ささやかな野望
理想を超えた格好良さを求めて。
冒険者の店に帰ってくると、当然だけれどグミさんはもういなかった。眠そうだったし、食事を終えて家に帰ったのだろう。
契約できた船は三つ。スピアフィッシュがどれほど獲れるのか分からないけれど、珍しいらしいしわざわざ狙って獲るわけではないのだから、何日かかかるかもしれない。……それを伝えたかったが、いないならしかたない。
まあ、急ぎでないことは確認してあるので大丈夫。
「朝市が終わった後くらいに取引なら、明日は早く集まらないといけませんねー」
「そうね。それから受け取ったスピアフィッシュをグミさんの家に届けて、その後に仕事。時間的に少し厳しくなるわ。ちょうどいい依頼があればいいのだけれど」
リルエッタとユーネは相談しながら、依頼書が貼られた壁へと向かっていく。まだ日は高いけれど、この時間からできる仕事はなかなかない。今日はもう一仕事したと割り切って明日の仕事を探すのが無難だった。……実は今日、リルエッタしか働いてないけど。
僕も二人に続こうとして、受付に知った顔がいることに気づいた。
「……そしたらソイツ、胴体真っ二つにしたのに上半分だけで跳びかかってきやがってさ。下半分もビッタンビッタン跳ねながら動き回って危ねぇっての。さすが虫系の魔物は生命力あるよなー」
「へえぇ、へえぇ、なるほどね。大ムカデは身体を半分に切断されても逃走より攻撃を選ぶのね。興味深いわ」
一房だけ白色が混じった栗色の髪の、金属鎧を身に纏った戦士。
他に並ぶ客もいないからか、なんだか久々に見る彼は受付のイルゼと話し込んでいるようだった。
「ウェイン、おかえり」
「お、ようガキんちょ。元気そうだな。俺がいない間ちゃんと訓練してたかよ?」
「ゴメン二日休んだ」
「おいおい、しかたがねぇな。今日は絞ってやるから覚悟しろよ」
僕が訓練を休んだことを知っても、ウェインは上機嫌そうに肩をすくめる。そして、イルゼへとヘラリとした笑顔を向けた。
「やー、やっぱダメだよな俺がいてやらないと。コイツは俺が訓練してやってるんだけどよ、まだまだ弱っちい癖に、俺がいないとすーぐサボっちまう。こういうのはちゃんと、しっかりした大人が監督してやらねぇとなー」
「あら、さすが優しいのね。たしかニグ君とヒルティース君にも教えてあげてるんでしょう? さしずめ大部屋の兄貴分って感じかしら? 後輩に頼られる男性って素敵だわ」
「ハハハ、まあ俺くらい腕と人望があると教えを乞いにくるやつも多いってことだな。仕方ないからできる限りで訓練してやってるが、おかげで忙しくって仕方がないったら」
「またまたぁ、頼られるのもまんざらじゃ無いくせにぃ」
………………なんだろうこの、この感じ。
ウェインが妙にいい気になってるというか、イルゼがやたら持ち上げてるというか、本当になんだろうコレ。
「……ねぇウェイン。今回はどんな仕事してきたの?」
「うん? 坑道に出た大ムカデの討伐だな。固いし体力あるし毒もあるしでわりと厄介だったぜ」
「その前は?」
「前? ……んー、人喰い植物の討伐だっけか。ツルをムチみたいに振り回してきやがるんだが、威力がヤバくてよ」
「その前は?」
「あーっと、なんだっけ。でっかくてやたら固いカメの魔物の素材が欲しいって依頼か? ああいや、血染め熊の上位種討伐だったか?」
見事に討伐ばっかりだ。しかも難易度が高そうなヤツばかり。
よくソロで行くなこの人。
「もしかしてそれ、全部イルゼの紹介?」
「おう。やっぱ受付が依頼をお勧めしてくれるってのはいいよな」
呑気に笑うウェインの向こうで、イルゼは口に人差し指を当ててシーッとやっている。どうやら僕が気づいたことに気づいたらしい。
―――限りなくブラック寄りのグレー。ウェインみたいな腕利きをおだてていろんな魔物の討伐をやらせ、報告としてではなく個人的に自慢話を聞く……うーん、バルクに告げ口するのが馬鹿馬鹿しい。
彼女の描くモンスター図鑑はなかなか面白いものになりそうだった。
「なあなあガキんちょ、どう思うよ? イルゼのやつ、俺のために毎回お勧めの依頼をいくつか用意してくれてよ。そんで帰ってきたら、武勇伝を聞かせてくれってうるさいんだよな。いやー、やっぱりこれって、もしかしなくても俺に気があるんじゃねぇかな?」
……わぁ、イラッとするぅ。
「えい」
「うぉ痛ぇ!」
足鎧の隙間を狙って蹴りを入れると、ウェインは大げさに悲鳴をあげる。くそぅあんまり効いてないな、悶絶させるには僕じゃ威力が足りない。
はぁー、と僕は深い深いため息を吐いた。なんだか悔しい。
シェイアは自分と僕に、人魚になる魔術をかけてみせた。つまりあれは、複数人にかけられる魔術である。……とはいえ、彼女の魔力量がいくらすごくても、海底遺跡に連れて行けるのは少数のはずだ。
シェイアとパーティが組めるほど腕効きで、かつ冒険者として一番交流があるのはウェインとチッカ。彼女はきっと、海底遺跡の探索に二人を連れて行くつもりだろう。
あの切なる想いが込められた、悲願の遺跡攻略に。
それなのに、おだてられていい気になって利用されている姿を見ると、すごくイラッとする。
「しっかりしてよ。ウェイン」
「あ? ちゃんとしっかりしてるだろうがよ。今回の依頼だってきっちり達成してきたんだぜ」
「しっかりしてる人がそんなふうに鼻の下のばしてるわけないでしょ。それともウェイン、女の人にモテたくて冒険者やってるの?」
「そうだが?」
…………。
「モテたくて冒険者やってるの……?」
「そうだが?」
…………えぇ?
