表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/104

88:刻印の書と願い


「では、アクティスも、セルレティス様も、魔女のせいで……?」

「恐らく。それから、この次の頁だけ、古代文字で書かれているのだが……」


 そう言ってオーケヌスは書を捲りかけ、その手をピタリと止める。

 僅かな戸惑いと焦燥が、オーケヌスの脳裏を掠めた。


 (――こんな物を、今のティアに解読させるなんて。……彼女を護れないのなら……)


 伶夜の台詞が、凍えるような声と共に蘇る。


 (――いますぐ身体を明け渡せ)

 

 喉の奥がヒリつき、背中に冷たい汗がつうっと流れ落ちた。

 

 動かなくなってしまったオーケヌスを不審に思ったティアが、その様子を窺う。

 まるで何かに怯えているような横顔と、震える指先。


「殿下? 次の頁を確認するのですよね?」

「あ、ああ……」


 ティアは声をかけてみるが、オーケヌスの様子はどこかぎこちない。


 (どうしたんだろう)


 ティアは顔を覗き込もうと、首を傾げた。

 オーケヌスの喉が、静かに上下する。

 

「……君が」


 (君がこれ以上傷つくのであれば、私は覚悟を決めるべきなのか)


 ギュッと目を瞑り、自分の中のもう一人との交代を覚悟しかけた時、オーケヌスの手に温かいものが触れた。


「!」


 ハッとして目を開けると、ティアの白く華奢な手が、震えていたオーケヌスの手を包んでいた。


「……殿下。言ったはずです。わたくしは、やり遂げますと」


 (心配は無用です。と言ったのに。それで効果がないのなら……)


「やると決めたからには逃げません。ですが、もしもわたくしがまた、壊れそうになったら」


 ティアはそこで言葉を切ると、ふわりと微笑みを浮かべた。


「その時は……必ず殿下が、助けてくださいね」

「――っ!」


 オーケヌスの蒼い瞳が見開かれる。


「さあ、続きを読みましょう!」


 ティアはそう言って、オーケヌスの手を取り、次の頁を捲った。


 (全く……君には敵わない)


 微かに残った手の温もりを感じながら、オーケヌスは苦笑するしかなかった。



 ◇◇◇


 


   太陰宿光闇

   或耀天 或淵底

   光盛則影深

   希冀既絶 墜於絶望

   光闇一統

   欲制之者 求呑光之闇



(太陰……太陽の陰……そうするとこれはやっぱり月のこと?)


 捲った先のページに並ぶ漢字。

 ティアは左手で文字をなぞりながら、一つ一つの意味を拾い、右手に持ったペンでノートに推測を書き記していく。

 

「月は、光と闇を宿している……天で輝く、あるいは淵の底……」


 オーケヌスは、ティアが呟く声を聴きながら、ノートに書き連ねていく文字を覗くが、その言葉がそもそもわからない。


 (これでは、何が彼女を不安にさせるのか判断できぬ)


 ううむ、どうしたものか、と顔を顰める。


「殿下、眉間に皺が寄っていますよ?」

「あ、ああ。すまない。少しでも意味が拾えればと思ったのだが……」

「……あ」


 ティアは、目を丸くする。


 (そうか……!)


 ティアは手元のノートを少し左側に寄せると、たった今書いた日本語の下に、リュリュイエで使われている文字を書いていく。



 『月というものは、光と闇の両方を宿している』


 ……これは、正に【月の祝福】のこと。

 光と闇の、両属性を持つものにだけ現れる、特別な能力。

 魔力について学んだティアも、教本で読んだ内容だ。

 

 『天高くで光り輝くこともあれば、深い淵の底に沈むこともある』


 ティアの中で、輝く月のような金色の髪が闇色に染まっていく様が思い起こされた。


「……まるで、セルレティス様と魔女サイラとを表しているようですね」

「……どういうことだ?」

 

 ポツリと呟いた言葉に、オーケヌスが反応する。

 ティアは、ノートに書いた文字を見つめたまま、抑揚のない口調で答える。


「あのとき……アクティスの部屋の前に現れたのは、セルレティス様でした。ですが、あの美しい金色の髪が、私の目の前で、黒く……染まっていったのです」

「……そういえば、窓から去っていく時には髪の色が戻っていたな」


 ティアは、これまで起きたことを、思い起こす。

 


 ――本や資料が散乱した学校の資料室で、本から溢れ出した水に飲み込まれた。そうして何もない白い世界で出会ったのが、ミオティアル。

 

 那月もまた、同じように召喚されたのだとしたら。

 

 召喚者はセルレティスか、魔女サイラか。


 (私は魂の融合を断った……でも、那月は?)


