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89:オーケヌスとクレイ


 (……一体、どういうことなのか)


 オーケヌスの母、女王アクエリアムとの面会が明日に迫る夜、オーケヌスは一人自室で苦悩していた。


 元々明日の面会は、ティアとの婚約の儀式を承認してもらうことが目的であった。

 だから、今回オーケヌスが手順を飛ばし婚約の承認をもぎ取ったことで、面会の話も流れる予定であったのだが……


 『新しく王族として迎えることになるのです。儀式を行う前にきちんとお話が必要でしょう?』


 先日、そう言った女王の言葉を思い出す。


 (母上のことだ。ただ話をして終わりということはあるまい)

 

 何か言い知れない不安のようなものが、オーケヌスの胸をざわざわとさせる。

 ティアを守り切ることが、今は最優先事項だ。



 コンコン



「……クレイです」

「入れ」


 カチャリと扉が開き、クレイの姿が現れた。

 しかし、彼は扉の向こうで俯いたまま動かない。


「……どうした?」


 オーケヌスが不思議に思い立ち上がると、クレイはそうっと顔を上げ、覚束ない足取りでふらりと部屋に入ってくる。


 それから、扉を音もなく閉めると、扉に向かって防音の呪をかけた。


「……どうしたというのだ」


 オーケヌスは眉を顰めると、クレイの表情(かお)を窺う。

 深緑の瞳が、僅かに揺らいでいる。


「……酔っているのか……?」


 オーケヌスは目を見開く。

 

 真面目なクレイが、酔って自分の元に来ることなど、ただの一度も無かった。

 

 一体どういうことなのか。


「……今日は、お前に、大事な話があって、来た」


 クレイはそう言うと、今までそうしてきた通り、オーケヌスの向かいの席に腰を下ろした。


「少し待て、水を用意する」

「……いらん。それより話がしたい」


 腰を浮かせたオーケヌスに、早く座れとばかりにテーブルをトントンと叩く幼馴染。

 オーケヌスは諦めて椅子に座り直す。


「一体、何があった」


 ため息混じりに問うと、クレイの目がギロリと睨むように細められる。


「……お前が、それを言うのか」

「なんだと?」


 クレイは盛大にため息をつく。


 (……もしも賭けに負けたら、俺はこの場で始末されるかも知れない。……それでも)


「単刀直入に聞く」

「あ、ああ……?」


 クレイの放つ圧力(プレッシャー)に、オーケヌスはのまれそうになる。


「……お前は、一体誰だ?」

「――!」


 クレイは精一杯平静を装い、オーケヌスの様子を窺う。

 一瞬、蒼色が揺れるのを、クレイは見逃さなかった。


「……私は」


 オーケヌスは頭を抱え、俯く。


 (クレイにだけは……話すべきか)


 巻き込みたく無かった。

 自分の抱えるものが重すぎるのだ。

 誰かに預けることで、何が起きるかわからない。

 


 『――殿下は、殿下だなぁって』


 

 ふいに、ティアの言葉がオーケヌスの中に響く。


 (……ティアも、そうなのだろうか)


「お前は、俺の、唯一の主だ。……それと共に、俺はお前の、唯一の友でありたい」

「ああ……そうだった」


 (隠し通せるものではないか)


