素晴らしい夕暮れの景色
目的。
そう、わたしには目的があった。
わたしにはマグナーンとしての使命がある。冒険者として活動しながら、仕事が信用できる冒険者を選別したり、商機になりそうな情報を得ることだ。
つまり、商人としての地道な情報収集。周囲の反対を押し切って自らに課した、わたしの仕事。
けれど、そんなものは冒険者になるための建前でしかない。
わたしには冒険者になりたい目的があった。
「わたしは、綺麗で素晴らしい景色が見たいの」
それが、本当の理由。
このためにわたしは魔術を習い、冒険者となって、今ここにいる。
「……えっと、観光?」
「違うわ」
そこは断固として違うので、ちゃんと否定する。
「観光の名所とかの景色じゃダメなのよ。そんな誰でも見られるようなものじゃ全然足りないの」
草原の草を揺らす風で雲が流れ、暑い日差しが戻ってくる。
わたしは眩しい日差しに目を細め、そのまま瞼を閉じた。
そうして思い出すのは、最初の冒険の記憶だ。
「貴方に連れて行ってもらった紫の花のマナ溜まりはよかったわ。まさしく普通の景色じゃなかった。綺麗で、幻想的で、素晴らしい光景」
「ああ……」
例を出したのがよかったのだろう。キリの顔に納得の色が浮かぶ。
つまりちゃんと言いたいことが伝わる程度には、あの景色は彼にとっても特別なものなのだろう。
「わたしはああいう景色を、もっともっと見たいのよ」
……わたしのこれは、決して大層な目的ではない。やはりただの観光ではないかと言われてしまってもしかたがない。
けれど、違うのだ。なにが違うかは上手く説明できないけれど、違うのだ。
マグナーンとはなんの関係もない個人の欲であり、なんの益も生み出さない感傷であり、だからこそなんの打算も入らない純粋な目的。
きっとわたしは―――自分で辿り着きたいのだろう。
そしてその素晴らしい景色を、自分のものにしたいのだと思う。……瞼を閉じればすぐに思い浮かべられるように。
「見たいだけ、かぁ」
ぽつりと呟く声が聞こえて、瞼を開ける。少年は口元に手を当ててウンウンと頷いていた。
「リルエッタはいいトコの子なのに、そんなことのために冒険者になったんだね」
その言い方にはちょっと、むっ、とした。
たしかに褒められるような目的ではないし、人によっては下らないって笑われても仕方がない。それは分かっているけれど、自分で聞いておいてそんなふうに言うのはどうなのか。
そう思ったらなにか言い返したくなったけれど……彼の次の言葉には、言おうとしたことがすべて消えてしまうくらい鼻白んでしまった。
「なんだかいいな。冒険者っぽい」
「ぽい?」
「うん」
ぽいもなにも、わたしは冒険者なのだけれど。
「シェイアが言ってたんだ。冒険者だから我を通すって」
考えながら話しているのか、キリは口元に手を当てたまま、視線は空へと向けていた。
まるで難解だと思っていた問題が、ほんの小さな閃きで簡単に解ける問いへと変貌した時のように。
「ワガママだねって言ったけど、でも、それが冒険者の本質だって」
「……まあ、わからなくはないわ」
生きるために働くなら、わざわざ危険な冒険者など選ばなくてもいい。
けれど冒険者であれば短期間で稼げるし、余暇も融通がきくし、面倒くさいしがらみも付き合わずにすむし、いくらでも冒険に挑戦できる。
自由なのだ。
自由だから、冒険者を選ぶのだ。
「ワガママじゃなかったら、冒険者じゃない」
その答えを、少年は噛み締めるように呟いた。
「なら、貴方は半人前ね。生きるために冒険者を始めて、今度は誰かのためになんて目的を掲げて魔術を習うのでしょう? 典型的ないい子ちゃんだわ。やっぱり商人の方が向いているんじゃない」
わたしは容赦なく言ってやる。
はっきり言えば……ワガママだから冒険者向きってことは全然ないと思う。わたしはワガママで冒険者になった自覚はあるけれど、少なくとも神経質なわたしより、けっこう図太いところがあるキリの方がよほど冒険者向きな気がする。
でもこれは、向き不向きの問題ではないのだ。
きっと生き様の話。
なぜ冒険者をやっているのか、なぜ冒険者でなければならないのか。
それが胸を張って言い張れなければ覚悟が決まらない。芯がなければ命を賭した冒険へは赴けない。
生きるためだけに冒険へ行く時期は終わったのだ。
「けれど、それくらい貴方にもあるでしょう」
わたしは確信をもってそう告げた。
彼は商人にならないと決めたのだから、自分で冒険者を選んだのだから、そんなものはあって当然。ないと思っていても、それは気づいてないだけ。
そうに違いないと、わたしは驚いた顔の彼を見つめる。