 (――私たちは、【器】なの。ここに来る時に、魂を取り込まれてしまったでしょう?)


 彼女(なつき)はそう、言っていた。

 

 

 今までに魔女は二度、ティアの前に現れた。

 一度目は、那月の姿で。

 二度目は、セルレティスの姿で。

 そしてどちらも、ティアの目の前で魔女の姿へと変貌した。


 (……那月と、セルレティス様と、魔女サイラ)


 ティアの中で、想像したくない現実が組み上がっていく。


 ペンを握る手に、きゅ、と力がこもった。


「……大丈夫か?」


 隣から、労わるような声。


「っ、はい」

 

 ティアは、湧き出てくる嫌な予感を振り払うように返事をして、再びペンを走らせる。


 (今は、解読。殿下と内容を共有することが大事)

 

 『光が強いほど、影もまた深くなる』


「それは……」


 オーケヌスが声をもらした。

 ティアは顔を上げ、ぱちぱちと瞬きをする。


「いかがされましたか?」


 ティアがそう問うと、オーケヌスはしまったという顔を一瞬だけしたあと、視線を落とす。


「いや……『彼』が言っていたのだ」


 (――知ってる? 光が強ければ強いほど、闇も深くなるんだよ)


「……『彼』……?」


 (……レイお兄ちゃんのこと?)

 

「それがどういう意味なのかは、計りかねていたが」


 そう言うオーケヌスの眉間に、深い苦悩が浮かび上がる。


「何か知っているのでしょうか」

「……どうだろうな。正直、何を考えているかわからないことの方が多い」


 オーケヌスは背もたれに身体を預けるように、天井を仰ぎ見ると、ため息をつきながら前髪をくしゃり、とかきあげた。


 ティアは、オーケヌスの様子を見ながら、空いている方の手を頬に当て、小さく首を傾げる。それから、右手に持ったペンをくるりと反転させ、トン、トンとノートを叩く。


「……どうした」


 ティアの行動を不審に思ったらしいオーケヌスが、問いかける。

 するとティアはクスリ、と笑う。


「いえ……殿下は、殿下だなぁ、と思いまして」

「何を言っている?」


 (真面目なんだよね、殿下。……頼りたくないって顔してる)


 ますます訝しげな表情(かお)のオーケヌスをよそに、ティアは刻印の書に向き直った。


 オーケヌスは、やわらかな表情でペンを動かすティアの横顔を呆然として見つめながら、その言葉を反芻する。


 (……私は、私だ。……当然のことだ)


 今更何をと思いつつ、何故か暖かな心地がしていた。



 

 そうしている間にティアは解読を終え、ペンを置く。


「この先は、少し不穏ですね」

 

 『希望が絶え、絶望の淵に突き落とされたとき、光と闇は一つになる』

 

 『その力を制御しようとする者は、光を飲み込んだ闇を求めよ』


「これらは、何を表していると思いますか?」


 ティアがオーケヌスの顔を見て問う。


「……セルレティスの話をしなければなるまい」


 オーケヌスはそういうと、先程伶夜とも共有した情報を、ティアに伝えた。


 

 かつてはミオティアルと共に聖女候補として研鑽を積んでいたこと。

 幼少期に魔女サイラに攫われたこと。

 見つかった後、刻印が刻まれていることが判明し、さらに聖属性が失われていたこと。

 

 ……それが、【魔月の刻印】による封印ではないかという推測。

 


 話が進むにつれ、ティアの瞳が大きく見開かれ、両手が硬く握られていく。


「……では、ミオティアル、様は」


 全てを聴き終えた彼女が、掠れる声で呟く。


「セルレティス様を、救うために……!」

「……恐らく、そうなのだろう」


 

お読みいただき、ありがとうございます。


侵食するつもりはないものの、

段々と自我が強くなっていく伶夜。

ティアのこととなると、容赦なく煽ります。

オーケヌスは、何故こんなに苦しいのか、

果たして自覚はあるのでしょうか。


ティアは自分にできることを、必死に探しています。

周りをよく見ているのは、自分の存在意義が欲しいからなのかもしれません。


次回更新は、木曜夜です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