それ頷いちゃうの? 二回聞いても? ホントに?
「いいかガキんちょ。俺の野望は冒険者で荒稼ぎした金で郊外に小さな家建てて、きれいな嫁さんとささやかな暮らしを送ることだ」
実力と比べて野望が一般庶民すぎる。
「ま、前組んでた女の仲間は別の仲間と結婚しちまったけどよ。冒険者やってりゃ助けた村の娘たちにキャーキャー言われるし、依頼人が女だったら感謝してくれるし、受付にも美人さんが入ったし、わりと出会い多いんだよな」
……まあ、そういうこともあるだろうけれど。もっと他に冒険者をやる目的とかはないのか。
憧れに近づきたいとか、夢を叶えたいとか、趣味を目一杯楽しむためとか、崇高な目標に手をのばすとか、人の役に立つ実感があるとか、カッコよくなりたいとかでもいいから。
ほかに。
「なんか不満そうな顔してんな。わりと本気だぞ俺は」
口を歪めてボリボリ後頭部を掻くウェイン。
彼は腰に吊った長剣の柄を軽く撫でる。
「どう言いつくろおうが剣ってのは殺すもんだからな。それしか能がねぇ物騒な俺が人に認めてもらえる仕事なんざ、そうはねぇんだよ」
……ああ、そうか。
戦うことしかできない人が人らしく生きるなら、たしかに冒険者はうってつけ。野盗の類になるより魔物を討伐した方が人の役にたてるのだから。
「兵士とかは?」
「団体行動は苦手でな」
「だろうね」
ウェインが真面目に門番している姿を想像して、思わず笑ってしまう。たぶん無理だ。数日で飽きるんじゃないか。
「金もいいしな。手応えのある魔物相手だったらいい訓練にもなる。ま、俺みたいなのには合ってるってこった」
「うん……そっか」
お嫁さんをもらえるかどうかはともかく……小さな家を買ってささやかな暮らしという目的は、ウェインの実力からしたら決して難しいものではないだろう。お嫁さんがもらえるかどうかはともかく。
だから、彼は上を目指さない。本気を出せばもっと早くCランクになれただろうに、実力の合わない仲間と二年間も一緒に冒険をしていた。
ペリドットが大きくて高い理想を持てって言ったの、ちょっと分かるかもしれない。ウェインは決して悪いわけではないというか、普通に考えるといいことしか言ってないのだけれど……もったいない気がしてしまう。
僕はちょっとだけ躊躇って、そして口を開く。
「でも団体行動が苦手でも、一人じゃできる依頼にも限界あるでしょ。そろそろ本気でシェイアとチッカと組めば? そしたら、もっとすごい冒険の話をイルゼに聞かせてあげられるんじゃない?」
「わ、それいいわね。ウェイン君の戦闘力に、魔術士と斥候の助けが加わればできることの幅がぐっと広がるわ。ううん、想像するだけで楽しみになっちゃう!」
「そ、そうかぁ? なら、今度いい仕事あったら声かけてみるかぁ。なあに、アイツらとは何回か臨時で組んでるからよ、俺が誘ったら二つ返事で受けてくれるさ」
ウェインが女性と組むことを喜んでいる時点で、イルゼに気がないのは分かりそうなものだけれど、どうやらまったく気づいてないらしい。頭が悪いって幸せだなって思う。
まあ、やる気が出てるようだしいいのではないか。




