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95:記憶


 (ここは……?)


 オーケヌスの目の前には、異様な光景が広がっていた。

 

 この世の終わりを思わせるような昏い空に、黒々とした雷雲が立ち込め、ビュウビュウと風が(うな)っている。

 

 (私は確か、父上と話をしていて……)


 ふわふわとした心地に足元を確認する。

 確かに地に足をつけているのにも関わらず、その感触は全く無い。


 (夢……か?)


 そう思いつつ、風の唸る前方へ意識を向けると、誰かがいるのが見えた。


 

 

「……君は来ては駄目だ!!」

「嫌です! わたくしも参ります!」


 荒れ狂う嵐の中、巫女服に身を包んだ少女が長い黒髪を風に散らしながら、懸命に手を伸ばしていた。


「早く逃げなさい! 巻き込まれてはいけない!」


 そう叫ぶのは、絹のような銀髪を湛えた、美しい青年。

 少女の伸ばす手を拒み、大地に現れた黒い紋様の中心で、その身を包む斎服を風に踊らせながら手をついて懸命に祈っていた。


 

「……わたくしは……わたくしは! 何があっても貴方様のお傍に居ると誓いました!」

「駄目だ! ……これはおそらく神のお導き。私の、宿命。其方を巻き込むことなどできないのだから」


 少女はクッと唇を噛み締める。

 彼の言っていることは正しい。

 だが、納得などできなかった。


 できるだけ身を低くして、地面を這うように進む。

 必死で手を伸ばした手が、やっと届くと思ったその時、


 バチッ


「きゃあっ!!」

紗衣羅(さいら)っ!」


 見えない何かに阻まれ、紗衣羅は身体ごと弾かれた。

 飛ばされた先で、軋む身体にも構わず身を起こすと、その場で叫ぶ。

 

「いいえ! わたくしも共に参ります! 必ず!」

「……君はここに残り、この地を……護って、くれ……っ」


 銀髪の青年を中心とした黒い紋様が、大きく拡がる。それは瞬く間にあたり一帯を飲み込んだ。


 遠くには集落や、何か大きな建物も見える。


 オーケヌスの見える範囲……それ以上に拡がったかと思うと、紋様のあちらこちらから黒と金色の混じり合ったような輝きが噴き出す。

 中心部にいた銀髪の青年はもちろん、弾き飛ばされた少女の身体もまた、その光に飲み込まれていった。


 

 光が止むと、そこには文字通り、何も無くなって。

 ただ黒々とした地面が広がるばかり。



 

 

 (なんなのだ、これは……)


 唖然とするオーケヌスの中で、また何かがザワリとする。


 ――オーケヌス


 伶夜の声。

 だがその声には、いつもの彼らしさは無い。

 不安か……いや、絶望か。

 それとも、後悔の念か。


 一つの身体に二つの魂があるせいで、伶夜の魂から漏れ出る感情がオーケヌスの魂に直接響いてくる。


 オーケヌスは、伶夜に問いかけた。


 (この状況がなんなのか、お前にはわかるんだな?)


 ――ごめん。上手く説明できない


 消え入るような声。


 (……らしくないな)


 少しの間の後。


 ――これはきっと、僕の魂に刻まれているんだ


 (魂に……?)


 ――千年前の僕の、魂の記憶


 (千年前……?)


 伶夜の声が、震えている。

 いつもの飄々とした態度は微塵も感じられない。

 こんなことは初めてだ。


 ――もしかしたら、僕は……月の魔女サイラを、知っているのかもしれない


 (かもしれない、か)


 ――ちゃんと憶えているわけじゃないんだ。でも、おそらくこれは……千年前の僕と彼女(サイラ)に起こった出来事


 (つまり、今のは、神による強制召喚の瞬間……)


 ――オーケヌス


 沈痛な伶夜の声が、オーケヌスの中に響く。


 ――ごめん



 その一言を聞いた後、再びオーケヌスの意識は闇に沈んでいった。




 ◇◇◇




「……」


 瞬きを数回して、ゆっくりと身を起こす。


 ()()()()()()()の糸が、サラリと肩を流れた。


「――っ」


 (頭……痛いな)


 右手で額のあたりを押さえて、ギュッと目を瞑る。


 その手をゆっくりと外すと、再び目を開く。


 目の前にある両手を()()()()()()握り締めた。


 (ああ……やっぱり、こうなったか)


