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78:負の代償


 オーケヌスは苛立(いらだ)っていた。

 本当なら、自分が真っ先に駆け付けたかった。


 しかし自分は王族だ。

 そして、ティアが大切にするもの、彼女が傷つくであろう事態も推測できる。


 ――あの時と同じ


 伶夜はそう言った。

 

 つまり今、このフロア全体が、月の魔女の支配下に置かれている可能性も考えなくてはならない。


 (まずはこの場所の安全を確保する必要がある)


 オーケヌスは、エントランス付近に立ち尽くしている侍女を捕まえる。

 彼女はサーシャと名乗った。先ほどシェナの使いとしてやってきたらしい。

 

 オーケヌスは、彼女も含め誰もここから出ないようにと伝える。

 サーシャの方もオーケヌスのただならぬ雰囲気に何かを感じたのか、黙ってコクリと頷いた。

 他にも何人かの侍女に同じように伝え、部屋を出る。

 

 廊下には、どんよりとしたモノが薄く引き延ばされたような空気が漂っていた。


 (……まずいな)


 はやる気持ちを抑え、エントランスの大扉を閉じた後、聖属性の護りの術をかける。

 とりあえずこれで、中の使用人たちはこの空気に毒されることはないだろう。

 もっとも、月の魔女相手にどの程度通じるのかは、疑問ではあったが。


 ――行くよ、王子様


 伶夜の声が再び響く。


 (ああ)


 オーケヌスは誰もいない廊下を駆け出した。




 


 (――!)


 曲がり角に差し掛かり、オーケヌスの目に飛び込んできたのは、倒れる三つの影。

 一人は確か、アクティスの代わりにティアの護衛についていた騎士。

 その向こうに二人。咄嗟に庇ったのだろうか、クレイとアイリスが重なるようにして倒れていた。


「――クレイ!」


 駆け寄り、その容態を確かめようと屈み込む。


「……ティア様を……」


 アイリスが苦しそうに声を絞り出しながら手をあげた。


 オーケヌスはスッと立ち上がり、前方を確認する。

 両手を強く握り締め、こちらを見つめているティアと、その向かいに悠然と立っている、月の魔女サイラ。

 部屋の扉が開けられ、中から瘴気(しょうき)のようなものが流れ出しているのがオーケヌスにもわかった。


 (……発生源はやはりここか)

 

 ティアの顔が、扉の奥を覗きこむのが見えた。

 サイラの視線もまた部屋に移り、漆黒の瞳がスッと細められる。


 オーケヌスはティアの元へ足を踏み出す。

 それと同時にサイラの手がこちらに向けられ、黒い魔力の塊を数発打ち出した。

 牽制か、足止めであったのか、それらは床を破壊し、砕けた石の破片が飛び散る。


「殿下っ!」


 ティアの悲痛な声が、オーケヌスの胸に刺さる。


「大丈夫だ! 待っていろ、すぐ行く!」


 飛び散る破片と魔力の残滓(ざんし)をマントでやり過ごすと、オーケヌスは腰に佩いた剣を引き抜き、再び抉れた床を蹴る。

 

 ティアが足を一歩引き、震える両手を握り締め、口を開くのが見えた。


 ――まずいっ!


 伶夜の叫びと共に、唐突に身体が軽くなる。

 そのままの勢いでティアの前に飛び込んだ。


 一瞬の出来事だったはずだ。


 部屋から突如飛び出してきた気配に振り返り、そのまま身体を(ひね)る。

 ティアの前に立ち、両手で剣を握り締め構えると同時に、目の前の殺気が膨れ上がった。


 昏い、青紫の瞳が、眼前に迫る。

 

 (――アクティス!)

 

 

 ガッ!



「……何が……あったっ」

「……うる……さい」


 ギリギリという金属音と共に、魂が削られる心地がする。


 (彼女は……この姿を……)


 ――彼は普通じゃないよ。侵食されている


 伶夜が呟く。


 (……そうでなければ困る)


 オーケヌスは、グッと奥歯を噛み締め、問いかけた。

 

「其方は、彼女の専属護衛ではないのか?」

「……あ……貴方が悪いんだっ!」


 アクティスが吠えた。

 ドス黒い靄が、彼を取り巻く。

 首元に、黒い紋様が蠢いていた。


「貴方がっ! ……貴方が彼女をっ!」


 ギンギンッ!

