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94:都の秘密と月の魔女


 給仕を終えたクレイが、静かに退室する。

 扉が閉まり、再び静寂が二人を包んだ。


 ウラヌセウトは、目の前に座る息子を見つめる。

 先ほどクレイが耳打ちしたのはなんであったのか気になるところではあるが、息子の様子を見ていれば、おそらくこの茶に関することなのだろうということは予想がついた。


 白い陶器のカップに揺らめく、淡い緑色。

 そこから立ち昇る香りは柔らかで、心をほぐすような優しさが感じられる。


 その揺れる表面をじっと見つめたまま動かないオーケヌスに、声をかけた。


「まずは茶を頂こう。……折角の気遣いだからな」

「そう……ですね」


 オーケヌスは小さく頷くと、カップをそうっと手に取る。

 持ち上げたカップに顔を近づけ、目を細めて香りを愉しむ。

 それから一口含むと、険しかった表情が和らいでゆく。


 馴染みのない茶、侍従の耳打ち、オーケヌスの反応……

 ウラヌセウトは確信してしまう。


 この茶の贈り主はおそらく……。


 (……これでも自覚が無いのか)


 環境が特殊であるが故に仕方のないことだと思いつつも、ウラヌセウトは内心でため息をつく。

 

 そうして自らもカップに手を伸ばした。

 

 

 

「先の話の続きだが」

「……はい」


 オーケヌスが顔をあげたのを確かめ、ウラヌセウトは続ける。


「其方は、リュリュイエの成り立ちを知っているな?」

「ええ。学んだ範囲では存じております」


 オーケヌスの返事に、ウラヌセウトは一つ頷く。


「……其方が気にしていた月の魔女について調べていたら、都の成り立ちについての思いがけない事実が判明したのだよ」

「月の魔女と何か関係があるのですか?」


 正しくは、月の魔女が生まれた原因が、都の成り立ちにあるのだとウラヌセウトは説明する。


「知らない方が良かったかもしれないとさえ思うが……それでも聞くか?」


 真剣な眼差しに、オーケヌスは喉をゴクリと鳴らす。

 

 (目を背けてはいられない。自分に与えられた役割をこなすことで、ティアの信頼に応える)


 自然と両手に力が入る。

 

「……知らずに後悔するよりは」


 オーケヌスの瞳に、先程まではなかった輝きが灯っているのが見えた。


「そうか」


 ウラヌセウトはゆったりと椅子に背を預け、口を開く。

 

「千年前。我々の先祖はアルシエに住んでいた。……そう、あの娘(ティア)の住む世界だ」

「ええ。神に見捨てられた地だと」

 

 神から授かっていた恩恵への感謝を忘れたために、見放された。

 それゆえ、呪を紡いで力を借りることも、その魂の自由も失われたと聞く。


「神に従順であった選ばれし民だけが、リュリュイエで暮らすことを許された」

「それが私たち王家(メルグリア)を含む、五家と、それに連なる民ですね」

「そう、そのはず……だったのだ」


 ウラヌセウトの言葉尻が小さくなる。


「半分は真実で、半分は嘘なのだ」

「……どういう、ことでしょう?」


 ウラヌセウトはテーブルに右肘をつくと、やや疲れたように頭を抑えた。


「私たちの先祖が、アルシエにいたことは事実だ。……しかし、神に従順であったため選ばれたというのは、都合のいい解釈に過ぎぬ」


 オーケヌスは話についていけず、眉をひそめる。


「つまりは、神々が都合のいい世界を作るために、アルシエからある一帯の民族をリュリュイエに運び入れた。その選んだ基準というのは……」


 ウラヌセウトは深くため息を吐く。


「……神が支配する世界を創るために、神を下ろすための【依代】が必要だった。……我々の先祖となる一族が、最も適合していた……ということらしい」

「な……」


「かつての先祖たちはそれに抗った。……まぁ、当然と言えば当然だろう」


 しかし神々はそれを許さず、リュリュイエでの名を与え無理やりに降臨した後、じわじわと魂を侵食していったのだという。


「そんな……」


 あまりのことに、言葉を失うオーケヌス。


「そして月の魔女だが。彼女は、その時にリュリュイエに召喚された巫女だ。名を、【神月(シンゲツ) 紗衣羅(サイラ)】という」

「それが、月の魔女、サイラだと」


 一族の皆が帰ることを諦めて神に侵食されていく中、彼女は強い魔力を持っていたために最後まで抵抗したらしい。


 やがて最後の一人になった彼女は、老いた肉体を捨てて魂だけの存在となった。しかし妄執が具現化して、実体を持つようになってしまった――それが、月の魔女のはじまり。


「……悔しかったであろうな」


 伏目がちに、ぽつりとウラヌセウトが呟く。


「……魔女の、今の目的は……?」


 ――帰りたい。


 魔女となってしまった女の、千年を超える苦しみと、オーケヌスの脳裏によぎったティアの望みが、重なる。


 (……ティアに、そんな思いは、させたくない)


 奥歯が、ぎり、と音を立てる。


「サイラの、目的という点だが」

「なにか心当たりが?」

「かつてサイラには、想い人が居たらしい」

「想い人……ですか?」

 

 

 ……ザワリ


 オーケヌスの奥で、何かが蠢いた。


「しかし彼は……強大な魔力を持っていたがために、初代のリュリュイエ王である、ネプトゥヌス王の依代として選ばれてしまった」


 ……ザワリ


 もう一度。


 (なんだ……?)


 何かが、オーケヌスの身体の中を這ってゆく。

 思わず二の腕をさすり、その手を握りしめた。

 


「……どうした?」

「いえ。……大丈夫、です」


 初代ネプトゥヌス王の血。それは、ウラヌセウトやオーケヌスにも流れている。


 (……何か嫌な予感が、する)


 知らず、呼吸が浅くなる。


「サイラは……その王のことを、今でも想っているのかもしれぬ」

「……」


 ドクン


 (苦しい……なんだ、この違和感は)


「……父上」


 オーケヌスは、異変を悟られまいと、全身に力を込める。


「調べていただき……ありがとうございます。少し……」

「……オーケヌス?」


 ドクン、ドクン、

 

 徐々に鼓動が激しくなり、くらりと目眩がした。


 一人で考えたいことが、という言葉を発する前に、オーケヌスの視界が傾き、白く染まってゆく。


 ウラヌセウトがガタリと立ち上がった。


「オーケヌス!」


 焦った表情でテーブルを回ってくる父の顔を最後に、オーケヌスの意識は途絶えた。

 

 

お読みいただき、ありがとうございます。


ついに都の真実が語られました。


ウラヌセウトがエイヴィスに連れられて入った、

隠し魔法陣の先で見つけた情報です。


本来なら、まだオーケヌスに与えるには早い情報。

ウラヌセウトも何か思うところがあったのでしょうね。

そのヒントを与えたエイヴィスもしかり。


真実が語られた途端に起きた、オーケヌスの変化。

それが意味するものは。



次回更新は木曜夜です。


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