罠と魔物と名誉の負傷
「いよいよだな、ヒルティース」
「ああ、いよいよだ。ニグ」
互いに顔を見合わせ、オレたちは頷く。
Eランクに上がってからだいたい三ヶ月。冒険者の店の受付が自分たちに合った仕事を紹介してくれるようになって……つまりイルゼとかいうなぜか魔物に詳しい受付が手続きしてくれるようになって、二ヶ月くらい。
ネズミ退治よりマシな仕事ができるようになってから、オレたちにもやっと少し金銭的な余裕ができてきた。
もっともオレたちのような戦士だけのパーティなんてのは多いから、依頼はいつも取り合いだった。人の多い時間帯に新しい依頼書が張り出されたら喧嘩が起きるほど。
けれどなぜか最近はゴブリン討伐の依頼が多くなってきたこともあって、稼ぎも順調だ。おかげで長靴も新調したし、それに合わせた脛当ても買えた。ヒルティースは今のより少し大きめな丸盾を買うかどうか悩んでいるらしい。
冒険は金がかかる。武器に防具はもちろん、ロープやランタンなどの道具、水薬などの消耗品。装備を整えるだけでも結構な金額が必要で、しかも上を見れば天井知らず。
だが、せっかく稼いだ金を冒険のことだけに使うのは、冒険者としてあまりにも馬鹿げている。
「この仕事が終わったらだ」
「ああ、この仕事が終わったら」
オレたちはもう一度確認しあい、それから今回の仕事場である洞穴へと視線を向ける。
依頼主の村人が言うには、入り口は大きいがあまり深くない洞窟らしい。構造も単純で一本道だから迷うこともない。
そんな穴に棲み着いたゴブリンに家畜を盗まれ畑を荒らされ、困っているから討伐してくれという依頼。
情報収集も万全。よくある仕事だ。
「数は五匹から六匹」
「一度に相手しなければ大丈夫だな」
「松明はオレが持つ」
「頼んだ」
洞窟に入ってすぐ戦闘になるだろうから、今回はランタンではなく松明を用意した。
松明はいい。棍棒の代わりにするには軽くて心許ないが、安いし、手荒に扱っても火が消えない。いざって時は地面に投げ捨てれば、手が空いて便利だ。ランタンのように覆いを被せて光量調整はできないのは難点だが、どうせオレたちに足音を忍ばせる技はない。
準備は万端。懸念材料はない。
「この仕事が終わったら、オレたちは……」
「ああ……」
オレたちは意を決して、洞穴へ踏み出す。
まだ午前中だ。ゴブリンは夜行性という話だからこの時間帯は寝ているはず。起きているヤツもいるかもしれないが、せいぜい一匹二匹だろう。各個撃破で叩けるならむしろ都合が良い。
盤石だ。なんの問題もない。だからオレたちは問題なく帰ってくる。村人たちを安心させ、冒険者の店に報告し、報酬を受け取る。
そしたら、繰り出すのだ。夜の町へ。
「「この仕事が終わったらオレたちは、エッチなお姉さんがいる店に行く」」
仕掛けられていた鳴子の罠が盛大に鳴った。
ゴブリンは弱い。それは間違いではない。
けれどゴブリンにやられる冒険者はけっこう多い。
ヤツらは知恵が回る。賢いわけではないが、鳴子や落とし穴などの簡単な罠なら使ってくる。
ヤツらは武器を使う。いくら小さくて力が弱くとも、剣や棍棒を振り回してくるなら普通に脅威だ。
そして、ヤツらは群れる。数を頼りに大勢で一斉に襲いかかってくる。
「ああ……ちくしょう、足が痛ぇ……」
やっと帰って来られた町の石畳に、痛む足を引きずる。悪態は道行く人々の音にかき消された。負傷した冒険者の姿は思わず振り返るほどには目を引くらしいが、しかし足を止めない程度には珍しくないらしい。
