人形館
ツアー客達は、館の中を見て回りますが……。
ツアー客は、美智留に案内されながら館の中を回り始めた。卯月も、最後尾を歩きながらキョロキョロと辺りを見渡す。
廊下には古びた木製の板が張られていて、時折ギシギシという音が鳴り響く。しかし、廃墟であるにも関わらず意外と綺麗だ。業者が定期的に掃除をしているのだろうか。
最初に案内されたのは書斎。書斎にしては広い面積なのだろうが、部屋に入ってすぐ左右に大きな本棚が見えるので、少し圧迫感がある。
本棚にはぎっしりと本が詰め込まれていて、経済学の専門書や経営者が書いたエッセイの割合が多いようだ。
ダークブラウンの髪をした女性が本の背表紙を見ながら言う。
「わあ……どれも難しそう。私には読めないな」
すると、カップルの片割れである男性がゲラゲラ笑いながら答えた。
「そうだな。志保は恋愛系の漫画しか読まないもんな」
そんな二人を意に介さず、美智留は説明を続ける。
それによると、この館の持ち主は大正から昭和にかけて財を成した経営者らしい。彼が亡くなった後この館は彼の息子が譲り受けたそうだが、管理しきれなくなって今は廃墟同然となっているようだ。
道理で経営学の本が多い訳だ。しかし、本の状態は良い。きっと、本も業者が手入れしているのだろう。
卯月は、ふとツアー客の小学生らしい少女に目を遣る。彼女は静かに、しかし興味深そうに本を見つめていた。
大人びた小学生もいたもんだな。そう思いながら、卯月は書斎を後にした。
次に案内されたのは、書斎の隣にある部屋。
「皆さん、驚かないで下さいねー」
美智留が、悪戯をする子供のような顔をしながらそう言い、扉を開けた。中に入った卯月は、目を瞠る。
部屋の中央には木製の机が置かれていて、そこには三体のフランス人形が入室者を見つめるように鎮座していた。
こちらから見て一番左が、赤い服を着た人形。長いブロンドの髪を垂らしていて、青い瞳をしている。真ん中の人形は黄色、一番右の人形は青い服を着ていて、まるで信号機だ。
しかし、髪型や瞳の色は三体とも同じように見える。
そして、部屋に入って右側の壁には、ガラス戸のある大きな木製の棚が備え付けられていた。卯月が棚の中を覗き込むと、その中にも沢山のフランス人形が収められている。
「そうそう、これを見たかったのよ!」
そう言うと、髪をひっつめにしたツアー客は、スマホでカシャカシャと人形の撮影を始めた。先程まで静かだったのに、もの凄いはしゃぎようである。
美智留が、にこやかに言った。
「皆さん、驚かれましたか? ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、これがこの館が『人形館』と呼ばれる所以です」
この屋敷を立てた経営者は、人形を集める趣味があったらしい。そう言えば、書斎の机にも一体フランス人形が置かれていた気がする。
ひっつめのツアー客は、ここに人形が沢山ある事を知って参加した人形マニアなのかもしれない。
不意に、小学生の少女が眼鏡の青年に声を掛けた。
「堀江先生、この人形達の写真を撮って頂けますか? 棚の人形も含めて全部」
「分かった。ちょっと待ってね、木下さん」
堀江と呼ばれた青年は、ズボンのポケットからスマホを取り出すと、これまたカシャカシャと写真を撮り始めた。
卯月は、首を傾げた。木下と呼ばれた少女は、あまりテンションが上がっていないように見える。特に人形が好きというわけでもなさそうだ。
それなのに、どうして堀江という青年に写真を撮らせているのか。
そもそも、本当にこの二人、どういう関係だ? 少女は堀江の事を「先生」と呼んでいたけれど、学校の先生なんだろうか。
そんな事を考えていると、「そろそろ次の部屋に行きましょうか」という美智留の声が耳に届く。卯月は、チラリと横目で少女を見てから、人形のコレクションルームを後にした。
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