「気負うことはないわ。どんな下らないことでもいい。言ってみなさいよ」
「……下らないことでもいい、か」
キリは空を仰ぐ。夏の空は突き抜けるように蒼くて、目眩がしそうだった。
「うん」
ふ、と彼が微笑む。風が吹いて、揺れる草のように彼の身体が傾いで、そのまま尻餅をつくように地面へ座り、そして仰向けに倒れ込んだ。一度反動のように浮いた両手両足が大きく広がって着地する。
驚いた。地べたにそんなふうに寝転ぶなんて、今のわたしではまだ無理だ。彼はやはり田舎の子で、そんなところが同じ冒険者として上にいるような気がして、少し悔しい。
少しの間、彼は目を閉じて気持ちよさそうにそうしていた。答えはもう決まっているのか微笑んだまま、地面の感触を楽しんでいるかのように。
やがて、その口が開く。
「じゃあ、ダメ人間になりたい」
…………やっぱり、馬鹿なのだろうか。
下らないことでもいいとは言ったけれど、そんな回答は想定もしていない。ダメ人間になりたいってどういうことなのか。
夢に破れたりとか、できると思ってたことが現実では上手くいかなかったりとか、釣りばかりに熱中してしまったりとか、そんなことでダメ人間になってしまうことはあるだろう。……それだって彼がそうなるのを許すつもりはないのに、最初からそれを目指すのはワガママがすぎる。
「没」
「言うと思った」
キリは目を閉じたまま、可笑しそうに笑う。予想していたのなら、やっぱり今のは冗談らしい。
きっとからかわれたのだろう。
「じゃあ、シェイアの冒険についていけるようになりたい」
それを聞いて、わたしは瞼を伏せる。……また、あの女魔術士の話か。
あの夜にいったい何があったのかは分からないけれど、パーティの仲間でもないくせにずいぶんと彼の重荷になってくれたようだ。まったく気に入らない。
気に入らないが、気にくわないが……それでも彼にとっての理由となるなら、せいぜい利用はさせてもらおう。
「そう。いいんじゃ……」
「それから、ウェインみたいに強くなりたい」
思わず伏せた瞼を上げた。
キリはまだ地面に寝転んだまま目を閉じていて、さらに続ける。
「チッカみたいに夢中になれる趣味がほしい」
一つ一つ、指折るように。
「ペリドットみたいに、すごくて面白い人になりたい」
声は風に乗り、草原を吹き抜ける。
「ニグとヒルティースみたいに親友だって呼べる相手がほしい。テテニーみたいに夜の森を怖がらず歩けるようになりたい。イルゼの書く魔物図鑑を読みたいし手伝いがしたい。グミさんの研究していることがどうなっていくのかが見たい。ネティエペさんにはまた会って、魔術以外にもいろんなことを教えてもらいたい」
少し考えれば、当然だった。彼にはなにもなかったのだから。
白い布が、どんな色にも染まるように。
「ユーネみたいに、優しい人になりたい」
ああ、本当に彼は―――
「それに、リルエッタが見たい景色を僕も一緒に見てみたい」
「強欲ね」
やっと目を開けて、そっちが言えって言ったんじゃないか、とでも言いたげな視線を向けてくる彼に、わたしは笑ってしまった。
「そう言って、だから魔術を習いたいって、あの人魚の魔女に言ってみなさい」
「教えてくれるかな?」
「さあ? 保証はしないわ」
だって、それらはべつに魔術を習得しなくてもできることばかり。魔術があれば助けにはなるだろうけれど、全然必須ではないのだから断られてもしかたない。
でも、彼にはなにもない、なんて言ったのは間違いだったと、きっと思い知るだろう。なら伝える価値はある。
「ねえ、キリ。約束するわ」
「なにを?」
立ち上がって、大きくのびをして、そよぐ髪をおさえる。
西へ落ちようとする陽の色。東に向かうにつれて暗くなっていく空の色。朱に染まる、風に揺れる草原。
気づけば、どうやら夕方。そろそろ門が閉まる時間。
「貴方が満足するまで、わたしは貴方のワガママに付き合ってあげる」
わたしはきっと、この景色を何度も想い出すのだろう。
花粉の時期ですね! 毎日が薬漬け、KAMEです! テンションだけは上げていきましょう! ではさっそくネガティブな話!
実は小説を書いていて一番苦手なのが後書きだったりします。毎回ここになにを書こうか迷う迷う。僕が書いてる文章で最も書き直しが多いのがこの部分です。無駄ですね。
というわけで毎回困るから今回も困ってます。みなさんもここには期待せず、嗚呼困ってるなと生暖かく見守ってください。
さて、ちょっと普段とは違った話になったと思いますが、四章はいかがでしたでしょうか。楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは五章で、またお会いしましょう。




