10 ≪側室の耳飾り≫とその歴史
――もしくは、王妃様が貴方の祝福に気づいているか、です
王妃様が? けれど今までそれらしいことを言われたり探られたりしたことはない。
アルノルト様は胸ポケットからチェーンに繋がれたあの耳飾りを取り出して私に見せる。
「この石は通称≪側室の耳飾り≫と言われています。側室であった私の祖母が先代陛下から賜りました」
銀の細工で縁取られた青い石が嵌め込まれていてキラキラと輝いている。
「一対あって片方を私が、もう片方を私の父が持っています」
「家宝とおっしゃっていましたものね」
石の輝きを見つめながら私がそういうと、アルノルト様はバツの悪そうな顔をした。私は少し引っ掛かりを覚える。
側室という言い方があまりよく無いのかしら。当時であれば、年代的にさして珍しいことではないけれど。
「その頃の王宮は毒盛り合戦の状態でした。男児を産んだ祖母は、王子つまり私の父ですが、その身を案じて、臣籍降下を願い出ました。
先代陛下は祖母をたいへん気に入っていましたから、王統の分家とわかるように≪王妃のティアラ≫から、石の雫を二つ抜いて耳飾りを作らせました。ご存知かもしれませんが、≪王妃の指輪≫もその昔、ティアラの一番石が抜かれて作られたものです」
「祖母はいち早く王位継承戦から降りましたので、母子ともに命を繋ぎましたが、先の継承戦は王家の男子がごっそりこの世から消える事態となりました。結局、単純に数が足りないこともあって、降下による継承剥奪は一代限りとし、私の代でまた継承権が復活しています」
「ですので、もし私とアデリンデの間に男の子が産まれれば」
そこまで言って、アルノルト様は少し頬を染める。私に至っては真っ赤っかだった。
「その子も継承権を持つことになります。継承を持つ父と、祝福を持つ母は、将来ジークフリート殿下の王統を脅かすのではないかと、王妃様は警戒なさっているのかもしれません」
「祝福をご存知なら、なぜ王太子殿下との婚約継続をお望みにならなかったのかしら」
「貴方は優秀すぎるのです」
アルノルト様は苦笑いをした。
「さらに祝福も得たとなれば、貴方では夫を陰で支える妻ではなく王政の主役になってしまいますから。王妃様はもう少し御し易いご令嬢をお望みなのではないですか」
ロザリーなら私よりもっとジークフリートを立てるだろうが、ロザリーが御し易いご令嬢とは思えない。
御し易いご令嬢ねぇと思い浮かべながら、ふっとあのリストを思い出した。それは片手では収まらない数なのだけれど、ジークフリートの浮気相手のご令嬢リストである。
≪指輪≫から助言を受けて、さして親しくもないのに急に近づいてきたり、ロザリーと殿下の様子をご忠告として耳に入れてきた令嬢の名前を常に記録していた。すると見事に、そのご令嬢たちがジークフリートと夜会や王宮行事で仲良く抜け出していた事実があった。王太子殿下が1人で行動できるはずもなく、問いただせば護衛らは素直に吐いた。
令嬢たちはみな王太子殿下の好む外見で、御し易いといえばそのような性質の子らであった。ただその流され易い娘たちが、用意周到に王宮に密会部屋を用意して、分刻みとも言える式次第の穴を突き、王太子と抜け出す計画など立てられるだろうか。
ああきっと、手引きは、王妃様だったのだ。
忘れた頃に慰謝料を請求してやろうとリストを温めていたが、背後に王妃様がいるのなら、何もせず目を瞑ったほうがいい。
現王妃様は側室制度が廃止になった後の、はじめての正妃様である。政争の恐れはずいぶん減ったが、一方で女性としてのプレッシャーは過去の正妃の比ではなかったろう。
王妃様の子で、男子はジークフリート1人である。待望の男子を産んで安堵した瞬間に「お一人では心許ない」などと周囲から求められるのである。
自身の教訓から、息子のために婚外子でも良いから二重三重に王統の維持を仕掛ける狂気は、理解できないが同情すべきものであった。
思考にふける私をアルノルト様はゆっくりと待ってくれていた。
「しかしどうして王妃様は私の祝福に気づいたのでしょう」
「ひとつには、貴方が婚約式で倒れたことです。祝福を受けた方は指輪やティアラを授与された後に体の不調を引き起こしています。これは公式な記録ではありませんが、王妃様であればお調べすることは可能です」
「もうひとつには……私が貴方を気にかけ過ぎたせいかもしれません」
ああ、石オタクですものね。
「違いますよ」
合点して頷く私の心を見通すように、アルノルト様は言った。




