第八話 十人会議
昨日、間違えて第八話を先にUPしていました、申し訳ないです。明日からはまた毎日投稿を再開していきます。
前話は第七話に直してありますのでそちらも是非
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1919年1月18日 ケ・ドルセー フランス外務省「時計の間」
開会式の会場は、フランス外務省の大広間だ。壁の上のほうに大きな時計が掛かっているから、時計の間と呼ばれているらしい。天井からは巨大なシャンデリアがいくつも下がり、赤い絨毯の上に長いテーブルがコの字型に並んでいる。そこに各国の全権が席次どおりに腰を下ろしていく光景は、壮観というより、どこかの老舗企業の会議に似ていた。
随員の私はもちろんテーブルにはつけない。壁際の随員席で文書の入った鞄を抱えて立ちながら、牧野次席の後ろ姿と、その先に並ぶ各国の顔ぶれを眺めていた。
ポアンカレ大統領の開会演説があり、クレマンソーが議長に選ばれる。白い口ひげをたくわえた、七十を過ぎた老人だ。記憶の中の八幡光真はその名前を「虎」というあだ名と一緒に覚えていて、現代の自分は、この老人がドイツに何を要求するのかを知っている。二つの記憶が同じ顔を見て、まったく違う感想を持つ。この感覚にも、ようやく少し慣れてきた。
「日本は五人、中国は二人か」
隣に立つ重光さんが、各国の席を目で数えながら小さく言った。
「大国と小国で席の数が違うんですっけ。中国は『特殊利益を有する交戦国』の扱いですから」
「知ってる、数えただけだ」
中国代表団の二つの席を見ると、片方に年かさの男が座り、もう片方には三十そこそこの年の近い若い男が座っている。背筋をまっすぐに伸ばし、議事の進行を一言も聞き漏らすまいとするように、じっと前を見ていた。
「あの若いほう、誰です?」
「顧維鈞だ。駐米中国公使」
重光さんは即答した。
「コロンビア大学を出てる。アメリカにいた頃、あいつの名前は何度も新聞で見たよ。ワシントンの社交界じゃ、ちょっとした人気者で英語はアメリカ人より上手いと書かれてた」
記憶が正しければパリ講和会議で山東問題について演説し、各国の同情を集めた中国の外交官だ。高校の日本史では一行か二行で済まされていた人物が、今、十メートルほど先の椅子に座って、クレマンソーの演説を聞いている。
「......思ったより若いですね」
「俺たちとそう変わらん。三十かそこらだ」
重光さんはそれだけ言うと、また議事のほうへ目を戻した。私はしばらく顧維鈞から目を離すことができなかった。
散会になると、時計の間の空気は一度に緩んだ。
廊下へ続く扉が開いて、控えの間で待っていたらしい婦人たちがそれぞれの連れ合いのもとへ歩み寄ってくる。英国の随員にもイタリアの若い書記官にも腕を取りに来る誰かがいた。毛皮の襟巻きと香水の匂いと早口のフランス語が、さっきまで条約の話をしていた男たちを、一人また一人と連れ去っていく。
気がつくと、両腕が書類鞄で塞がっているのはどうやら日本人くらいのものだった。
本当なら、去年の暮れに祝言を挙げているはずだったと心の中の八幡光真は言う。もっとも挙げていたところで、細君をパリまで連れてくる随員など、日本の代表団にはほとんどいない。分かってはいるのだが、私は鞄を抱え直して、先に歩き出した重光さんの背中を追った。
同日夜 パリ7区
式が終わったあと、私と重光さんは本部に戻る前に、英国代表団のホテルへ書類を届ける用事を言いつけられた。ついでに少し遠回りをして、夜の大通りを歩いてみることにした。昼間の式典の緊張がまだ身体に残っていて、このまままっすぐ部屋に帰っても眠れそうになかったからだ。
とあるホテルの前を通りかかったとき、大きなガラス窓の向こうの食堂が目に入った。
白いテーブルクロスの上に葡萄酒の瓶が何本も並び、その周りを七、八人の男たちが囲んで笑っている。テーブルの中央にいるのは、昼間の顧維鈞だった。周りの男たちは手帳を広げ、鉛筆を走らせながら、しきりに何かを質問している。
「記者だな、あれは」
重光さんが足を止めた。
「アメリカの記者だ。左の眼鏡の男は、確かシカゴの新聞の奴だ。顧維鈞は昨日もあそこで食ってたし、一昨日もだ。毎晩だよ」
「毎晩ですか」
「ワシントンでもそうだった。あいつは新聞記者と飯を食うのが仕事だと思ってる」
窓の向こうで、顧維鈞が何か言った。記者たちがどっと笑い、一人が手帳に大きく何かを書きつけている。ガラス越しで声は聞こえないが、明日の朝のアメリカの新聞には載るのだろう。それを読んだアメリカ人は、中国に同情する。その同情はやがてウィルソンの耳にも届く。
「うちの報道の係はどうしてますか」
「松岡さんか。本部で、東京向けの電報を書いてるよ。今日の開会式で日本がどれだけ立派な席に座ったか、国内の新聞に流すんだと」
国内に向けて。
私は昨日のことを思い出した。日本の広報は世界を決める会議に出席できたことを喜んで葡萄酒片手に国内向けの電報を今書いている。しかし、あの若い中国人外交官は一人で、葡萄酒を片手に世界中に向けて発信している。
「八幡、行くぞ。書類が遅れる」
「……はい」
重光さんに促されて、私は窓の前を離れた。最後にもう一度振り返ると、顧維鈞がちょうどこちらを向いたところだった。目が合ったのかどうかは、ガラスの反射で分からなかった。
本部に戻ると、廊下の荷物はようやく片付き始めていた。自分の机に鞄を置いたところで、庶務の男が顔を出す。
「八幡君、次席がお呼びだ。随員は全員、会議室へとのことだ」
会議室には、牧野次席と珍田大使、松井大使、それに主だった随員が集まっていた。吉田さんは部屋の隅で、朝に返したのタイプライターの隣に座っている。
牧野次席は全員が揃うのを待ってから、手元の書類を一枚めくった。
「皆、今日はご苦労だった。開会式はつつがなく終わった。それで、先ほど十人会議の事務局と話をしてきたのだが」
穏やかな声だった。部屋の誰もが、次の言葉を待っている。
「来週、ドイツの旧植民地と、極東の旧権益について、十人会議で各国の主張を聞くことになった。日本からは、南洋群島と山東の件を出す。資料の準備を、今夜から始めてほしい。......何か、質問はあるかね」
誰も手を挙げなかった。当然だ。日本は青島を攻め落とし、南洋を占領した。条約も法も、日本の側にあるのは私の目から見ても間違いない。
しかし来週にも顧維鈞の演説を聞いた各国の代表たちが、山東に対してどんな主張をするだろう。けれど、それを今ここで言ったところで誰も信じない。あの男は毎晩アメリカの記者と飯を食っています、だから気をつけたほうがいいです、とでも言うのか。
牧野次席の視線が、一瞬だけ私の上で止まった気がした。
「では、よろしく頼む」
会議はそれで終わった。廊下に出ると、パリの夜はもうすっかり更けていて、窓の外のガス灯が、相変わらず一つおきに灯っていた。




