるんだけれど……ううむ。
なんだか何を言ってもダメな気がしてどうしたものかと困っていると、男は僕の持つ依頼書を覗き込んでくる。
「へっ、やっぱただの採取依頼かよ。ガキどもにはお似合いだな。Eランクはお情けでもらったのか?」
……?
「文字が読めるんだ?」
不思議に思って聞くと、髪を逆立てた男の顔が怒りに染まった。
あれ? なんでそんな顔をするのか分からない。特に変なことは聞いてないと思うけれど―――
「馬鹿にしてんのかテメェ!」
「わっと」
怒鳴りながらつかみかかってくる手を避ける。……もしかして、字が読めないのではと思われてたのが不満なのだろうか。でも読めない人って普通にいるから怒ることじゃなくないか。
ちょっとその見た目で文字が読めるのが意外に思っただけなのに。
「ちょ、馬鹿キリ! いくら相手が馬鹿そうだからってなに挑発してるのっ?」
してない。でもなんで相手が怒ったか分かった。あと向こうの怒りが増した。
「あああすみませんすみません。彼ちょっと純真で見たままの感想がそのまま言葉にでちゃったというかー……」
わざとやってるのかな? 謝ってるのに相手は顔を真っ赤にしてプルプル震えてるんだけど。
「いい度胸だガキども。大人に対する口のきき方を教えてやるよ」
怒りの形相で指の関節をボキボキ鳴らす髪を逆立てた男。無精髭も傷顔も、肩を怒らせて前に出てくる。
―――そのときだった。
「待ちな!」
その二人が颯爽と、僕たちと三人の男たちの間に割り込んだのは。
「兄さんたちよ、女子供相手に大人気ないぞ」
「ああ。さすがに目に余るな」
高らかに靴音を立てて現れた二人は、ニグとヒルティースだった。
彼らは僕らを庇うように前に立ち、不敵な笑みを浮かべてならず者まがいたちを睨み付ける。
「な……なんだテメェら」
「あんたらの先輩だよ。コイツらの先輩でもあるがな」
「この店の先輩として、これ以上は見過ごせない。続けるならオレたちが相手になるが、どうする?」
どうやら騒ぎを聞きつけて助けに入ってくれたらしい。
ありがたい。ありがたいけど……なんで二人とも、ペリドットがよくやる変なポーズをしているのだろうか。しかもちょっと恥ずかしいのか、微妙に中途半端な感じになってるのが絶妙にカッコ悪いんだけど。
「あ、ユーネさんたちはどうぞ、もう行ってください。ここはオレたちがやっておきますんで」
「ええ、任せてください。オレたちが、しっかり収めておきますから」
そしてなんで僕じゃなくてユーネに言うのだろうか。
よく分からないけれど、目線は全然こっちに向けないのに指だけの合図で早く行けって言われてるから、僕はリルエッタとユーネを促す。
「行こう二人とも。ニグとヒルティースなら大丈夫」
「そうかしら……? まあいいけれど」
「あ、ありがとうございます、お二人とも! お願いします!」
なんだか変なことになってしまったけど、二人が任せろって言うなら任せてしまおう。大人相手に力じゃ勝てないから、僕がいても足手まといになるだけだし。
展開についていけずオロオロしているイルゼに依頼書だけ渡して、とにかく僕らは逃げるように店を出る。
帰ったら丸く収まっているだろうか……ダメそうな予感がした。
「よし、行ったか」
「今のはなかなか決まってたな」
店の扉から出て行く三人を見送って、オレとヒルティースは満足げに頷く。
ああ、今日は幸運だ。まさか悪漢に絡まれている女の子を助ける、なんて何度も繰り返し妄想していたシチュエーションに出くわすとは。しかもそれがユーネさん関連だとは。
冒険者同士の喧嘩なんてしょっちゅうだが、今はそういうのが起きやすいこの店に感謝である。
「ふざけやがって、テメェら。いったいなんだ? 横からしゃしゃり出て来んじゃねぇよ」
「英雄気取りか? 頭が幸せだな冒険者ってヤツは」
「こっち向けやコラ。舐めてんじゃねーぞ」
