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90:面会直前


「お呼びでしょうか?」


 ココンッという軽快なノックの音と共に扉が開き、オレンジ色のふわふわ頭がティアの部屋を覗く。


 女王との面会を午後に控えた朝。結界の儀式を終えたティアは、こっそりとリリアナを呼びだしていた。


「殿下とクレイ様に、リリアナの特製ジュースをお願いしたいのですが……」

「王子殿下と……クレイ様に、ですか?」


 リリアナはコテリ、と首を傾げる。


「ええ、急なお願いですので、もし用意がなければ作ってもらわないとならないのだけど……」

「いえ、いつも作り置きがありますので、お譲りするのは問題ありません」


 そう言ってニコリと微笑む。


 今朝の儀式に向かう際、本人達は隠していたようだったが、どちらも寝不足気味の顔だった。


 不思議に思ったティアがアイリスに相談したところ、昨夜オーケヌスの部屋にクレイが訪問した際に、明かりが遅くまで付いていたという話を聞くことができた。


(今日のために打ち合わせをしてくださっていたに違いない)


「では、朝食時にお出しいたしますね」

「ええ。お願いします」



 ◇◇◇



 朝食の席にて。

 いつもより少し消化の良さそうなメニューが並ぶ中、空のカップの隣に、キラリと琥珀色に輝く液体の入った小瓶が置かれている。


 

「……これは?」

「リリアナが調合しました、栄養剤です」

「いや、それはわかるのだが」


 じゃあ何を問われたのか、とティアが首を傾げていると、オーケヌスの後ろでクレイがククッと笑いをこぼす。


「殿下。寝不足が顔に出ているのではありませんか?」

「ぬ? いや、そんなことは断じて……」


 そんなやりとりをしている二人に、ティアが生暖かい目を向けていると、すぐ後ろから元気のいい声がかかる。


「クレイ様の分も、仰せつかっておりますよ! ティア様はなんでもお見通しです!」


 ティアが振り返ると、そこにはもう一人分の特製ジュースを手に、満面の笑みを浮かべるリリアナが立っていた。


「……だ、そうだぞ?」


 オーケヌスがクレイを振り返りニヤリとすると、クレイは数回の瞬きをした後、「……参りました」と呟いた。



 ◇◇◇



 朝食後、心配するティアを押し切ってオーケヌスは精力的に活動していた。


 

 以前、シェナに依頼していたトゥエリラーテについての報告書。

 次々と起こる事件の間に、随分と様子に変化があったらしく、詳細が数枚に渡って綴られていた。


 今後行われる婚約の儀式の出席についても、女王の説得が功を奏したらしく、何も問題はないだろうとのこと。


 オーケヌスはほっと胸を撫で下ろすが、クレイの考えは少し違うようだ。


「……女王がどのように説得したのかが気になりますね。それに、姫殿下には常にセルレティス様が付いていらっしゃいましたし……。アクティスの件もあります」


 杞憂であれば良いのですが。と言う。

 オーケヌスは少し思案した後、クレイに指示する。


「少し違う方面からも探りを入れてくれるか」

「ええ、そういたしましょう」


 次は、父であるウラヌセウトからの返事。


「婚約に関しては決めてしまったが……月の魔女についての情報は少しでも欲しいところだ」


 黄土色(トパーズ)の封蝋を剥がし、手紙を開く。


 そこには、実に不穏な言葉が並べられていた。


「……どう思う?」

「私が拝見しても問題ないのですか?」


 わざとらしく遠慮を見せるクレイに、オーケヌスが面白くなさそうな表情(かお)でジロリと睨む。


「……共犯者になってくれるのではなかったのか?」

「何拗ねてるんだ」


 クレイはフッと表情を崩すと、オーケヌスの手元を覗き込んだ。

 綴られた文面を読み進めていくにつれて、その顔が険しくなっていく。


「これは……」

 

 どうやら、月の魔女についてウラヌセウトに尋ねたのは正解だったようなのだが……。

 太上王であるエイヴィスの協力により、魔女だけでなく都の根幹に関わる事実がもたらされたという。

 その内容についてはとてもここに書けることではないと記されていた。


 月の魔女サイラ。王家の公的記録には、その名が時折現れる。

 しかし断片的なものでしかなく、真実を知ることができるのは、王家直系の血族のみだというのだ。

 

「女王陛下は輿入れされた身……」

「お祖父様と父上しか知らぬということだ」


 オーケヌスは腕を組み唸る。


「直接話をするより他にないか……」

「その場合、俺は同席を許されないだろうな」


 二人はしばらく話をしたが、結局は今日の面会を終えてからだなという結論に至った。



 

 ◇◇◇



「……緊張するか?」


 オーケヌスは、正装に身を包んだティアにエスコートの手を差し伸べながら、静かに声をかける。


「……そうですね。それなりには」

「ほぅ?」


 それなり、という言葉が意外だったのか、オーケヌスは眉を上げる。

 少しぎこちない様子で手を添えるティア。


「……」

「……警戒しすぎだ。何もしない」


 そう言ってオーケヌスはクッと喉を鳴らす。


 先日エスコートをしたときのことが相当に恥ずかしかったのか、引き寄せられまいと後ろに重心をかけているのが丸わかりだ。


「き、緊張という意味では、こちらの方がよほど……」

「……なるほど? それはいい傾向だ」

「なんですか、それ」

「……こちらの話だ」


 オーケヌスは穏やかな表情のまま、そっとティアを側に引き寄せると、ゆくぞ、と歩き出す。


 

 しばらくしてから、オーケヌスはティアの顔をチラリと窺い、小さな声でポツリと呟く。


「……共犯者を増やしておいた」

「?」


 なんのことかわからず、ティアは隣を歩くオーケヌスの顔を見上げる。


「……相変わらず言葉が足りませんね」


 前を歩く護衛兼侍従のクレイが振り向き、困った子どもを見るような目でオーケヌスを見る。

 それからティアの方に視線を移すと、ニコリと微笑む。


「ティア様、ご安心くださいね。我が主は不器用ですので……味方は多い方がいいかと思いまして」


 そう言ってパチリ、と片目を瞑った。


 ティアは首を傾げかけるが、何かを察して納得の表情を見せる。


 (昨夜二人が遅くまで話していたのはもしかして……)


「余計なことを言うな」


 眉間に皺を寄せるオーケヌスに、ティアはふふっと笑う。


 (共犯者……ね。ここではあまり話さない方がいいよね)


「……優秀なのですね」


 前を向いて、一言。


「そうだな……実に、優秀だ」


 オーケヌスもまた前方に視線を戻し、答える。

 

 少し先に見える、天井まで届く豪奢な両開きの扉。

 女王の待つ謁見の間への入り口。

 

「……私に、任せておけ」

「頼りにしています」


 ティアの手を握る大きな手に、少しだけ、力がこもった。


 

お読みいただきありがとうございます。


相変わらず言葉の足りない殿下。

やっぱりクレイの存在は必要。


それからオーケヌスは無意識に色々してるので、

そりゃあ警戒もされます。

でもそれすら楽しんでいそうな気配。


この後ついに女王アクエリアムとの面会。

彼女の目的を、彼らはまだ知らない。



次回更新は木曜です。


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