四章『彼女は勇気を振り絞る(2)』
光が一切差し込まない牢獄の中。ひなたは身体を拘束されることがなかったために、床に胡坐をかいていた。うつらうつらとしているらしく、その頭が定期的に揺れる。
こつ、こつ、こつ。
足音。怖ろしいくらいに静かな牢獄中にその音が反響する。それはひなたの牢獄の前で止まり、続いてがちゃりと鍵を開ける音が聞こえた。
「どんな気分だ?」
「思っていたよりは快適ですね」
「そうか」
だいちは硬いベッドに腰掛けると、首をゆっくりと回した。その手を冷たい壁に当て、深くため息をついた。
「……さて、それでは本題に入ろうか」
「そうしていただけるとありがたいです」
ひなたは大きく伸びをして立ち上がると、腰を回して小さく唸った。刀やナイフ等を没収されたため普段より遥かに身体が軽い。彼は試しにその場で跳ねてみた。普段ないものがないというのは、嫌な不安感を覚えさせるものだった。あるはずの重さがなく、ひなたは不服そうに眉をしかめた。
「みかげが動き出した」
「早いですね」
「ああ。私の予想よりも遥かに早い」
「ここに来ますかね?」
「来る。間違いなく」
だいちは足を組んで、頬を人差し指でとんとんと叩いた。
「それで、手伝ってくれるんだよな?」
「その前に、ひとつ確認したいことがあります」
ひなたはだいちの肩に手を置いて鋭い視線を向けた。だいちはそれに動じることなく、柔らかく微笑んだ。
「どうぞ」
「フブキの変貌の理由は、いったい何ですか?」
乾いた声が監獄の中を駆け抜けた。だいちはひなたの表情を読み取り、軽く唇をかみ締めてから小さく頷いた。
「どうやらある程度予想はついているみたいだな。……それならはっきり言おう。他ならぬ君からの問いだ」
だいちはひなたを身体から話すと、人差し指を立てて言い切った。
「フブキは、政府がある薬の人体実験に使い、結果として暴走した」
ひなたは長く大きいため息をついた。情報屋の青年が語った反政府軍説であった方が、気だけは楽になったというものだ。
「政府はここのような大悪党を捕まえておく監獄において、手の付けられない奴らに手を焼いていた。そこで心をなくす薬を作るというあまりにも非人道的な計画を立て、その研究を数十年間続けた。薬の開発と動物実験を何年も続けた後、とうとう数年前に試作品を人間に投与することを決定したんだ」
ひなたは額に手を当てて目を閉じた。大方、先の予想はついた。
「被験者は囚人から選ぶことになった。できるだけ、年齢・性別・体格などがばらばらになるように選出した結果、その中の1人にフブキ選ばれたというわけだ」
「ちょっと待ってください」
話しの中に気になる点があり、ひなたは目を開けた。
「フブキは捕まっていたんですか?」
「ああ。詳しくは分からないが、どうやら何らかの事件に巻き込まれていたみたいだな。彼自身が犯行を行ったかどうかは定かではない。冤罪であった可能性も否定はしない。けれど、彼は“偶然”そこにいて、“偶然”被験者に選ばれた。ちなみに彼は当時、最年少の囚人だった」
ここで一旦、二人の間に沈黙が流れた。ひなたはうなだれたまま、床に座り込んだ。声を発する気にはならなかった。
「実験は燦々たるものだった。フブキ以外の被験者は死亡。唯一生き残ったフブキも精神を錯乱し、手を付けられない状態になった。その後、彼を取り押さえようと奮闘した研究者や政府役人はほぼ全員が殺され、フブキはそのまま逃走していった」
「それで政府はその事実を隠蔽し、フブキを凶悪犯としてその首に賞金を懸けた、と」
やるせなくそう言ったひなたは瞳をぎらぎらと光らせ、だいちに食って掛かった。
「つまりは、だ。全ての元凶は、お前らじゃねぇか」
がらっと口調を変えたひなたは、だいちの胸倉を力いっぱいに掴む。だいちはいたって冷静に首を縦に振った。
「そうなるな」
「そうなるな、じゃねぇよ」
言い終わらないうちにひなたは彼の頬を思い切り殴りつけた。だいちはベッドに倒れ、身体を強く打ちつけた。
「お前、それを知っててずっと黙ってたのか?」
「君に教える理由がない」
「何?」
「これを話せば、確実に君を敵に回すだろうことは決まりきっていたからな」
だいちは平然と起き上がるとひなたの肩をつかんだ。
「当たり前だろうが。それを聞いて僕がお前らに手を貸す理由はない」
「しかし、君は断らない」
だいちは、そのままひなたの頬を殴ると彼を床に押し倒した。
「君が断れば、フブキの妹は死ぬことになる」
「どこまでも外道だな」
ひなたは跳ね起きるとだいちの腹を蹴飛ばした。だいちはうめき声を上げて壁にぶち当たる。続けて、ひなたは彼の頭を掴んでそのままベッドに叩きつけた。ベッドが物凄い音を上げて真っ二つに折れた。
「お前の目指した正義は、そんなもんなのかよ!」
顔から血を流すだいちの頭を持ち上げて、ひなたは堪えきれない怒りを含めて言った。彼の言葉にだいちは目を伏せた。
あくまで冷静を貫いていただいちの瞳がその言葉によって小さくぶれ、苦しそうに顔を歪める。そして、搾り出すような声が独房内に響いた。
「…………それは、違う」




