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六章『彼女はただひたすらに彼を想う(2)』

「前にも言ったはずだが……」

 そんな2人の様子を呆れたように見つめながら、だいちがつぶやいた。

「いたんですか?」

「ああ。ずっと。君らの、なんというか、愛すべき光景をじっと見ていた」

 今、その存在に気づいたのか、ひなたが首を横に向けた。この病室には2つのベッドがあり、隣にだいちが転がっていたのだ。ユキナはだいちの言葉に顔をみるみるうちに赤くさせると、そそくさとひなたから身体を離した。それを見て、ハム吉はふきだすが、それに気づかないほどにユキナは動転していた。

 そんな彼女を見て、だいちは楽しそうに笑った。

「君は、本当に女性で苦労するな」

「男性相手でも苦労してます」

「そうだった」

 だいちは声を出して笑い、それから静かに笑みを消した。

「私個人の意見としては、フブキを殺す気はない。しかし、今回の件で私の降格が議論されているようだし、もともと私の発言力など吹けば消し飛ぶ程度のものだ。つまり政府の動向としては依然と同様、見つけ次第、生死を問わず確保して世間から抹消、ということになる」

 ユキナが小さく悲鳴をあげ、ひなたの服の裾をぎゅっと掴んだ。

「そうならないように何とかするのが僕の役目です」

「何とか、か。下手に希望を見せることは、はっきりと絶望を示すよりも遥かに残酷だぞ?」

「ごもっともです」

 ひなたは苦笑いを浮かべて、ユキナの頭をやや乱暴になでた。それから、だいちと2人にしてくれるように頼んで、ユキナとハム吉に外に出てもらった。病室の外の気配を窺って、ユキナが完全に離れていったことを確認すると、ひなたはため息をついた。

「せめて彼女の前では理想を語っても良いでしょう」

「そうかもしれないが、最終的に傷つくのは彼女じゃないか」

 ひなたを眩しそうに見つめて、だいちはごろりと仰向けに寝転がった。

「君が夢想家でないことはよく知っている。むしろ、現実的な方だろう。常に最悪の事態を想定しているし、だからこそアンフォールに“彼女たち”を……おっと、話が逸れたな。君はそれだけじゃなく、自分の力量もよく知っている。だから、彼女を励ますために、彼女を元気付けるために、先ほどのようなことを言ったというのも重々承知している」

 ひなたも彼に倣って仰向けに寝転がった。無駄に白い天井が彼の視界いっぱいに広がる。

「敢えて聞く。フブキを生きたまま捕らえ、その後、彼を元に戻すことができる可能性は、どれくらいだと考える?」

 その問いに、ひなたは充分過ぎるほどの間をとって答えた。

「ほぼ0%、でしょうか」

「同意見だ」

 だいちは即答し、言葉を続けた。

「君の考えていることを勝手に推測して、言わせてもらう」

「なんでしょう?」

「君が死んでも、きっと彼女は苦しむ。その点はきちんと頭に入れておいてもらいたい」

「約束はできません」

 ひなたは言ってから、次に来るであろう言葉を予想してにやっと笑った。




「私は君を信じている」




 果たして、その言葉がひなたの耳に届いた。だいちも笑いながら言ったらしく静かな笑みが漏れるのが聞こえた。ひなたは堪えきれずに声を出して笑い、首に痛みが走った。

「ずるいですね」

 まるでそう言うのが決まりであるかのように言ってから、ひなたは続ける。

「とにかく僕は、あの子を“ひとりぼっちにさせない”ために動きます。それ以上のことは僕にはできませんから」

 それを聞いて、だいちは呆れたように首を横に振った。

「そんなに多くを背負うと、いつか潰れるぞ」

「そのときはそのときです。僕もあなたと同じように、自分の正義に従うだけです」

 だいちは首だけをひなたに向けた。彼は天井を見つめたままで、だいちの方に顔を向けることはなかった。最も、首は固定されておりだいちの方を向くためには、身体ごと動かさなければならなかったのだが。

「それはそれとして、ここは政府の病院ということを忘れるなよ」

「あ、そうでしたか」

 ひなたはのん気にもそう答えた。別段、焦っている風にも見えない。

「先ほども言ったが、私はきっと降格だ。だから、もうひとつだけ政府側の人間としてはあってはならないことをしようと考えている」

「お世話になります」

「……そもそも、それをするために無理を言って君と同じ病室にしてもらったようなものだからな。大変だったんだぞ。君を見張るため、の一点張りで同室にしてもらうというのは」

「至れり尽くせりとは、こういったことを言うのでしょう」

「この借りは、後日きちんと返していただくとしよう」

 だいちは身体の向きを変えて目を瞑った。そのまま眠りにつこうという体勢だ。ひなたは目だけを動かして自分の刀のある場所を確認した。と、その刀に寄りかかるようにして置かれた短剣に目がいった。元々は綺麗な真っ白だったのであろう柄が血で汚れている。

(あれが、先ほどハム吉が説明してくれた中に出てきた、僕が使ったというユキナさんの短剣か。僕の血で汚してしまって、申し訳ないことをした)

 借りを作った相手はだいちだけではないな、と思い、ひなたは苦笑を浮かべた。

(それにしても、確かあの短剣は……)

 そこまで考えて、ひなたは首を横に振った。どういう経緯があったにしろ、あの短剣は今やユキナのものとなったのだ。自分の身体が動くようになったら、まずはユキナに短剣の扱い方を教えよう、と決意し、彼はだいちの方に身体を向けた。彼の背中が見える。

「必ず」

 随分と遅い返事になったが、だいちはさして気にした風でもなく、さらっと応えた。

「出来れば、みかげの身柄でお願いしたいところです」

「か、必ず……」

 だいちが笑う気配を感じ、ひなたも頬を緩めた。だいちがゆるりと身体の方向を変え、2人は向き合う形になった。

「数日は安静にしていた方が良いらしい。私の退院が5日後ということになっているから、君の脱走は4日後の夜中ということで」

「はい」

「それから、あの短剣だが……」

 だいちは先ほどまでひなたが思いを巡らせていた短剣に視線を向けた。

「こうすることにした。というより、こっちの方が良い気がした」

「分かりました。あなたが良いのなら僕に口出しできることではありません」

「すまん。せっかく――」

「構いません」

 ひなたは小さく笑い、そこで2人の会話は途切れた。

 しばらくして、もう一度小さな謝罪の声と共に隣から寝息が聞こえ、ひなたも静かに目を閉じた。次に目を開けたときにはユキナは病室に戻ってきているだろうか。夢の中に入り込む直前、ひなたはふとそんなことを考えていた。

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