以前と、今と
モテたい。
……自分にはなにもない。
なら、みんなには何かがあるのか。
それを聞けば参考になるかと思って、分かったのは自分の空白さだけだった。
「それでは、今日は解散ですねー」
明日請ける依頼も決まって、今日のやることは全て終わり。
リルエッタとユーネと別れて、僕は冒険者の店の中で立ち尽くす。
まだ日が高い時間だからなにかはできるけれど、なにをするにも中途半端になりそうな余暇を、僕はもてあますことになった。
受付ではまだウェインとイルゼが話しているけど、あそこの会話に混ざる気にはなれない。大部屋に戻ろうにも、今日はなにもやってなさすぎて休憩するほど疲れてない。
僕は無言で周囲を見回して、それから店を出た。裏へと回って、いつも戦闘訓練をしている場所へと向かう。
なんだか足が重かった。短い距離をトボトボと時間をかけて歩く。
あの不思議な島へ行っていろいろな体験をした時は、こんなにすごいことが世界にはたくさんあるのだと感じた。
けれど今の自分は、釣り人に外道と呼ばれるハズレ魚すら手に入れられない小さな子供でしかない。
全然強くなんてないし、なにもないって言われるくらいなんの目的も持ってないし、漁師たちとの交渉はリルエッタ任せだったし。
それに、魔術の素質も大してなかった。
みんなの話を聞けば、自分にも似たようなものが見つかるのではと期待していた。
けれど僕には胸を張って口に出せるような目的は一つもないのだと、再認識しただけ。
店の裏手には誰もいなかった。
最初の頃にお世話になった厩と、今は火が入っていない石窯と、戦闘訓練ができるくらいのちょっとした広場。
厩暮らししてたころなら朝に通る場所だったけど、今はなかなか明るい内に来ないからか、こんなにもよそよそしい場所だったっけと感じてしまう。
前にここで、ウェインたちが狩ってきた大きなワニを食べたっけ。
ふとそんな懐かしさにとらわれて、あの時ワニが焼かれてた場所に立ってみる。
リルエッタとユーネに会う前で、ムジナ爺さんがまだいたころ。
あの時は、先行きが不安で……けれどやっとなんとかなるかもと思えてきたときで、初めてのワニの味とお祭りみたいな雰囲気にドキドキしていた。
「……なんだか、独りだな」
呟く。
僕はこの町に来てすぐ騙されていたことに気づいて逃げ出して、生きるために嘘を吐いて冒険者になった。
生きていけるのなら、べつに冒険者じゃなくても良かった。
「僕は、みんなとは違うのか」
ぽつんと独りで立って空を仰ぐ。夏の日差しがじりじりと暑くて、風も吹かなかった。
大なり小なり、みんな理由があって冒険者をやっていた。それはそうだ。冒険者なんて命の危険がつきまとう仕事、選ぶならそれなりの理由くらいはあるだろう。
いいや、イルゼやグミさんは冒険者じゃないけれど、それでもちゃんとした目的があった。
なんとなくでやってるのは僕だけだ。みんなには当たり前のようにあるものが、僕にだけは欠けていて、なにもなかった。
なんでもよかったなら、商人でもいいじゃないか。リルエッタに紹介してもらって、安全でやりがいのある仕事につけばいい。それで生きていける。
たとえそこに、なんの魅力も感じていなくても。
「ムジナ爺さんなら……」
ワニのことなんか思い出したからか、あの老冒険者のことが頭に浮かぶ。
元は奴隷だったムジナ爺さんも、僕と同じで……いや、僕なんかとは比べものにならないくらい切羽詰まって、生きるために冒険者になったはずだ。
なら彼にもきっと、なにもなかった。
「そして、見つけた」
―――奴隷じゃ、こんな気分は味わえねえ。
そう言って紫の花のマナ溜まりへ案内してくれたときの笑みを、僕はまだ鮮明に覚えている。
たぶん、ムジナ爺さんの理由はあれだったのだろう。
「…………」
僕には、本当にないのだろうか。なにもなかったのだろうか。
陽の位置を確認する。まだ十分高かった。
行って、見て帰ってくるだけなら余裕。
そう思ったら、足が動いていた。
店の裏手から前まで戻る。けれど店には入らずに、そのまま大通りを進む。
急ぐ必要はない。むしろ急ぎたくない。そこで答えが出せなかったら、僕はずっと独りのままのような気がする。
「どこへ行くのかしら?」
不意に……本当に予想外に呼び止められた。ビックリして振り向くと、道の角にチェリーレッドの髪の少女が立っていた。
「リルエッタ? ユーネと一緒に帰ったんじゃないの?」
「教会に行くって言うから、すぐそこで別れたのよ」
たしか、教会は橋向こうのはずだ。まだ僕は行ったことないけれど、町の東側。今から行けば……うん、ゆっくりお祈りするくらいの時間はあるだろう。
「それでどうしたものかと思っていたら、貴方が通りかかったわけ」
「店を出てすぐ別れたんだよね? 僕、けっこうゆっくりしてたはずだけど……」
「なによ、なにか文句ある?」
なんだか睨まれたので、僕は首を横に振る。
たぶん僕と一緒で、中途半端な時間をもてあましていたのだろう。
「それより、どこへ行くつもりなの?」
「えっと……」
改めて聞かれて、僕は道の先をチラリと見る。
どこへ。……それを口で言うのは簡単だ。けれど、簡単に口にしてしまえば、それはそれでしかなくなってしまう気がした。
特別な場所ではないから、余計に。
「よかったら一緒に来る?」
だからそう聞いて、答えになってないって怒られるかもって思った。質問に質問で返すのはダメって村の神官さんも言っていた。
「そうするわ」
けれどリルエッタは、目的地がどこかも知らないままにあっさり頷いた。僕の隣まで来て、視線だけで促すように道の先を示す。
ちょっと困惑してしまうけれど……行き先を告げていない以上、僕が先導しなければならない。
「じゃあ、こっち」
僕は大通りを進むと、少女は黙って隣に並ぶ。視線は伏せ気味で、けれど背筋は凜と伸ばして、彼女はたしかな足取りで歩く。
ああ、そうか。きっと目的地なんてどこでもよかったのだろう。
彼女はただ、僕と話したかったのだ。
試しに無言で十歩。さらに無言で十歩。そして無言で二十歩。
沈黙のまま僕は歩き、チラリと横を見れば、彼女はさっきと同じ伏し目がちのままで。
僕が自分で考えて答えを出すのを、静かに待ってくれていた。




