お手柄
和歌山県警の捜査員が到着し……。
「和歌山県警捜査一課の伊勢崎と申します。皆様、捜査へのご協力を宜しくお願いします」
食堂に入って来た中年の刑事が、皆を見渡して言う。ずんぐりむっくりという表現がぴったりの刑事だ。卯月は、スッと立ち上がると、伊勢崎の方に近付き警察手帳を提示する。
「警視庁捜査一課係長の白鐘卯月と申します。気になる事がありましたら何でもおっしゃって下さい」
警察手帳を見た伊勢崎は、目を丸くして言った。
「はー、こんな別嬪さんが捜査一課の係長さんですか。私も東京に赴任した事はありますけど、いやはや魂消ました」
伊勢崎の部下らしい刑事が、警察手帳を皆に見せながら自己紹介する。
「同じく和歌山県警捜査一課の田辺と申します。こんな事が起こり心中お察ししますが、どうぞよろしく」
田辺の方は、黒髪を短く整えた真面目そうな二十代くらいの青年だ。背が高い。
あまり物音は聞こえないが、今302号室では鑑識が証拠を採取している事だろう。伊勢崎と田辺は、早速食堂で事情聴取を始めた。
一通り遺体発見の経緯や身元等を確認した和歌山県警の二人は、個別での事情聴取へと移る。一人ずつリビングに呼び出しての事情聴取なので、卯月が行った事情聴取と場所が入れ替わった形だ。
卯月が事情聴取を受ける際、伊勢崎は階級が警部だと教えてくれた。卯月は階級としては警部補なので、伊勢崎の方が上という事になる。
全員の事情聴取が終わった後、食堂に集まった皆を見渡して伊勢崎が言う。
「皆さん、申し訳ないですが、もう少しこちらへの滞在をお願いします。夕方にはお帰り頂けると思うので」
若葉が、溜め息を吐いて呟いた。
「仕方ないわね。宝探しも中止だし、大してする事も無いけど、何とか時間を潰すわ」
「現場検証も大方終わっているようですし、警官がこの辺をうろうろしていると思うので、証拠隠滅の恐れも無いでしょう。皆さん、自由にお過ごし下さい」
伊勢崎の言葉を聞き、皆やれやれといった様子で食堂を後にする。
卯月は、伊勢崎の側に行って声を掛けた。
「あの、伊勢崎警部。少しお話があるのですが……」
そして卯月は、犯人の目星がついた事やその根拠を話す。伊勢崎は、目を丸くして言った。
「いやはや、まさか全員にアリバイが無い中で犯人を絞り込むとは。流石警視庁の刑事さんですな」
「いえ、実は……」
卯月は、犯人の目星をつけたのが花音――秀一郎である事を話した。秀一郎について話す事は、事前に雅人と秀一郎本人に許可を取ってある。
話を聞いた伊勢崎は、少し考えた後、卯月に提案した。
「これから我々も館の中を調査して回ろうと思うんですけど、よろしければ白鐘さん、木下さん、堀江先生も同行しますか?」
「伊勢崎警部、それは……」
田辺が困ったように口を挟む。しかし伊勢崎は、手を振って答えた。
「バレなきゃいいんだ、バレなきゃ。確かに一般人を捜査に同行させる事なんて許されてないけどな、今は『犯罪捜査協力者法』なんて法もあるくらいだし」
『犯罪捜査協力者法』。それは、捜査が暗礁に乗り上げた場合、前もって登録された一般市民が捜査に協力できる制度。深刻な少子高齢化、人材不足を背景に作られた法律だ。
木下花音は登録された捜査協力者ではないけれど、伊勢崎は事件の早期解決に花音――秀一郎の力が必要と考えたのだろう。
◆ ◆ ◆
数分後。卯月、花音、雅人の三人は、和歌山県警の二人に同行して調査を開始した。
まず訪れたのは302号室。卯月にとっては二度目の現場検証である。遺体は既に運び出されていて、秀一郎が現場を見てもトラウマにはならなさそうだ。
田辺が、手元のメモ帳を見ながら説明する。
「検視官の話によると、山下さんが亡くなったと思われるのは昨夜十九時から二十四時頃。死因は首を絞められた事による窒息ですね。遺体の状態からして、山下さんは他の場所で殺害されてからここに運ばれた可能性が高いとの事。自殺や事故では無いでしょうね」
柿崎は、顎を撫でながら言った。
「凶器は被害者が持っていたスカーフか……。事前に凶器を用意していなかった所を見ると、突発的な犯行の可能性が高いな。しかし、この部屋の鍵はベッドサイドに置いてあった。ご遺体を発見した時に鍵が掛かっていた事を考えると、密室か?」
卯月は、ドアの方に視線を向けて口を開く。
「確かに、遺体発見時には部屋には鍵が掛かっていました。一見密室のように見えますが、誰にでも犯行は可能です。マスターキーは添乗員の野々宮さんが持っていたようですが、誰でも持ち出す事は可能な状況だったので」
野々宮美智留は、夕食の用意や後片付け、旅行会社への連絡等で、バタバタしていた。マスターキーをキッチンに置き忘れてしまったのは、そのせいだろう。
結果的に、誰でもマスターキーを持ち出せる状況を作り出してしまった。
◆ ◆ ◆
現場検証が終わると、卯月達は一階に戻る。今は修繕されているが、よく見ると玄関と食堂の間にある廊下に板を継ぎ足した跡があった。大道が足を踏み外したのは、ここだろう。
続いて向かったのは西階段。大道が言っていた通り、上階段も下階段も老朽化で踏板がボロボロになっている。
「これは酷い。こうなると、こっそり西階段を使って三階まで行くのは不可能ですなあ。東階段を使うしかない」
伊勢崎の言葉に、卯月は無言で頷いた。
次に向かったのは玄関。玄関と門の間にある地面を見て、田辺が言う。
「ツアー客達の足跡らしきものは多くありませんね。ここにあるのは、いなくなった山下さんを探す時のものでしょうか。あと見えるのは、警官の足跡。……ああ、玄関とバスを一往復したらしい足跡もありますね。運転手の大道さんがバスに置いてある工具で廊下を修繕した際のものでしょう」
地面を観察していた伊勢崎が、首を傾げて言う。
「それにしても、この地面、小さな水溜まりが沢山ありますなあ。今朝陽が昇る前には雨があがっていたはずなので、もっと水分が蒸発していても良さそうなものですが……。実際、我々警官がここに来る途中の道路もそんなに水溜りがありませんでしたし……」
そう言われればそんな気がする。この館を訪れるにはアスファルトで舗装されていない道路も通らなければいけないので、伊勢崎はすぐ違和感に気付く事が出来たのだろう。
しかし、どうして水溜りが? 事件と何か関係があるのだろうか。卯月も、首を傾げて考え込む。
ふと隣りを見ると、花音が不敵な笑みを浮かべて地面を見つめていた。……いや、この目付きは、花音ではない。秀一郎だ。
卯月は、しゃがみ込んで問い掛ける。
「秀一郎さん、何か分かりましたか?」
すると、秀一郎は笑みを浮かべたまま答えた。
「ああ……状況証拠が一つ増えた。お手柄だよ、伊勢崎君」
秀一郎以外の四人が、目を見開いたまま顔を見合わせた。
次回はとうとう解決編に入ります!
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