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83:焦燥と責務


  ――元々全ての責は私が負うと決めております


  ――承知、致しました



「……いつの間に、あの人(ウラヌセウト)のようなことを言うようになったのかしら」


 オーケヌスとの急な面会の後、自室に戻ったアクエリアムはポツリ、と呟く。

 息子の成長に嬉しいような、寂しいような感情がないまぜになる。


 ナナリアがそっと出してくれたカップに目を落とす。琥珀色の紅茶に映った自身の顔が、ゆらゆらと揺れていた。


「ただ……今のあの子は少し危ういと思うの。ナナリア、貴女は……どう感じたかしら?」


 そう言ってカップに口をつける。

 ほんのりとした甘さが芳醇な香りとともに、アクエリアムの冷えた心にじんわりと染み渡っていく。


「……わたくしの目には、王子殿下は何か……焦りを感じているように見受けられました」


 少し目を伏せ、女王の筆頭侍女ナナリアは、抑揚のない、それでいて凛とした声で答える。


「そう……やはり貴女もそう思うのね」


 (あの子は、自分の感情が何であるか、理解しているのかしら……?)


 ソーサーに置いたカップに手を添えたまま、アクエリアムは思案する。

 空いている方の手では、人差し指がトン、トン、とリズムを刻んでいた。


 オーケヌスへの最大の懸念事項は、融合したはずの魂の綻びだ。

 

 現在の彼の言動は一体どちらが支配しているのか。


 アルシエから召喚されたであろう少女ティアに対し、異常なまでの保護。

 ミオティアルの安否もわからない状態の中、婚約の承認をとりつけるために画策していただけでも驚いたというのに、今日の急な面会では、形式に反した強引なやり方で即日の婚約をもぎ取っていった。


 それだけの事件が起きたというのもわかっている。

 しかし、あれだけ過剰な保護をしておきながら『アルシエに帰りたい』と切に願っているティアの願いを潰すような条件を飲んだのだ。

 

 今日のオーケヌスの発言は、どう見ても父親であるウラヌセウトの影響を色濃く受け継いだもののように感じられた。

 であるならば、今日自分が対峙していたのは間違いなくオーケヌス本人であると考えられる。


「……アクエリアム様」


 ナナリアの控えめな呼びかけに、アクエリアムは現実に引き戻される。


「従者の身で差し出がましいかと思いますが……」

「……いいわ。言ってちょうだい」


 少し私情に流されそうになっていたアクエリアムは、こんな時は冷静な第三者であるナナリアの意見が必要だと向き直る。


 ……あるいは、そう考えたのはナナリアの方だったのかもしれない。


「ご懸念はお察しいたします。ですが……まず、都に巣食う悪意をどうされるかが先決かと」


「……そう、ね」


 アクエリアムは頷く。


 神殿の中央棟。国の核とも言える場所に悪意あるものが入り込むなどということは、あってはならないこと。

 聖女の結界内にある都に、なぜ入り込むことができたのか。

 それも、事件が起きたのは聖女の役目を果たすティアの居住スペース近く。空間が捻じ曲げられていたのか、その一区画に居た者以外は、ことが公になるまで誰も気がつかなかった。

 

 今回の事件のあらましはこうだ。

 彼女の専属護衛のアクティスに異変が起き、駆けつけたティアの前にセルレティスが現れた。

 その後セルレティスと思われた人物は魔女サイラに変化、アクティスもまた錯乱し、ティアを襲う寸前にオーケヌスが止めに入った……。


「……こちらを」


 そう言って彼女が差し出したのは、二件の事件の報告書。


 (……そういえば、この時も月の魔女によって空間が捻じ曲げられていたようだと)


 一つは、サイラに誘い出された聖女ティアが、異変を感じたオーケヌスの手によって救い出されたという、国の中枢を震撼させた事件。

 

 何故二人だけだったのか――あるいは、ティアだけが狙われたのか……。


「それから……トゥエリラーテ姫殿下ですが。セルレティス様が失踪後、随分と()()()()なられたようです」


 幼い頃からそばにおり、信頼していた騎士が事件を起こして失踪したのだ。普通に考えれば何も不自然な点はない。だが……。


 (ナナリアが改めていうほど、何か不自然な点があるということ)

 

 オーケヌスらの報告よると、セルレティスと月の魔女サイラとの間に、何かあるのではないかという。

 その推測を裏付けるように、今回の事件後、セルレティスの姿が忽然と消えてしまった。

 

 もう一つは、ティアが現れて間もない頃、トゥエリラーテの儀式阻害事件。

 ……これは、彼女がミオティアルを慕っていたがために起きた暴走だと思っていた。

 そういえばこれに関わっていたのは侍女のレオネイラ。トゥエリラーテの専属護衛のセルレティスの生家、セレストル家に仕える一族の娘。


 (何か関係があるのかしら……?)


 アクエリアム自身もまた、セレストル家の出身である。身内とも言える者たちがみな、何らかの形で事件に関わっているとなれば、心中穏やかではない。


 いつ、どのように、都に悪意が入り込んだのか。


 (……その機会があったとすれば、ミオティアルの失踪からティアの出現までの間かしら)


 ミオティアルが戻るかどうかわからない状態の中、結界のレベルを最低限まで下げたのは、できるだけ長く持たせるための、苦渋の決断だった。


 しかしその分護りが手薄になったことは、否定できない。


「……月の魔女、サイラ=ヘカテルーナ……」


 歴史上に何度かその名は出てくる。


 セルレティスを幼少期に攫い、聖属性を封じたのも彼女だ。


「……はい。改めて調べる必要があるかと」

「そう、ね……魔女の目的が見えないのが不気味だわ」


 空になったカップに、自然な動きでナナリアは再び紅茶を注ぐ。

 それから、先ほどウラヌセウトの従者、ルーファスによって手配されたお茶菓子を添えた。


 アクエリアムは、白い器に並べられた花を(かたど)った可愛らしい茶菓子を一つ摘むと、繁々と眺める。

 

「……わたくしでは、手が届かないかもしれませんわね」

「ルーファスに伝えておきます」


 ナナリアはそう言って、部屋を後にしようとその場で一礼する。

「ああ、そういえば……」


 アクエリアムの引き止める声に、ナナリアが顔を上げる。


「いかがされましたか?」


 女王は、王子と同じ蒼玉(サファイア)の瞳から、一切の感情を排除して言った。


「二日後の面会で、ティアに名を与えます。……王子の婚約者として、ふさわしい名を」

「ではそのように支度を致します」


 驚く様子も見せず、ナナリアは瞬きを一つする。

 開かれた淡褐色(ヘーゼル)の瞳が、僅かに細められ、女王の次の言葉を待つ。


「……婚約の儀は、三週間後に」

「かしこまりました」



 

 

お読みいただき、ありがとうございます。


女王側の不穏な動き。

母であることと、女王であることの間で揺れています。


次回更新は火曜日です。

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