六章『彼女はただひたすらに彼を想う(1)』
目が覚めたとき、いやに身体が重いことに気づいて彼は愕然とした。それほどまでに重傷だったのかと思い、手を動かそうとする。
「あれ?」
思いのほか簡単に動かせたことに驚きつつ、自分の身体が何故重いのかを知った。誰かの頭が自分の身体に覆いかぶさっていたのだ。
見違うはずもない。それは、すやすやと眠るユキナであった。
「お目覚めか」
棚の上に乗って、何かの種をかじっていたハム吉がほっとしたような顔で言った。
「ここはどこですか?」
「病院」
なるほど。自分が病院のベッドに寝かされているということは、ここにいるユキナは自分を見舞ってくれたということだ。ひなたは彼女を起こさないようにそっと身体を起こした。痛みを感じるのは、首と左手くらいであった。ぼんやりした頭で彼は、だいちとみかげはいったいどうなったのだろう、と考え、それを声に出した。
「あの、みかげとだいちはいったいどうなったのでしょう?」
その問いかけにハム吉は微妙な表情を作り、探るような声を出した。
「覚えてないのか?」
「はい……。みかげに殺されそうになって、地面に倒され、それから誰かが自分の名前を呼びながら近づいてきた、というところまでは覚えていますが、その後のことは……」
ひなたは困ったように頬をかいた。その顔から判断するに、どうやら彼は本当に覚えていないらしい。ハム吉はため息をつくと、彼の記憶が抜けている部分をできるだけ詳細に説明した。聞きながら、ひなたは小難しい顔つきになっていく。
「つまり、みかげは僕もだいちも、それからユキナさんも殺さずにその場を立ち去った、と」
「そうなるな。やたら嬉しげに笑ってたぜ」
「そうですか……」
そのとき、んん、という小さな声が聞こえ、ひなたはそちらに視線を向けた。ユキナが目をこすりながらむくりと起き上がる。そして、微笑むひなたに気づいて、泣いているのか笑っているのか分からない顔を作った。
「ひなたぁ……」
「はい」
ユキナはそのままひなたの胸に顔をうずめた。彼はそんな彼女の背中を優しく叩いてやる。ハム吉曰く、彼女はみかげに倒された自分を心配して、危険を省みずに傍に駆け寄ってくれたらしい。
あのとき自分の名前を呼んでいたのは、ユキナだったのだ。
「ご心配をおかけしました」
「もう、いいよ」
ひなたにとって、それは純粋に嬉しい行為であった。みかげとは違う道でフブキを追い始めることを決め“あの町”を出たときから、ずっとひとりで過ごしてきた彼にとって、自分の名前を呼んでもらうなど随分と長いこと経験していない出来事であった。
ひなたは彼女の小さな背中を抱きしめながら、思う。孤独の辛さは人より分かっている方だと信じている。だからこそ、ユキナの気持ちもよく分かるし、放っておくこともできない。数日前までは赤の他人であったことに違いはないし、そこまで深く思い入れを持つべき特段の理由も見当たらない。強いて言えば、かつて友人であったフブキの妹であるから、といったくらいだろうか。しかし、それは言い換えれば仇の妹でもある、ということだ。そんな人物に義理立てするなど、他人からしてみればもしかすると考えられない行為なのかもしれない。
それでも、ひなたは決意する。
ひとりぼっちは嫌だ。なりたくないし、させたくもない。ここで、彼女を置いて自分だけでフブキを捜しに行くのは、どうしてもできない。たとえ、自分という存在が傍にいることで彼女に迷惑をかけようとも……。
それに彼女は言ってくれたではないか。『ひなたと一緒にいたい』と。それで充分ではないか。自分のせいで彼女に危険が及ぶのならば、自分が彼女を守れば良いだけの話だ。
自分が昔からそうだった。アンフォールを作ろうと思い立った理由。それはただ単純に、ひとりぼっちの者を無くそう、と思ったからだ。あの町を作ったおかげで、救われた人がいたはずだと、少なくとも自分だけは信じている。だったら――。
「ユキナさん」
ひなたは彼女の背中の上から声をかけた。
彼女に出会って事情を聞いたときから、既に決まっていたことなのだろう。自分は彼女を放って置くことなどできやしない。
それを言葉として、初めて彼女に伝えるのだ。
「あなたのお兄様を見つけて、あなたがひとりぼっちでなくなるまで、僕があなたをお守りします」
「……え?」
言ったからには、やるしかない。みかげよりも、そして政府の人間よりも早くフブキを見つけ、そして殺さずに捕らえて元のフブキに戻す。
簡単そうだが至難の業だ。仇を討とうと考えていたときに比べて、かなり難易度は上がった。うまくいく可能性は、ひとつまみほどもないかもしれない。しかし、もう迷いはない。
自分の腕の中にあるぬくもりを忘れたくはない。
「だから安心してください」
ユキナはひなたの胸から身体を離すと呆けたような顔をした。それから、こくんと頷いた。
「うん」
ハム吉が柔らかく笑い、満足げに頷いた。これで、ユキナは自分をひとりぼっちだと思うことはないだろう。それだけで彼は充分に満足だったのだ。




