93:突然の訪問と薬草茶
コンコン
扉にもたれかかったまま、ぼんやりとしていたオーケヌスの背に、軽い衝撃が伝わる。
「……殿下? クレイですが」
「……」
オーケヌスは、ゆるりと立ち上がると、部屋の奥へと向かった。
長椅子に腰を下ろし、俯いたままで「入れ」と返事をする。
「失礼致します」
キィという音と共に扉が開き、二つの足音が部屋に入ってくる。
「……悪いが其方は出ていてくれるか」
「どうしても、でしょうか」
「そうだな……私はこれから息子に大事な話をするが、息子がその後どうするかは、私の知ったことではない」
「……かしこまりました」
聞き覚えのある声にオーケヌスが顔を上げると、そこにはまさかの姿があった。
父ウラヌセウトが簡素な格好で、クレイと言葉を交わしている。
ウラヌセウトに促され部屋を出ていくクレイが、去り際にオーケヌスの顔をチラリとみた。
その口の端が、少しだけ上がったような気がした。
興味深そうに部屋の中を観察しながら、ウラヌセウトはゆったりとした足取りで、歩みを進める。
そんな父親の様子を、オーケヌスは疑念を込めた目で見つめていた。
「……何の、御用でしょうか」
自然と声に警戒の色がこもる。
声に気がついたウラヌセウトが、苦笑いを浮かべた。
「其方は顔に出過ぎだ。……文で伝えたであろう? 後で話すと」
全く。というような顔をしながら、ウラヌセウトはオーケヌスの前までやってくると、テーブルを挟んで向かいの椅子に腰掛けた。
オーケヌスは嫌な顔をして、再び俯く。
「……あの娘の方が余程役者ではないか」
「っ! それはっ」
弾かれたように顔をあげ、父の顔を睨みつける。
「……そういうところだ。まぁ、悪いことではないのだが……其方の立場では、上手く使いこなせるようになる必要がある。……もういい歳ではないか」
「わかって……おります」
痛いところを突かれ、オーケヌスは苦々しい表情になる。
「……オーケヌス」
「……」
ウラヌセウトの琥珀色の瞳が、オーケヌスの瞳を見据えた。
小さく息を吐き、口を開く。
「これから告げる内容は、其方にとっても、都にとっても、重大な内容だ。……伝えるのは早いかとも思うが……其方に、守るべき大切な存在ができたのであれば、伝えねばなるまい」
「私は……」
ウラヌセウトは、小さく首を振る。
「……まだ、答えを出す必要はない。それが正しいとか、間違っているとか、そういうことも置いておきなさい」
曖昧な物言いが、かえってオーケヌスを困惑させる。
「父上、誤解が」
「……ならばそんなに必死にならなくてもいいだろう」
苦笑混じりに言われ、オーケヌスは思わず閉口する。
「まず、今日のことは申し訳なく思っている……だが、アクエリアムの想いもわかってやって欲しい、とも思っている」
ウラヌセウトは静かに目を伏せた。
心なしか、その眉間に力がこもっているようだった。
「……納得できかねます」
オーケヌスはさらに険しい表情になる。
(これは、感情ではない。……義務だ)
「彼女は、彼女のいるべき地へ、帰りたがっています。それは、父上も母上もわかっているはずです」
抑揚のない声。
しかしその奥に、本人も気づいていない深い怒りが込められていることに、ウラヌセウトは気づいてしまう。
「……そうだな。しかし、ミオティアルが戻るかわからなく、新たな聖女候補もいない今、ティアの存在は都にとって必要不可欠だ」
「そんなことはわかっております!」
オーケヌスが声を荒げて立ち上がる。
「ですが私はっ! 私は、約束したのです!」
そんな息子の様子を、ウラヌセウトは目を細めて見上げる。
(ああ。やはり……)
「……これは、父としての忠告だ」
静かに、息子を見つめて、ウラヌセウトは言葉をかける。
「本当に守りたいのなら、感情を隠せ。隙を見せるな。そして……決して不安にさせるな」
(まだ其方は、女王である母に勝てないのだから)
最後の言葉を飲み込み、淡々と言い聞かせる。
「……」
コンコン
二人の間に落ちた静寂に、ノックの音が割り込む。
「……お茶を、お持ちいたしました」
クレイの声。
オーケヌスは頭を振り、腰を下ろした。
「ああ、入りなさい」
ウラヌセウトが返事をすると、ドアが開かれる。
カートと共に入室してきたクレイ。
静まり返った室内に、カチャリ、カチャリと給仕の音だけが響く。
「……」
オーケヌスは注がれる香草茶をぼんやりと眺めていた。
ふわりと漂う優しい香りに、少しだけ、冷静な自分が戻ってくる。
確かに、最近の自分は感情を抑えられない場面が多い。
何故こうも、心が乱されるのか。
ミオティアルが行方不明になったときだって、最初こそ取り乱しはしたが、その後は冷静に振るまえていたはずだ。
――貴方は、ティアのために女王にさえ逆らおうとしているって、わかってる? ……反逆者だと思われないように、もう少し慎重に行動したほうがいいと思う
伶夜の忠告。
――ティアが帰ったら、僕はいつでも消える覚悟はできているけれど……まだ消えるわけにはいかない
伶夜の覚悟。
(私は――どうしたいのだ?)
組んだ両手に頭を預け、オーケヌスは小さくため息を吐く。
クレイは、オーケヌスの前にカップをコトリと置くと、その様子を窺う。
ガックリと項垂れた様子は、なんとも痛々しかった。
(本当は自分で立ち直ってもらいたいところだが)
クレイはオーケヌスに近づき、耳打ちする。
「……殿下。こちらは、先程ティア様から送られた薬草茶です」
「……そうか」
(……説明しないとわからないのかよ……)
クレイは軽くため息をつくと、言葉を付け足す。
「少しでも疲れが取れれば……とのことでした」
「――っ」
オーケヌスはハッと目を見開き、クレイの顔を見た。
「……大丈夫です。殿下の御心は伝わっていますよ」
お読みいただき、ありがとうございます。
オーケヌスの心は折れそうです。
なんとも痛々しい。
クレイも、どうにかしたいと思いつつ、
自分ではダメなんだろうと知っています。
ウラヌセウトがこのタイミングで来たのは、
調べた内容をどう伝えるか父なりに悩んだ結果。
そこで目の当たりにしたのは、
想像以上に感情を撒き散らす息子。
これは流石に気がつきます。
気づいてないのは本人だけ。
父の口から語られる真実は、果たして。
次回更新は、火曜昼です。