つまり今の自分たちの苦しみは、けっこうありふれたものなのだ。死ぬ思いをして、死線をくぐって、必死で帰ってきたのに……そう考えると余計に気分が鬱々としてくる。
痛むのは全身だが、特に痛いのは足であり心だ。買ったばかりの脛当ては短剣の足払いを受けて無惨にもヘコんでしまっていた。
「打撲で済んでよかったじゃないか。買った防具が役に立ったな」
肩を貸してくれるヒルティースは鎧も盾も傷だらけで、頭と右手に巻いた包帯から血が滲んでいた。
オレもヒルティースも、一人でゴブリン二匹くらいは相手できる。けれど、それ以上となると……―――無傷とはいかない。
正直、今回はだいぶんヤバかった。
鳴子の音を聞きつけて一斉に襲いかかってきたゴブリンは五匹。一斉に襲いかかってきたヤツらを開幕早々二匹倒したはよかったが、他の三匹の勢いのついた攻撃を捌ききれずに負傷して、そこからはメチャクチャのグチャグチャだった。
オレたちは剣を振り回したり盾で思いっきり殴りつけたりと、まるで素人のような戦い方をしつつからくも勝利したのだが……たぶん、そうとう運が良かったと思う。もう少し敵の数が多ければ二人ともやられていた。
まあ鳴子の罠に引っかかった時点で、運は悪かったのだが。
「これじゃ、しばらくは仕事できんよな……」
「壊れた防具、修理に出さないとな……」
「金かかるな……」
「まったくだ……」
声を出すのもつらいが、ヒルティースに肩を借りているので、ブツブツとした声量でも会話できる。
オレたちはゴブリン討伐の依頼を達成した。それはいい。
けれど、怪我を負い装備を壊した。最悪だ。大赤字だ。
「クッソ。本当ならよぉ」
「言うな、ニグ……」
ヒルティースは止めるが、実際に命があっただけマシだと想うべきだが、あまりにも悔しくて思わず声にしてしまう。
だって、本当なら。
「本当なら今日には、エッチなお姉さんのいる夜の町へ繰り出せたのに……―――」
「お二人とも、ちょっといいですかー?」
唐突に背後から声をかけられて、ビクッと跳び上がった。全身の生傷が痛んで、二人して思わず変な悲鳴を上げてしまう。
振り向くと、冒険者の店でよく見るフワフワな髪に大きな帽子をのせた女がいた。
たしか名前はユーネだっただろうか。戦闘訓練仲間のキリがパーティを組んでいる治癒術士。
そして……怒鳴り散らしてオレたちの誘いを断った、あのマグナーンのお付きだ。
「な、なんだよ。言っておくけど、名誉の負傷だぞこれは」
「ああ、魔物討伐で村を救ったんだ」
まあゴブリンなんかの罠に引っかかったのは間抜けではあったが、決して間違いではない。
勇敢に戦ってこさえた負傷だ。恥ずかしがるようなことではない。
「そうですかー。あ、やっぱりけっこう痛そうな怪我ですねー。失礼しますね」
彼女はそう断りを入れてからオレたちに近づくと、祈るように胸の前で手を組んで、呪文を唱え―――なにか神聖なものに包まれるような、活力を流し込まれるような不思議な感覚があって……怪我の痛みがすっかり消えてしまった。
「本当は寄進を戴かないとダメなんですけど、いつもキリ君がお世話になってるようですからねー。教会には秘密にしてください」
治癒魔術が成功したのを確認すると、彼女は唇に人差し指を当ててそう言った。そして驚いて何を言えばいいのか分からず口をパクパクさせるだけのオレたちを尻目に、踵を返す。
その先には彼女のパーティの仲間である少年と少女がいて、合流した三人は何事かを話しながら歩いて行く。
オレたちはただ、それを呆然と見送っていた。
「……女神だ」
あまりに放心しすぎて、自分たちでもどっちが言ったか分からなかった。




