09 公爵様の答え合わせ
「透けるんですよ」
私の支度を整えながらエマが言う。
「す、透け……?」
「そうスケスケ」
いや私はスケスケとは言っていない。
「この綿織りは密度がないですからね。重ねても多少は透けるんです」
エマは私から少し離れて、畳みかけていたモスリンのドレスを広げて私のほうに掲げる。するとエマの輪郭がドレスの上にぼんやりと影絵のようになって現れた。
「それにテラスでしたでしょう? まだ日も昇り切らずで、横差しの光がお嬢様の身体の線を拾って、公爵様の目にくっきりと浮かび上がらせ……」
「もういいわ、わかったわ」
エマはいつも過剰な表現で私を痛ぶる。
「あっ、目が合わなかったのは」
「見ないように気をつけていたんでしょう」
「やっぱり紳士な方」
「遠目では見ていたと思いますけど」
「公爵様はそんなことしないわ」
「あんまり聖人化しないほうがいいと思いますよ」
私は鏡の前に立つ。きちんとしたドレスはシックなブルーグレーだった。選んだのは私だ。ノイベルク公爵の瞳の色に似ていると思ったから。ジークフリートの目の色とも同じなのが難点だけど、ジークフリートの前でこの色を着たことは一度もない。
「支度をありがとう。さっきのドレスに比べるとやっぱり面倒よね」
「あのドレスが刺激的な理由はもうひとつありますよ」
「あら何かしら」
「着やすいということは、脱がせやすいということです」
「エマ!!」
エマの台詞を思い出したせいで、再びテラスに戻ったとき、私はノイベルク公爵のお顔をしっかりと見られなかった。
私はドレスの襞を少し広げて礼をする。
「アデリンデ、貴女がそれを選んだのですか」
「はい、この色は初めて着ました」
私の意図を察してくれただろうか。そう気を揉んでいると、公爵は私のために椅子を引きながら「それはとても嬉しいです」と優しく笑った。
前とは違い公爵は私の隣の椅子に座った。二人で湖を眺めるような位置になる。二人で同じものを見ている、それだけで心が安らいだ。
「婚前旅行らしいことが何もできていなかったので。明日は湖畔にでも出かけましょうか。船と料理人を手配しています」
私はじんわり目に涙が浮かぶのがわかった。今度はうれし涙だった。ノイベルク公爵はちゃんと考えてくれていたんだ。
「ゆっくりしようと思っていたのですが、王太子殿下と貴方の婚約を解くのを、国王陛下が渋りまして」
「国王陛下が?」
「シラーズ公爵や王宮の者たちから書簡が毎日のように来るので対応しておりました」
初耳だった。そんなことになっていたなんて。私が毎日ごろごろ呑気にしている間に!王都とそんなやりとりを!
「教えてくだされば良かったのに」
「言ったら国王陛下や王宮の者たちのために、貴方はあっさり王太子殿下の元へ戻ってしまうのではないかと思っていました」
「そんなことしませんわ」
「そのようですね」
公爵が私の目を覗き込む。
「寂しかったんですよね?」
私の言葉を反芻されたのが恥ずかしくて目を逸らす。
「寂しくないと、強がっている貴方も可愛らしかった」
「公爵様?」
「その、公爵様というのもいけませんね。私の名前はアルノルト・ノイベルクです。さあどうぞ」
公爵が悪戯っぽく笑う。
「アルノルト様」
「よくできました」
はあ〜こういう馬鹿なやりとりしてみたかった!
婚約者と他愛もない会話をする、というはじめての体験に感動する。ジークフリートとは用件のない会話はしなかったから。なんだかくすぐったくて、呆れ顔のメイドすらスパイスだ。
「それにしても、急に婚約に至ったのには何か理由があるのでしょうか」
ノイベルク公爵、もといアルノルト様は少し固い表情になる。
「シラーズ公爵もいる場で、殿下の失言があったそうです。さすがの国王陛下も、婚約解消をお認めになったとか。もちろん破棄ではなく解消ですよ」
「殿下は一体何を言ったのですか」
「……貴方を側室に迎えたいと」
「ハァ?」
私より先にエマが反射的に声を上げ、「失礼しました」とすかさず詫びる。
「それだけではなく他にもいろいろと。シラーズ公爵がその場で、私の求婚の話も出してくれ、国王陛下はお認めにならざるを得ない状況のようでした。後はとんとん拍子です。ただ、王妃様は反対されていましたね」
「王妃様ですか? 気に入られた覚えはありませんが」
「王太子殿下との婚約解消ではなく、反対したのは私と貴方の婚約です」
なんで? 王妃様のことだから愛息と別れた私には、再婚約しないでとっとと修道院にでも行って欲しいのか。
「なぜでしょうね。末番ですが私に王位継承権があるからか」
「継承権あるんだ……」
エマが私の横でぼそっと呟く。
「もしくは」
言いかけてアルノルト様はちらとエマを見た。
「彼女の前で話しても良いでしょうか。聞いたら結婚後、ノイベルクまでついてきてもらうことになりますが」
私とエマは顔を見合わせた。
「今すぐには決められないので下がります」
そう言ってエマはお茶を替えるとテラスを出る。
エマの姿が見えなくなると、アルノルト様はもう一歩、椅子を近づける。
「もしくは、王妃様が貴方の祝福に気づいているか、です」