さて、問題はこの安っぽいゴロツキ三人組のことだが……正直、オレはこいつらにはそこまでムカついていない。むしろこの状況をつくってくれたことに感謝しているくらい。ありがとう本当にありがとうもう帰っていいぞ、って感じだ。まあ帰らないだろうけど。
……というか実は、ちょっと共感しちゃってんだよなオレ。この三人に。
「分かる。分かるぜ、兄さんたち。アイツらムカつくよな!」
「ああん……?」
オレが握りこぶしを作ってそう言ってやると、ヒルティースはウンウンと頷き、ゴロツキどもは怪訝な顔をした。
ユーネさんを脅かしたのは万死に値するが、それはそれとしてキリネのやつとマグナーンはいい気味だった。ちょっとスカッとしたぜ。
「ほんっとムカつくんだよなアイツら。知ってるか? あのパーティ、ガキばかりのくせにこの店に来てすぐにEランクなりやがったんだよ。オレらなんか半年もやってたのに先越されてよ。もう先輩としての面目丸つぶれだったぜ。……でもな、それでもオレらはまだマシだったんだ。ほぼ同時に昇格したからな。本当に大変だったのは他のFランクで燻ってたやつらだ」
「ああ、あんな子供たちでも昇格できるのに、まだFか……って目で見られるのが嫌だったんだろう。こぞって昇格しようとして、けっこうな無茶をやって怪我したり、依頼に失敗して借金こさえたり、挫折して冒険者を引退したり、あれは悲惨なものだった……」
「お、おう……」
その状況を想像したのか、ゴロツキどもが少し引く。実際アレは酷かった。けっこうな人数が店に来なくなった。
実力に見合わない依頼は請けさせないよう店主のバルクが計らったおかげか、死者までは出なかったが……あの三人がEランクに昇格してから一ヶ月くらいは低ランクの間である種の悲壮感が漂っていて、オレたちはまだ幸運だったと安堵したものだ。
実際、今もあの時期の話は低ランクにとっては悪夢として、酒の場で頻繁に語られているほどである。……もっとも当事者であるあの三人は、酒を飲まないから知らないだろう。
「そのくせ自分たちはランクなんか興味ありませんって感じで雑用みたいな仕事ばっか請けてやがるしな。お前らのせいで大変な思いしてる低ランクがいるってのに」
「ああ。文字が読めて魔術もあるからって、こっちが必死になってる仕事の奪い合いに参加してこないのもムカつく。余裕ですかって思うな」
「そうそう。しかも自分たちがちょっと頭よくて読み書きできるからって見下しやがってさ。普通に生きてたら文字なんか読めなくても生きていけるっつーの」
まあ、とはいえ冒険者は自己責任。いくら悲しい被害が出ようが、ユーネさんたちはなにも悪くないのである。
……それを分かっているのか、もしくはあの三人を気に入っているらしい海猫の旋風団ともめ事になりたくないのか、はたまた大部屋の顔役であるウェイン兄とも仲がいいからか、アイツらに喧嘩を売るような無作法者はいなかった。
今日までは。
そう―――アイツらに喧嘩を売るヤツなんていなかった。店の有力者たちに目をつけられたくないし、ガキにいちゃもんつけるのもカッコ悪いし、なんだかんだで頑張ってるヤツらではあるから勝手にムカついてる自分が小さく思えてきてミジメになってくるし。
だから、そう。このゴロツキたちが最初なのだ。
オレたちの言いたいことを完璧に代弁してくれたのは!
「兄さんたちもそうだろ? あんなヤツらが昇格してんのに、なんで自分たちが見習いのFなんだってイラってくるよな。分かる分かる。でもあんたらはまだ冒険者になって日が浅いんだし、普通だからさ。そう焦らずに……」
「うるせぇ!」
肩を叩こうとした出した手を払われる。痛った。
「いい加減にしろよクソが。テメェらみてぇなヤツらとは違うんだよ、こっちは」
髪を逆立てた男が剣の柄に手をかける。他の二人もそれぞれの武器に手を伸ばす。
え? まさか、店内だというのに武器を抜くつもりか。こんなつまらないもめ事で?
……どうしてこうなったんだろう? オレたちはただ、気になってる女の前で良いカッコしたかっただけなのに。




