96:作戦
ガバッと身を起こした身体と共に現れたのは、見事なまでの銀灰を纏った美しい青年。
見開かれた灰色の瞳は明らかに焦りを含んでおり、クレイは思わず言葉を失う。
(……これは流石に……人前に出せないな)
しかし、こんな鎌かけに引っかかるとか、そんなところはオーケヌスと同じなのかよ、と内心で苦笑する。
「……」
「……」
ややあって。
先に口を開いたのは、クレイだった。
「あんたが……レイヤ、か」
「……ああ。僕が、【伶夜】だ」
クレイは、翡翠色の瞳をスウッと細め、一番大事なことを尋く。
「単刀直入に尋く。……オーケヌスは、戻るのか?」
伶夜は一瞬、言葉に詰まる。
(戻らないと言ったら、どうするつもりだろう)
伶夜が表面に出てきてしまったのは、オーケヌスの魂が深く傷を負ったことと、伶夜自身のもつ本来の魔力が大きすぎることが重なったためだ。
(オーケヌスを戻す方法……心当たりはあるけど)
「……彼は今、とても傷ついた状態なんだ。自然に回復するのを待つか……」
「そんなのは待っていられない。誤魔化すにも限度がある」
クレイの焦った声に、伶夜は頷く。
「僕としては、せっかくの自由を満喫したいところではあるけど」
「……おい」
半目になるクレイに、伶夜はクスリ、と笑う。
「わかってるよ。できるだけ早くこの身体を返さないとね。そのためには……オーケヌスの魂を癒す存在が必要だ」
「……嘘ではないだろうな?」
クレイの瞳に浮かぶ、僅かな疑念の色。
(まぁ確かに、僕の言葉をそのまま信じてもらえるなんてことは、思ってないけど)
「うーん……信じるかどうかは君次第だけど。何か当てがある訳でもないでしょう?」
恐ろしく整った顔にそぐわない、どこかあどけないような仕草で首を傾げると、伶夜はベッドサイドに立つクレイの顔を見上げる。
「それに嘘をついたって仕方のないことくらいわかっているし、僕は基本的にティア至上主義なんだ。彼女のためにならないことはしないよ」
ティアを守るにはオーケヌスの権力が必要。
加えて伶夜は恐らく女王によって狙われている。
(僕が表面に出てきたと知ったら、消す方向に動く可能性がある)
「……どうするか」
クレイは、ポツリと呟く。
主の指示を仰げない今、何が最善なのかを考えるのは自分だ。
伶夜にとってティアの存在が特別であるのはわかっているため、彼女に危害を加えることはないだろう。
(ただオーケヌスが、伶夜としてティアと会うことを、どう思うかだ)
そんなクレイの葛藤を見透かすように、伶夜は口の端を上げる。
「……心配? 反対にティアの心が離れるかもとか、思ってる?」
(……結構鬱陶しい奴だな)
クレイは面白くなくて、つい伶夜の顔を睨む。
しかし伶夜のほうは全く意に介さない様子だ。
「まぁ、その辺りは何とも言えないけど。方法があるのなら、試してみるしかないよね?」
「……どうすればいい」
腹の底から絞り出すような声で、クレイは伶夜に問う。
(返答を間違えたら、大変なことになりそうだなぁ)
伶夜は、人差し指を立てて、口元に当てる。
「ティアの状態が良さそうなら、会わせて欲しい。ただし、僕のことは伏せて。王子様が、君を必要としている。とだけ、伝えたらいい」
「……どうせ会えばわかるのにか?」
訝しげな様子のクレイに、伶夜はにっこりと笑った。
「その方が、おもし……違う、ティアの心の現在地がわかるからね」
「……」
(今……面白いって言おうとしなかったか……?)
クレイは眉を顰める。
しかし伶夜の方は、変わらず微笑みを浮かべている。
「この作戦を遂行するには、彼女の気持ちが一番重要だと思うけど?」
なにしろ、ティアが王子様を想って祈れるかどうかが勝負なんだから。と付け足す。
(王子様の中で眠っていた僕のことを目覚めさせてくれたんだ。……きっと、今回だってできるはず)
「……試すということか」
「んー……そうとも言う、かな?」
それより、と伶夜はベッドからそうっと降りる。
(うん。歩けそうだね)
「ティアに会うなら身なりを整えないと。それから、流石にベッドルームは問題があるから……いや、婚約者ならあるいは……?」
「――っ! ダメだっ!」
冗談か本気かわからない仕草で考え込む伶夜に、クレイは思わず声が大きくなる。
すると伶夜はにやり、と意地の悪い笑みを浮かべた。
「……やだなぁ。本気にして。ティアが望むならともかく、そんなこと本気で言うわけがないじゃないか」
「ぐ……この……っ」
(再会した時の話はとてもじゃないけどできないなぁ)
内心ニヤリとしながらパタパタと手を振り、伶夜は鏡台へ向かう。
ストン、と椅子に腰掛けて、クレイを振り返った。
「さて、とりあえず身支度をお願いできる? ……このままじゃ、感動の再会に相応しくないからね」
「……まぁ、そうだな」
(……解いたらすぐにわかるような髪型にしてやろう)
それくらいの抵抗しか自分にはできない。とクレイはため息を吐いた。
お読みいただき、ありがとうございます。
殿下、クレイに打ち明けておいて良かったです。
間一髪でした。
伶夜は早く澪里に会いたい反面、不安でもあります。
クレイに対して掴みどころのない態度なのは、
内でいろんなことが起きているのを悟られないため。
決して適当なわけではありません、、、多分、、、。
でも、ティアへの想いは、本物です。
次回更新は木曜夜です。




