81:責を負うということ
――条件があります。貴方は、彼女の全てを負いなさい。それならば、今すぐに承認致しましょう
――元々全ての責は私が負うと決めております
――いいえ、貴方はわかっていません。わたくしが言っているのは、たとえミオティアルが戻ってきたとしても、婚約者をすげ替えることは許さない、と言っているのです
――っ!
――貴方は、ミオティアルが戻ればあの娘が元の場所へ帰り、何事もなかったかのように全てが丸く収まると考えているのでしょうけれど
――それは
――わかりましたね? これが、貴方の我儘に対する責任です
――承知、致しました
――良いでしょう。儀式は後付けになりますが三週間後に行います。それから……トゥエリラーテはわたくしが説得致します
◇◇◇
「……うーん……」
ティアは『風の書』を前に唸る。
漢字の意味を拾いながら、手元に用意された紙にその内容と、考えられる推測を別々に書き留めていく。
「初めに精霊であるシルフの本質が書いてあった。それから、そもそも風を操ることとは……」
ぽつり、ぽつりと言葉をもらすティアの真剣な横顔を、オーケヌスはぼんやりと見つめていた。
いつもより言葉が少し崩れていることに、なんとなく優越感を感じる。
(私が負った本当の責を知ったら、彼女はどう思うだろうか)
――王子様って、狡いの? 優しいの?
頭の中に響く伶夜の声が、いつも以上に耳障りに感じる。
でもそれは、彼の質問が的を得ているからなのだろう。
(……わかっている。私は本当に、酷い男だ)
――僕は言ったよね? ティアのためにならないならって
(もう少し、時間をくれ)
――知ってるよ。貴方が、生半可な覚悟で物を言ってるわけじゃないって。だから、まだ黙っていてあげる
(……すまない)
「――ね? 不思議ですよね?」
伶夜とのやりとりに集中していたオーケヌスは、ティアの声にハッとする。
「……やっぱり、少し休まれてはいかがですか? あまり、眠れていませんよね?」
心配そうに覗き込むティアに、少し心が揺れる。
(……今日の私はどうかしているな)
二人が座っているのは長椅子だ。
「……」
オーケヌスは、ジッとティアの顔を見つめる。
「ど、どうかされましたか? 本当に大丈夫ですか?」
(……大丈夫なものか)
オーケヌスは内心悪態をつく。
――休んだら? なんなら無自覚なティアにちょっと思い知らせたらいいよ
伶夜が揶揄いの色を乗せて、オーケヌスを誘惑する。
確かに、昨日から気持ちが張り詰めていて、そろそろ限界を迎えていた。
でもここで自分がそうしてしまったら、それこそ……
葛藤するオーケヌスに、ティアがトドメを刺した。
「……昨晩はわたくしが休ませていただきましたから。今度は、オーケヌス様がお休みください。ね?」
――ぷっ
伶夜が、吹き出す。
「……そう、させてもらう」
オーケヌスは俯き、違和感のある低音で一言告げた後。
ティアの膝の上に、倒れ込んだ。
「!?」
(えっ? なんでここっ? なんでこうなったの?)
「お……オーケヌス、さま? なな、なぜ?」
手にしていたペンを取り落としそうになるほど狼狽えるティアにも一切構わず、オーケヌスは宣言する。
「君が休めと言ったのだ。だから私は、私が最も安心できる場所で休む。それだけだ」
そう言って目を閉じてしまった。
(え? お部屋で休むように言ったつもりだったんですけどっ?)
かといって拒絶するわけにもいかず、立ち上がることもできず、ティアは沈黙する。
やがて、オーケヌスの寝息が規則正しく聞こえてくると、ティアは側にあった膝掛けを、そっとオーケヌスの上に掛けて、その横顔を眺める。
(大人なのに。……子どもみたい)
整った綺麗な顔に、サラサラの蒼銀の髪。閉じられた瞼に、長い睫毛。その容貌はまるで、物語のヒーローの様。
なんでこんなに美しい人が、私の膝にいるんだろうと首を傾げつつ、囁いた。
「おやすみなさい。オーケヌス様」
実は心身ともに既に限界を超えていたオーケヌス。
彼に倒れられたら困るので、伶夜はわざと煽りました。
自覚のないティア、少しは反省するのでしょうか。
(しないだろうなぁ)
次回更新は火曜昼です。