 一人で眠るには広すぎるベッドに横たわったまま、きょろきょろとあたりを見回す。

 

 何かと負担の多い日々に、少しでも安らぎを感じられるようにと用意された重厚な翠色の天幕。

 仄かに香るのは、安眠のための香だろうか。


 僅かに空いた隙間から、様子を窺う。

 

 最近過ごすようになった、ティアの居住スペースの一室。

 ティアの身を案じ、少しでも近くで守ろうと、オーケヌスが無理を通して確保した。

 急ごしらえであったにも関わらず、有能な従者のクレイがきっちりと部屋を整えてある。


 (守りたいのはわかるけど……立ち回りがちょっと派手なんだよねぇ……)


 権力と行動力がぶっ飛んでいるよね。とため息をつく。


 天幕の外に見えるのは、仕切りのための衝立。

 王子の過ごす部屋に相応しく、落ち着いた蒼色と細部にまで渡る緻密な細工。

 蝶番にまで、繊細な彫刻がなされている。


 

 (……視えるか?)


 気づかれない程度に薄く、魔力の眼を拡げる。


 衝立の向こうに、気配が二つ。

 隙はないもののそれ程強くは無い土の気配と、どっしりとした強い光と土を合わせたような気配。


 (クレイと……ウラヌセウトか)


 少し厄介だな、としばし思案する。

 クレイはともかく、ウラヌセウトをどう(かわ)すか。

 

 いやむしろ。


 (見られていたら、終わりだ)


 視界に入る銀灰の糸が、サラサラと存在を主張する。

 

 (……見られたとしたら、こんなところに寝かせられているはずがないか?)


 自分の魔力が強すぎるせいで、半身は一時的に眠ってしまっているし、いつ起きるのかもわからない。

 

 (あのタイミングでクレイを味方に引き込んでおいたのは、英断だったな)


 二人が今、衝立の向こうで何を話しているか、探る必要があると判断する。

 ウラヌセウトに見られた可能性がある以上、対策をしなければならない。


 衝立を見つめ、魔力の手を伸ばして聴覚に意識を集中する。



 『……が、……で』

 『それはつまり……ということ……か』


 

 足りない……後少し。


 更に集中しようと、眉間に皺を寄せた。


「――っく」


 (ダメだ、頭痛が集中の邪魔でしかない)



「……殿下?」


 クレイの声。


「お目が覚めましたか?」


 (まずいっ……)


 近づいてくる気配に、慌てて掛布を被った。


 王子らしからぬ振る舞いではあるが致し方ないと割り切る。

 なにしろ今預かっているのは自分の命だけではないのだ。


「失礼致します」


 クレイの声と共に、天幕が捲られる。


「……殿下?」


 (姿を見られなければどうとでもできるはずだ)


「……すまぬ、まだ起きられそうにない」


 しばしの間。


 (……怪しまれたか?)


「……なるほど」


 クレイはそう言うと、ベッドから離れた。


 衝立の向こうから、先ほどより少し大きめの声が聞こえてくる。


「ウラヌセウト陛下。オーケヌス殿下はまだ起きられないようです。……後のことは私にお任せください」

「……そうか。よろしく頼む」


 足音の後、ドアが開き、閉まる音。


 (……)


 再びクレイの気配が近づく。



 

「……なぁ、もしかして、オーケヌスは眠っているのか?」


 言葉は乱暴だが、敵意を感じる訳でもない声。


 (……さっすがだなぁ)


「安心しろ。ウラヌセウト陛下は、気づいていないはずだ」


 (……どっちだ。どう取ればいい?)


「それとな、隠れたつもりのようだが、あいにく毛先が見えている」

「――なっ!」


 少し呆れを含んだような声に思わずガバッと身を起こすと、驚きに瞳を見開いて固まったクレイと、目があった。

 


お読みいただき、ありがとうございます。


伶夜の内に眠っていた千年前の悲劇の記憶が蘇り、

思いもよらない形で入れ替わりが起きてしまいました。

クレイを味方に引き込んでいたのは不幸中の幸い。


入れ替わりは記憶を見ている間に起こったので、

ウラヌセウトには気づかれずにすみましたが、、、


眠ってしまったオーケヌスの意識。

バレたら終わりです。

それなのにクレイの鎌かけにあっさり引っかかってしまうという。


さて、時間がありません。

オーケヌスを起こすため、伶夜は頭をフル回転させます。


次回更新は火曜昼です。



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