六章『彼女はただひたすらに彼を想う(4)』
――時は、遡ること数日。場所は、アンフォール。
この小さな町に家はそう多くない。しかも、ほとんどは同じくらいの大きさの家が立ち並んでいるといった状況だ。
現在、この地に住む最年長の人間は20歳に届くかどうか、というくらいの女性だった。そして、自動的に彼女がこの町の長でもあった。元々は、ある男が長として存在していたのだが、数年前に出て行ってから彼女が代理として行っている。
朝食を取り終え、食後に紅茶を飲みながら彼女は新聞を開いた。流れるような美しい髪が、その動作に合わせて小さく揺れた。それから、一面に大々的に書かれた記事に目が留まり、まるで時間が止まったかのように彼女の動きがぴたりと止まる。一方で、机に置かれた紅茶から湯気が立ち上り、相変わらず時は進んでいることを教えた。
「何、これ?」
凛とした声だった。
この日、一面に載った記事は“蒼風の公開処刑決定”を伝える一報であった。
彼女は、その記事を隅々まで読んだ。二度も三度も。昨日の新聞にて、ひなたの賞金額が数年ぶりに上がったことは知っていた。正体をひた隠しにしていた彼の身に何かあったのではないか、と不安で仕方がなかった彼女にとって、今日のこの記事の内容は衝撃以外の何物でもなかった。
ただ唯一の救いがあった。それは、ひなたを捕まえ、そして処刑を担当するという政府の役人が、だいちであるということだった。
だいちは、かつて自分と同じ町の住民だった。自分と同じようにひなたに救われた人間の1人だ。彼がひなたを処刑するとはどうしても思えなかった。
「大丈夫、だよね」
彼女はそう独り言ちると、紅茶を口に含んだ。喉は、すっかり乾ききっていた。
翌日。
彼女は顔を洗うことも髪を梳かすこともせずに、すぐさま新聞を開いた。その記事は連日の衝撃をさらに増した。
この日、一面に載った記事は“蒼風の政府所有病院への留置”を伝える一報であった。
記事によると、政府本拠地、ひなたの公開処刑場所にみかげが現れたとのことだった。処刑直前に現れたみかげはあろうことか処刑を担当しただいちを斬りつけ、ひなたを救い出した。しかし勇敢な政府役人は彼らに向かって攻撃をしかけ、惜しくもみかげには逃げられたが、ひなたには大怪我を負わせて捕らえることに成功したらしい。
事実とは大きく捻じ曲がっていたが、彼女にはそれを疑うための情報が少なすぎた。ただなんとなく、みかげがひなたを救うことに違和感を覚えたくらいだった。
「事実はどうあれ、ひなたが怪我をしたことは確かのようね」
不安そうな顔を浮かべたまま、そうつぶやいた彼女は新聞を閉じると、洗面所へ向かった。鏡に映る自分の顔は、かつて、ひなたに出会う前の自分によく似ていた。それに腹が立って、彼女は鏡に乱暴に水をかけた。
翌日。
連日の衝撃で、少しばかり睡眠不足に陥った彼女は今日も真っ先に新聞を開いた。そして、これまでとは違う反応を見せる。
彼女は安堵のため息をついたのだ。
この日、一面に載った記事は“蒼風の脱走”を伝える一報であった。
記事によると、蒼風は昨夜未明、病院から脱走したらしい。同室で見張っていた政府役人は蒼風によって拘束され身動きがとれない状態にあった。外を見張っていた役人たちも、彼の運転するバイクによって引き倒されたという話だ。
そして、彼女にとって気になる文面が続く。どうやら、ひなたは今1人ではないらしかった。彼と共にバイクに乗っていたのは1人の少女だったらしい(彼女について政府は明言を意図的に避けている節があった)。彼女はこの少女についてある人物の姿を思い浮かべ、もう一度、安堵のため息をついた。
(無事に会えたのかしら……)
彼女は過去を懐かしむように目を閉じると、小さく微笑んだ。それは久しぶりの笑顔であった。
その後、彼女に更なる衝撃が訪れるのに、さほど時間はかからなかった。




