六章『彼女はただひたすらに彼を想う(5)』
「ね、ねぇ、ひなた。こんな森の中に町なんてあるの!?」
道が整備されていないのか、がたがたと揺れるバイクの上でユキナが叫んだ。
「あります」
ひなたは冷静に前方を見据えながらバイクを操っていく。道なき道を迷うことなく進むひなたは後ろの少女を安心させるように声を発した。
「もうすぐですよ」
「う、うん。分かった」
強く目を瞑り、ひなたをぎゅっと抱きしめているユキナは、それだけ言ってじっと黙りこくった。ただでさえかなりの速度を出しているのに、この道の悪さだ。端的に言って彼女は怖かったのだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
しばらくバイクを走らせた後、ひなたの目が何かを捕らえた。それは見覚えのある町の片鱗だった。森の中に開かれた場所があり、彼はその前でバイクを止めると目を細めた。
「なんだ、ここは? ここだけ周りと比べてやけに綺麗というかなんと言うか……」
ハム吉の言うように、ここは異様だった。周りは木々や草で多い尽くされていたが、まるでこの場だけそれらが上空に吸い取られたかのように、まっさらの土地になっていた。よく見れば、ここを囲む木々には幾多の傷がついている。
「ここは僕たちの修行場、ですかね?」
「ほー」
ハム吉は興味深そうに首を動かし、ユキナもじっとその場を見つめた。ひなたの頭に様々な記憶が蘇る。
みかげと共に、ここを作ったときのこと。
彼女を負ぶって、ここを歩いて町に向かったこと。
だいちと共に、ここで談笑したこと。
彼女と、出会ったこと。
そして、みかげと喧嘩別れをしたこと――。
「ここでは、いろいろなことがありました」
ひなたはぽつりとそう言うと、ユキナの方に向かい直った。
「参りましょう。町はすぐそこです」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そこは辺鄙な町だった。が、ユキナは妙に懐かしい感覚にとらわれた。自分の生まれ育った町も結構な田舎だった。その雰囲気がこことよく似ていたのだ。
町人はひなたの姿を捕らえると一斉に近寄ってきた。
「おお、ひなた!」
「生きてたかっ!」
「また派手にやってるみたいだなぁ」
「この娘は誰?」
「何これ、可愛いっ!」
矢継ぎ早に言われ、ひなたは困惑の表情を浮かべた。彼の頭をばんばんはたく者もいれば、ユキナの頭をなでる者、ハム吉を掴み上げ愛でる者もいた。
しかし、そんな喧騒もある1人の子どもの言葉で一気に終息することになった。
「さくらさんが、待っています」
その子は他の子よりも年上であるらしかった。落ち着いた声でひなたに告げる。ひなたは頷くとバイクを彼に任せて歩き出した。ユキナが慌てて後を追い、ハム吉も彼女の肩に飛び乗った。
「さくら、さん?」
「はい。それが、この町の医者の名です」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
さて、場所は変わってさくら宅。
彼女はそのとき洗濯をしていた。今日は良い天気で洗濯日和であると朝から思っていた彼女は、うきうきしながら洗濯物を干していた。
と、突然とてつもなくうるさいバイクの音が彼女の耳に伝わった。それから町の人たちの騒ぎ声。
さくらは、それらを総合してひとつの結論をたたき出した。もし、この希望的観測が正しければ自分から出向く必要はない。
彼女は自然とわくわくし始めていた。いや、ドキドキといった方が正しいかもしれない。とにかく彼女は鼓動が早まるのを感じていた。
しばらくして、来訪者を告げる鈴の音がなった。さくらは急いで玄関へ向かう。途中、慌てすぎて転びそうになったのは秘密だ。絶対に秘密だ。玄関先にたち、そこに備え付けてあった姿見を覗き込みながら髪を手で整え、大きく深呼吸をし、姿勢を正す。そして――。
「……」
互いに言葉は出なかった。会いたくて仕方がなかった人物が目の前にいて、さくらは現実世界から吹き飛ばされた感覚に陥る。一方のひなたは、さくらの顔を見て顔を緩ませた。
「お」
最初に発したのはさくらだった。しかし、後の言葉は続かない。
実は彼女には前々から決めていたことがあった。本当は真っ先に“それ”をするはずだった。けれど、そんな考えは瞬間的に消し飛んだ。自然と彼女の瞳から涙が零れ、さくらは彼の胸に飛び込んだ。ふわりと髪がゆれ、彼女の身体がひなたの腕の中におさまる。
ひなたは一瞬驚いた顔をしたが、彼女を優しく包み込んでその頭をなでた。服を掴んで泣きじゃくる彼女は昔と何も変わっていない気がした。
「ただいま、さくら」
それを聞いて、さくらが顔をあげる。涙で濡れた顔で口をぱくぱくと動かす。彼女の言いたいことはよく分かった。
だから、ひなたは笑顔で頷く。
「うん。ただいま」
もう一度言って、ひなたは彼女の涙を拭ってやった。さくらはひなたの胸に強く顔を押し付けて、随分と聞き取りづらい声で彼に伝えた。
「お、おか……おか、え、り。ひ、なた」
ユキナの呆然とした顔を残して2人はきつく抱きしめあったのだった。




