84:おくりもの
「ティア様。おはようございます」
アイリスが天蓋を上げ、姿を見せた。
「今日は起きられました」
「それは良かったです」
ティアが少し照れくさそうに笑うと、アイリスは優しく微笑む。
「今朝の儀式は、いかがされますか?」
「もちろん、務めさせていただきます」
かしこまりましたと返事をしたアイリスは、テキパキと準備を始めた。
「……アイリスは、もう大丈夫なのですか?」
儀式衣を着付けるアイリスに、ティアは声をかける。
襟を整えながらアイリスはニコリと微笑む。
「わたくしは問題ありません。……ティア様の方が、余程心配でございます」
「……わたくしも大丈夫ですが」
昨夜はぐっすり眠れましたし、というティアの顔をジッと見つめ、少しだけ眉を下げる。
「それならば良いのですが……ティア様は、ご自分のことはいつも後回しになさってしまいますので」
(……本当はもう少しお休みいただきたいところですが)
まだ、顔色も声の調子も、元通りではないことをアイリスは気が付いていた。
でも、本人が誰かの役に立ちたいと考えていることを理解している以上、何もせずに休んでいてほしいとも言えない。
着付けが終わり、続いて髪を整えるために、ティアは鏡台の前に用意された椅子に腰を下ろす。
アイリスは慣れた手つきで、ティアの絹のような白金の髪を高い位置で結い上げ、続いて前に回り前髪を整えた。
櫛で念入りに梳かされた髪は艶やかな輝きを帯び、神聖な空気を纏ったティアの姿にアイリスは目を細める。
「……さぁ、できました。今日もとてもお美しいですよ」
ティアは少し恥ずかしそうな微笑みを浮かべると、アイリスに促され部屋を出てエントランスに向かった。
◇◇◇
エントランスに着くと、いつもは先に待っているオーケヌスの姿が無かった。
「少し早かったでしょうか」
「いつも通りですが……」
アイリスと二人、珍しいこともあるものだと首を傾げる。
事件の後、この区画に自分用の部屋を確保してしまったオーケヌスは、かなり自由にしている。
婚約者という立場は、そんなに強いものなのかと、ティアは驚き、周囲に聞いてみたのだが。
「それだけティア様が大切にされているのです」
とか、
「本当に片時も離れたくないのでしょう」
などと言われる始末。
アイリスはというと、
「あれだけのことがあったのです。心配は当然だとは思いますが、少々やり過ぎな気も致します」
という、現実的な答えが返ってきた。
そういえば、とティアは前々から疑問に思っていたことを口にする。
「……儀式は本来、わたくし一人で行うものなのですよね?」
そろそろ付き添わなくても……と言いかけて、ティアはピクリと肩を震わせて口を噤んだ。
横合いから、ピリッとした空気と共に衣擦れの音。
(き、聞かれた気がする……)
ティアは慌てて取り繕い、すました笑みを浮かべて音のした方に向き直る。
「おはようございます、殿下。今朝はきちんと起きられました」
「……それは良かった」
オーケヌスは一言だけ答える。
(まずい? これはもしかして危険?)
ティアがオーケヌスの後ろに控えるクレイの顔を盗み見ると、クレイはわざとらしく少し目を逸らした。
その表情は心なしか笑いを堪えているようにみえる。
「……行くぞ」
「あ、は、はい」
部屋を出て、結界の間に向かう途中も、オーケヌスは黙ったままだ。
(なんだか様子がおかしい? 私がいらないこと言ったから?)
少し後ろを歩きながら、ティアが考え込んでいると、クレイがさりげなく近づき、囁く。
「……聖女様」
「?」
「どうか主をお許しください」
と一言だけ告げると、元の位置に戻っていった。
「では、いってらっしゃいませ」
結界の間に着くと、いつも通りにティアとオーケヌスは二人で部屋に入る。
なんとなく気まずい雰囲気の中、儀式を終えたティアは、オーケヌスの元へ戻る。
「お待たせ致しました」
少しの間の後。
「……後ろを向け」
「え?」
「……聞こえなかったか?」
「は、はいっ」
ティアは慌ててくるりと後ろを向く。
すると、カタリと音がした後、結われた髪の辺りに、何かがスッと差し込まれた。
(……?)
頭の後ろに手を伸ばすと、ひんやりとした感触。
(これって……?)
振り返ると耳元でシャラシャラと優しい音がして、思いのほか近くにいたオーケヌスと目が合う。
「……」
突然のことに戸惑い言葉を探せずにいると、オーケヌスは少しだけ目を逸らして言った。
「よく似合っている」
「……あ、ありがとう、ございます……?」
(どういうことですか……?)
「……婚約者となったのだ。これくらいの贈り物はしてもいいだろう」
「……え、と?」
よくわからない展開に、ティアの頭の中は疑問符だらけになる。
(……これは、喜ぶべきところなの? ……仲のいい婚約者の『フリ』をするのなら、みんながいるところで渡すはずだよね……?)
真意の見えないオーケヌスの行動にどう反応していいのかわからない。
一方、少し俯いて固まったままのティアを前にオーケヌスは、内心失敗したかと悔やんでいた。
(ここで渡したのは、まずかったか……?)
もしかして嫌だったのかもしれないとか、まだ早かったかもしれないとか、後ろ向きな考えが頭を過ぎる。
そもそも、出発前に渡すはずだったのだ。彼女が言った言葉に自分が過剰に反応し、渡すタイミングを掴み損ねて今になってしまった……という言い訳を必死に頭の中で構築した結果。
(……いや、このくらいの贈り物は当然だ)
半ば開き直ったような結論に達した。
やや間が空いたあと。
ティアがパッと顔を上げる。
「……え、ええと。か、鏡を見たいです!」
「……そ、そうか……」
やっとの思いで絞り出した言葉は、なんだかちょっとズレていた。
空回りの殿下。
罪作りなティア。
……どうしてこうなった?
次回更新は木曜です。




