眠気まじりの朝
「あふ……」
我慢しててもあくびが出てしまって、まだ眠い目をこする。いつも寝起きはいい方だと思うのだけれど、今朝はなかなか眠気が去ってくれない。
おかげで壁の依頼書を眺めてもなかなか内容が頭に入ってこなかった。
「珍しいわね、キリ。寝不足?」
「もしかしてお疲れですかー」
僕がよっぽど眠たそうに見えたのか、艶のあるチェリーレッドの髪の女の子と、栗色のフワフワ髪の少女が心配してくれる。
リルエッタとユーネの二人とパーティを組んで、もう三ヶ月くらいか。毎日のように一緒に仕事しているからか、不調はあっさり見抜かれてしまった。
「ただの寝不足だから大丈夫……なんか昨日、ニグとヒルティースがやたら話しかけてきてなかなか眠れなかったんだよね」
「あー、大部屋ですもんねー」
「ろくな事をしないわね、あいつら」
大部屋だと夜遅くまで起きている人もいるし、すぐ下の階が酒場なのでなかなかうるさかったりする。……一度見学で部屋を見に来ている彼女たちはそれを知ってくれているからか、あっさり納得してくれた。
まあ僕はけっこうどこでも眠れるから普段はそこまで困ってないのだけれど、さすがに会話の最中だと眠れなくて……いや、そういえば昨夜は話の途中で寝ちゃった気がするな。
まあ、とにかく今日はちょっと寝不足気味だ。
「それで、どんな話をしてたのよ?」
「んー……眠かったからあんまり覚えてない」
まあ、あんまり大したことは話していないはず。
普段はどんな依頼をしているのかとか、冒険中の昼食はみんなでなにを食べているのかとか、ユーネはどんな花が好きなのかとか、そんな雑談を延々としていた気がする。
眠かったので適当に答えていたからか、今こうして記憶を辿っても自分がなにを言っていたか思い出せない。はたして僕はなんと答えたのだろうか。
「そう。無理しなくていいわよ、依頼はわたしたちが選んでおくから」
「そうですよー。決まるまで座って休んでいただいてもー」
「ううん、僕もちゃんと選ぶよ」
せっかくの親切だったけれど、僕は首を横に振った。もう一度目をこすって、壁の依頼書を見上げる。
以前にも寝不足の時があって、そのときは二人に選ぶ仕事を任せたのだけど……そのときは廃墟の幽霊調査なんて依頼になってしまった。
幽霊とかはダメだ。殺しても死なないから怖い。
「んー……なんか最近、ゴブリン多いね」
「たくさんありますよねー」
ぼうっとした頭で見たままを呟くと、ユーネが頷いてくれる。
依頼書の見出しに討伐の文字がたくさんあって、よく見るとそのほとんどがゴブリン絡みだ。数えると……五件。一度にこんなにも貼られているのは始めて見た。なんだか日に日に多くなっている気がする。
リルエッタも気になるようで、顎に指を添えて首を傾げている。
「ちょっとこの多さは異常ね。夏はゴブリンが活発になる……なんて話は聞かないけれど。ゴブリンロードでも出たのかしら」
「ゴブリンロード?」
知らない言葉が出てきたので、オウム返しに聞いてしまう。ゴブリンのロードだから、もしかしてゴブリンの偉いのだろうか。たくさんのゴブリンを統率したりするやつとか?