 

 騎士の中では小柄な彼からは想像できないような重い数撃に押され、オーケヌスは半歩下がる。

 その時、チラリと視界に入ったサイラの瞳が、愉しげに細められているように見えた。


 すぐ後ろにはティアがいる。これ以上は下がれない。

 

 ――王子様。よく聞いて。今の彼を抑えられるのは、ティアしかいない


 (……)


 ――今から彼女が、聖なる癒しの呪を紡ぐよ


 (――時間を稼ぐ)


 オーケヌスは剣を握りしめる手に力を込める。

 すると背中に、そっと暖かい何かが触れた。


「……?」


 背後から、柔らかな声が響く。

 それは、絶対的な窮地(きゅうち)に立つオーケヌスを奮い立たせた。

 

  聖なる加護を授けし女神に願う 

  我を護りし()の者に

  我が魔力(ちから)

  我が(こころ)をのせて

  更なる加護を授け給え


 オーケヌスの身体をふわりと包み込む強い輝きに、アクティスの瞳が見開かれる。


 ギンッ!


 普段のアクティスからは考えられない程、鋭く重い一撃。


「――貴方はっ!」


  ――聖なる女神 守護神テティス


 アクティスの激情と、ティアの静かな祈りが重なる。


「貴方はっ、ティアを!」

 

 ギンッ! ギギンッ!


 アクティスの表情が歪み、その瞳には狂気が宿る。

 

  ――彼の者に その加護を 慈愛を 癒しを


「ティアをっ! どうするつもりなんだっ!」

「――っ!」


 ギインッ!

 

  ――我が前で苦しむ者に 救いの手を


 背中越しに、ティアの声と共に、暖かな魔力を感じる。


「殿下あっ! 貴方の気持ちは、どこにあるんだあっ!」

「!」


 アクティスはバッと後ろに下がり、両手を振り下ろす。

 手にした剣に宿っていた翠光が、オーケヌスの目の前に迫り――



 ばぢいっっ!!

 


 白く輝く盾に、弾きとばされた。


 ティアがオーケヌスを守るために展開した、盾。


 アクティスが一瞬、呆然と立ちすくむ。


「うああああああっ!!」


 アクティスが再び剣を構え、間合いを詰めようと踏み出したところで、オーケヌスの右手側に、ティアが飛び出した。


聖なる祝福ベネディクティオ・サンクタ!」



 ティアの身体から眩い光が発せられ、アクティスの足がとまる。


 

「……くあ」


 瞳からは昏い色が消え、どさりと音を立ててその場に崩れ落ちる。

 先程あった顔の紋様も、消えているように見えた。


 (……)


 オーケヌスは警戒の姿勢を崩さないまま、部屋の奥で佇むサイラを凝視する。


「……ふふ。とても愉しめたぞ。……これで、種蒔きは終わった」

「目的は、なんだ」


 圧倒的なまでの圧力に耐え、オーケヌスが問いかける。


「……話したところで、其方には理解できまい」


 サイラはそう言うと、スッと目を閉じる。

 それと同時に、サイラを包む色が変わっていく。


 (――!?)


 ゆっくりと後ろに下がり、ふわりと浮き上がると、開け放たれた窓から外に飛んだ。

 セルレティスを象徴する金糸が、シャラリと舞う。


「――私は必ず、目的を果たす」


 そう言い残して、セルレティスの姿は消えた。


「……う」

「……アクティス……?」


 ティアの声に、オーケヌスはハッとして彼女を制する。


「心配なのはわかるが、少し待て。……君ではない方が良いだろう」

「え……?」


 屈みかけたティアは、その姿勢のまま、倒れたアクティスを見下ろす。


 ――大丈夫だよ。今のところは。……でもここは、王子様の言う通り、他の人に任せた方が良い


 伶夜の声が、ティアの頭の中に、直接響く。


「えと……」

「君は、彼等を頼む」


 そう言ってオーケヌスは、廊下の奥にティアを促す。


「アイリス!」


 慌ててパタパタと駆けていくのをオーケヌスは見送ると、自身はアクティスの側にかがみ込んだ。


 気を失っているのか、ぐったりとしたまま、動かない。

 オーケヌスは口の中で風の呪を紡ぐと、ゆっくりとアクティスを持ち上げ、部屋へと運び入れた。


 先程サイラが出て行った窓を閉めて、部屋を見渡す。

 テーブルの下に砕け散った花瓶が目にとまる。


 オーケヌスは、風を操り、砕けた欠片を集め、溢れた水を乾かす。


 再びアクティスに視線を戻すと、独り呟いた。



「……其方は、ティアを……」




 アクティスの首元に残った黒い紋様が、服の下でゾワリと動いたことには、気が付けなかった。


 

  




 

次回更新は木曜日です。

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