98:むかしばなし
(初代王妃? どういうこと?)
「都に隠された真実を、其方に話す」
深く被ったフードをパサリと脱ぐと、ウラヌセウトの豪奢な金色の髪が、ふわりと現れた。
顔を覆う影が無くなり、真っ直ぐな瞳がティアを見据える。
ウラヌセウトは少し複雑そうな表情を浮かべると、重々しく口を開いた。
「其方には、知る権利があると思うのだ」
リュティシア=フォス=アンフィトリテ=メルグリア。かつて、王である夫と共にこのリュリュイエを束ねた存在。
彼女は元々アルシエで生を受けた。ところがある時、神によって強制的に神々の支配する世界――リュリュイエに一族もろとも召喚された。
「……わたくしが伺ったお話と随分違いますが……?」
「ああ。選ばれた民が、と言う話だろう? あんなものは、妄想に過ぎぬ。……実際は、全く異なる」
召喚された一族の中でも群を抜いて魔力が強かった二人が、都を統べる神の依代として選ばれた。
それが、初代王と王妃。
それぞれ男神ネプトゥヌス、女神アンフィトリテが降臨することになる。
そのためにはまず、リュリュイエの人間としての真名を授けることが必要だった。
つまり、この地に魂ごと縛りつけるための名前。
「それが、リュティシアという名だ」
「……それ、は、つまり……」
ゾワリとした感触が、蘇る。
女王に名を与えられたときに、身体に纏わりついたあの光。
血の気が一気に引いていくのが、自分でもわかった。
「……なん、で……?」
「混乱するのもわかるが、落ち着いてくれ」
ふるふると首を振るティアに、ウラヌセウトは静かに呼びかける。
「わた、しは……役目を、終えたら、帰ると……っ」
カタカタと震え出す両肩をきつく抱きしめる。
「月の魔女について調べるうちに、行き着いたのだよ」
「!」
その言葉にハッとして、ティアは顔を上げた。
ウラヌセウトは先程オーケヌスに話したように、ティアにも説明する。
月の魔女が誰なのか。
いつ現れたのか。
どのような経緯であったのか。
そして、初代王の依代となった男性を今でも想っているのではないかということ――
「そんな……」
ウラヌセウトは一つ大きく息を吐くと、さらに追い打ちをかけるように、もう一つの事実を突きつけた。
「……リュティシア王妃は、初代王妃であると共に初代聖女でもあった」
「――!!」
ティアは言葉を失う。
「私は、ミオティアルの失踪についても魔女サイラが関わっていると考えている」
「!」
ティアは、ミオティアルに喚ばれたときのことを思い出す。
『わたくしが封印を解いて戻るまで』
(……封印……されたと、言っていた)
『わたくしのことは話してはだめ』
(ダメだ。……王配陛下が味方であるとは限らない)
「……ティアよ。あえて聞くが。其方は……」
そこまで言ったところで、ウラヌセウトは言葉を切り、扉の方を向く。
「……時間切れか」
「??」
ティアもつられて同じ方を向くと、コンコン、とノックの音がした。
「失礼致します」
扉が開き、アイリスがカートを押したリリアナを伴って入ってくる。
「……お茶をお持ちしましたが……その……」
チラリ、とウラヌセウトの方を見てから、言いにくそうに口ごもる。
「……何かありましたか?」
「良い。……急ぎなのだろう?」
ウラヌセウトが許可を出すと、アイリスはホッとしたようにティアに向き直った。
「……王子殿下が、ティア様を呼ぶように、と」
「殿下が……?」
ティアは眉をひそめる。
オーケヌスはいつも、ティアを呼びつけるようなことをしない。
むしろ、自分の方からやってくる。
(……殿下らしくない)
「あの……」
ティアがウラヌセウトに向き直ると、彼は苦笑して言った。
「私は戻るとしよう……そろそろ従者の首が危ない」
「ありがとう、ございます」
ティアが礼を述べると、ウラヌセウトは一つ頷いて立ち上がる。
「……構わぬ。せっかくの茶を無駄にしてしまうようで申し訳ないが……」
「い、いいえ。こちらこそ、申し訳ございません」
ウラヌセウトはバサリ、とフードを被り直し、輝く髪を隠す。
「……ティアよ。息子を、頼んだぞ」
「え?」
なんのことかわからず、ティアは目をぱちぱちとさせる。
「さて、私は戻る。其方も早く行きなさい。……大切な話かも知れぬからな」
ウラヌセウトはそう言って、自ら先に部屋を去ってゆく。
「……ティア様」
アイリスが、ティアの顔を覗き込む。
「どうかしましたか?」
「いえ……その。もしティア様がお疲れのようでしたら……と」
首を傾げるティアに、アイリスは不安気な表情を浮かべる。
「大丈夫ですよ。……殿下がお呼びなのです。余程のことなのでしょう」
(先程の話と無関係ではないはず。早めの情報共有が必要だよね)
「では……私は先にクレイ様にお伝えしてきますので、ティア様はリリアナと一緒にゆっくりいらしてください」
「ええ、わかりました」
オーケヌス側が会いたいと言ってきたのだ。気まずいとか、そんな場合じゃない。
きっと、自分の信頼は揺らいでいないということが、伝わったのだと、ティアは自分に言い聞かせる。
よし。と気合を入れ、スッと立ち上がり、視線を上げる。
窓の外のどんよりとした曇り空に少しの不安を覚えつつ、ティアは応接間を後にした。
いつもありがとうございます。
リュティシアは、初代王妃であり、聖女。
女王がこの名を与えた理由は、なんだったのでしょう。
ウラヌセウトもまた、なぜこのことをティア本人に伝えたのか、、、
ティアの感じたゾワリという感覚は、気のせいではありません。
そんな中、『王子殿下』からの呼び出し。
待っているのはもちろん、、、
次回更新は木曜夜です。