「そのままの意味ね。ゴブリンのロード。ゴブリンの上位種で、ゴブリン種の大軍を統率する厄介な魔物よ」
あ、本当にそういう魔物なんだ。分かりやすい名前だな。
「まあ本当にそんなのが出たかどうか分からないし、今の時点ではなんとも言えないわ。それに……わたしたちには関係ない話だし」
「ですねー」
苦い顔で歯噛みするリルエッタと、朗らかに頷くユーネ。
実はつい最近、もっといろんなことに挑戦していこうという気持ちになったこともあって、僕らはゴブリン討伐の仕事を請けようとしたことがあった。
依頼内容は小さな村の畑を荒らすゴブリン二匹の討伐。数が少ないから報酬も安く、敵の根城も分からないからと残っていた仕事だったけれど、二匹だけなら僕らでも勝てるだろうと意気込んで請けようとし―――バルクに止められたのだ。
「能力的にやれん仕事とは言わんが、小せぇ女子供だけのパーティを討伐に向かわせると依頼人が不安になる。店の信用に関わるからやめろ」
僕は指を使って目を吊り目にし、バルクの声まねをする。うん、今のは全然似てなかった。自分でも分かる。だってリルエッタもユーネも気まずそうな顔してるし。
これは……もっと練習しとかなきゃいけないな……。
「ムカつくけれど、たしかに討伐依頼は大柄な男の方が依頼人は安心するでしょうよ……。店の信用を下げるのは本意ではないわ。討伐の仕事なら、依頼人に会わないものにするべきね」
「魔物の素材を集める仕事とかなら、依頼人と直接会わないものもありそうですがー」
「大青ヒキガエルの素材集めは二人とも猛反対したけれどね……」
とにかく僕らができる討伐系の依頼はなかなかないのが現状で、結局は今まで通りあまり危険のなさそうな依頼を選んで請けている。
僕としてはそろそろ、戦闘訓練の成果も試したいのだけれど。
「じゃあやっぱり昨日候補に挙がっていた、香油の素材になる木の実の採取でいいかしら?」
「賛成」
「異議なしですー」
めぼしい依頼も増えていなかったので、僕らはあらかじめ請けるつもりだった仕事の依頼書を壁から外して、受付へ持っていく。
素材採取は好きだ。薬草採取が一番好きだけれど、こうやってたまに入る常設じゃない依頼もいい。
たとえば今回の依頼は森で見かける木の実の採取で、実は固いし苦みと渋みがひどくて食べられたものではなかったけれど、どうやら精製するとすごくいい香りの油が採れるとのことだ。今まではただの風景の一部だったものが、実は意外な使われ方をされている……なんてことを知るのは、ちょっと面白い。
それに森にはよく入るから、だいたいどの辺で採れるか分かるし。
「なんっでオレたちが昇格できねぇんだよ!」
依頼を請けようと受付に並ぼうとした矢先、怒鳴り声が響いた。
剣を吊したのが二人、斧を背負ったのが一人の三人パーティだった。
人間の男ばかりで、一様に目つきが悪い。顔に大きな傷があったり、無精髭まみれだったり、髪をトサカみたいに逆立てていたりする。歳はたぶん、二十歳は過ぎているだろう。無精髭の人は三十くらいかも。
彼らは一月くらい前から見るようになった顔だ。名前も知らないし話したこともないけれど、よく店の隅っこの方でお酒を飲んでいるのを見る。
大部屋では、あんまり関わらない方がいいって噂されている人たちだ。
「ゴブリン討伐してきただろうが。この店はそれでEランクに昇格するんだろ!」
「昇格には店の審査が必要になります。Eランクの場合、ゴブリンを討伐できる戦力はあるか、仕事内容に問題はなかったか、店の冒険者として信用するに値するかが基準になります」
髪を逆立てた男が詰め寄っているのは、受付嬢のイルゼだ。いつもは明るくて聞いてないことまで喋ってくるような彼女だけれど、今は淡々と昇格審査について説明している。
「あなた方は暴れケルピーの尾びれ亭で登録してから日が浅いため、すぐにEランク認定とはいきません。どうかご了承ください」
「畜生が!」
「じゃあ早くしろよその認定ってヤツをよ」
「昇格させなかったら承知しねぇぞ!」
ダン、と受付のカウンターを叩く男と、他の二人も口々に文句を言う。
年齢はもう大人なのに、どうやらこの三人はFランクらしい。まあ一ヶ月前に冒険者を始めたのならそうか。
それにしてもずいぶん荒っぽい人たちだ。冒険者はならず者まがいも多いって言うけれど、これではまがいじゃなくて本当にならず者ではないか。対応するイルゼが可哀想になってくる。
僕がこの店に来てすぐのころは、ああいうのはなかった。だってバルクが受付してたし。あの大柄で頬に傷のある顔の恐い店主に突っかかれる新人はいない。
けれど最近は人を増やしたおかげで、今はバルクはなかなか受付に座ることはなくなっていた。いつも忙しそうにしてて店にいないことも多いからか、最近入った人たちの中にはバルクの顔を知らない人もいるのではないか。
だからこういうのが出てくるのだろう。
もし手を出そうとしたら、さすがに止めよう。あんまり問題にしたくないから、大きな声でなにか話しかける感じで。
落ち着いてください、受付さんに暴力すると店主の恐いおじさんに半殺しにされるよ―――よし、これでいこう。半殺しにされるの事実だし。
「おいテメェら。なに見てるんだよ」
けれど男たちはそれ以上イルゼには構わず、舌打ちしながら振り返り―――僕たち三人を睨んできた。
……並んでいただけですけれど。