 オーケヌスは顔を上げ、一言だけ伝えた。


「……知れば、巻き込まれることになるぞ」


 それを聞いたクレイは、ニヤリ、と口の端をあげる。


「今更だ。既に、女王(あちら)側に巻き込まれている。……同じ巻き込まれるなら、お前に巻き込まれるほうがいい」


 その言葉にオーケヌスは、目を見張った。

 しかし続く言葉に、息をのむ。


「……俺は今、お前の全てを観察し、報告せよと勅命を受けている」

「な……」


 クレイは首を振る。


「安心しろ。……お前と誓いを交わしてから、お前と共に朽ちると決めている。俺が生涯忠誠を捧げるのは、お前だけだ」


 フフ、と不敵な笑みを浮かべながら、クレイは言い切った。


「しかしそれでは……」


 女王の勅命に背くなど、本来あってはならないことだ。

 それが分かれば、クレイはただでは済まない。


「しかし、じゃねぇよ」


 だいぶ酔っているのか、今日は言葉がいつにも増して荒い。


「言っちまえよ。俺は、お前のことならなんでも受け止める覚悟はできてるんだ」

「……クレイ」


 それにな、とクレイは背もたれに背中を預けると、フッと視線を逸らす。


 その先には、オーケヌスが幼少から使用している、広い天蓋付きのベッド。


 そこに何かを探すように目を細める。


「……今お前が何を守りたいのかを知っておかないとなぁ……いざという時に判断が鈍る。……結果何も守れないなんてのは、嫌だ」


 クレイは知っている。

 オーケヌスの中に、『もう一つの魂』が存在することを。

 だが、本人の口から真実を聞きたかった。


 話すものの主観で捻じ曲げられた情報など、信じるに値しない。

 この目で、この耳で、この(こころで)、全てを判断すると決めていた。


 クレイは待つ。


 伝えられることは伝えた。


 オーケヌスが答えるか、はたまた『別の誰か』が答えるのか。



 トン、トン、トン……


 オーケヌスの指が、テーブルの上でゆっくりと拍子(リズム)を刻む。


 それは、彼が王族としての役割を与えられるようになった頃から始まった、何事かを思案するときの癖だ。


 しばらくして。


 不意に音が止み、オーケヌスは右手で頭を抱えると、前髪をぐしゃり、と掴む。


 (……話して良いのか?)


 聞いているんだろう? と頭の中の伶夜に問いかける。


 ――ティアのためになるのなら


 返事は短く告げられた。


 (……ブレないな)


 ――貴方が、ブレすぎなんじゃないの? ……あれもこれも欲張りすぎだ


 (……うるさい)


 ――もう一度言うよ。……僕の存在を、言い訳にしないで


 (……)



 オーケヌスは顔を上げる。


 クレイは、真っ直ぐにこちらを見ていた。


 (……ああそうだ。いつもこうやって、私を待ってくれている)


 オーケヌスは意を決して口を開く。


「クレイ……共犯者になってくれるか?」


 するとクレイはその言葉を待っていたかのように、満面の笑顔を浮かべた。


「望むところだ。それ以外の選択肢など……俺には無い」

「……すまない」

「そこは感謝するところだろうが」

「……感謝する」


 クレイはため息と共に、小さく笑った。

 


 オーケヌスは、自分と伶夜、身体に宿る二つの魂の話を告げる。

 

 次に、ティアが抱える事情と、ミオティアルの話。

 

 それから、先日からティアと共に始めた、ミオティアルが残した研究内容。


 どれも重い内容だというのに、クレイはただ相槌を打ち、耳を傾け続ける。

 そのあとは、他愛もない話も含め、様々な話題に及んだ。

 


 やがて瞬く星が減りゆく頃には、二人の間の氷は消え去り、懐かしい笑顔がそこにあった。



 

 

「……そろそろお互い休んだ方がいいな」


 そう言って部屋を後にするクレイ。

 オーケヌスの部屋の隣に賜った部屋に戻ったその顔に、挑戦的な表情が浮かぶ。

 それはまるで、これからイタズラを考える子どものよう。

 

 (……さて、これからどう立ち回るかだ。共犯者になった今、いかに相手に知られずに有利にことを運ぶか……)



 

 

 残されたオーケヌスの方はというと、力が抜けたように、背もたれに身体を預ける。

 クレイが途中で揶揄い半分に言った言葉が蘇る。


 『で、お前自身は。……実際のところ、彼女(ティア)を、どう思ってるんだ?』


 (全く、私の幼馴染は面倒臭いな)


 少しでも眠っておくか、とオーケヌスはベッドにばたりと仰向けに倒れ込む。

 

「……どう思っているとか、考えたところで仕方のないことだろう」


 誰に言うでもなくポツリと呟き、心地良い眠りに身を委ねた。


 

 

お読みいただきありがとうございます。


オーケヌスとクレイ、いい組み合わせだなぁと思います。

なんだかんだでお兄ちゃんみたいな存在。


次回更新は火曜の夜(20時頃)です。

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