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06 公爵様と南領でバカンスを


「美しいですね」


 南領のシラーズ別邸の近くには大きな湖がある。ノイベルク公爵がその湖面の輝きに目を細めた。

 私はむしろその湖面の反射を受けてキラキラと光が注ぐ公爵の横顔にうっとりする。



 昨日はひと晩中、2台の馬車を走らせた。比較的治安の良い街道であるし、護衛もつけたが、夜間なのでほとんど休息を取らず、到着を優先した。


 日が昇ってしばらく後に南領に着いた。別邸の侍女の手筈で着替えと湯浴みを済ます。落ち葉の出始めた季節だというのに、こちらはずいぶん暖かくコートも要らない。私はずっとお借りしていた公爵のコートの手入れを侍女にお願いする。


 湖を見渡せるテラスに朝食の用意があって、すでにノイベルク公爵は席についていた。私もそこで、ビスケットパンと紅茶をいただく。


「私だけ先にいただいて申し訳ない」


 ノイベルク公爵は昨日と同じ服だ。私はシラーズの馬車に移動して仮眠をとったが、おそらくこの方は寝ていない。ひと晩中、車中で周囲を警戒していたのだろう。私は昨夜の婚約破棄の後、夜のうちに南領に逃げ込もうと考えたが、自分がいかに無計画だったかを思い知った。

 夜間の街道通行は許可が要ったし、護衛の手配も必要だった。替え馬もするべき中距離だった。これらをすべてノイベルク公爵がするするとやってのけた。

 それに当主(ちちうえ)の説得も。


「私は役に立ったでしょう?」

 

 助かったけれど、役に立つなんて言い方はしたくなくて、私はうまく返事ができない。


「まさか本当に夜中に移動するとは思いませんでした」

「今ごろ貴方の家には王室からの使者が来ていますよ。シラーズ公爵も、貴方がその場にいないほうが、かえって言い訳が立つと言うものです」


 私はティーカップに口をつけるふりをして公爵を盗み見る。公爵は意外と大きな口を開けてビスケットに齧りつく。お口が大きいな…という見たままの感想が心に浮かぶ。ただそれだけなのにどきどきした。


 突然の来訪で、南領別邸の使用人に朝食の用意がないと恐縮されてしまった。シラーズは本邸でも朝ごはんは意外と軽いし、常備品で良いと伝えたけれど、ノイベルク公爵には失礼だったかしら。それにずいぶんお腹を空かしてそうだ。きっと昨夜も祝賀会の後始末であまり食べていないわよね。お昼はお腹に溜まるしっかりしたものを出してもらおう。


「あの、今日のお仕事は大丈夫だったのでしょうか」

「昨日の祝賀会でひと区切りです。丁度、休暇に入るところでした。それに」


 公爵は灰青の目をこちらに向ける。


「次の祝賀会の準備は貴方が不在なのでしょう。混乱が想像できます。宝物管理をダシに、いろいろこちらにも頼まれそうなので、逃げました」


 真面目な顔をしてそう言うので、笑ってしまった。私の様子を見て公爵は気を緩めたのか軽口を言ってきた。


「婚前旅行にも丁度いいですしね」


 さらりと言われて私は固まる。

 そうなのだ。まさかこの麗しい方が、私の次の婚約者(予定)だなんて。突然空から婚約者が降ってきたようなものだった。


 私は昨夜のスピード求婚劇を思い返す。



 ◇◇



『取引をしませんか』


 馬車の中でノイベルク公爵は私に持ちかけた。


「取引とは」

「シラーズ公爵令嬢、私と婚約していただけないでしょうか」


 婚約!急な申し出に私は深く咳き込んだ。

 胸に何かが詰まったような、つっかえたような、息苦しさを感じる。はじめて求婚されてしまった。ジークフリートのときは調印しただけで形式的なプロポーズもなかったから。あまりに急なことで、動悸が強くてうまく呼吸ができない。


「そしてこの耳飾りの器になっていただきたいのです。確証はないですが、おそらくこちらの石でも貴方は祝福を得られます。貴方は指輪との「対話」が欲しいでしょう?」


 再び指輪――いや、今度は指輪型ではないから、石と言うべきか――石との「対話」ができるということ?それは願ったり叶ったりだ。


「この時代に「対話」をできる方がいるのに、その力が失われることが残念でなりません。これは宝物庫管理人としての好奇心もありますし、わが家が受け継ぐ石を発動させてみたいという欲でもあります」


 各所から狙われているはずなのに、さっぱり浮いた話のなかったノイベルク公爵がなぜ私に?と思ったけれど、私が石の器になれるからか。その理由を知れてちょっとすっきりする。ノイベルク公爵は石オタクだったんだ。

 そしてふと疑問が浮かぶ。


「取引とおっしゃいました」

「はい、言いました」

「こちらから差し出すものがないようです。取引というからにはメリットとデメリットがあると思うのですけれど。私のほうは、石との「対話」を試せるうえに婚約破棄された身を拾ってもらえて」


 公爵は少し考えてから、耳飾りを私の前に近づけて言う。


「この耳飾りは家宝なので、私の家に入ると決まった方にしかお贈りできません。ですが、この石では貴方に祝福が発動しない可能性もあります」


 公爵が不安げに続ける。


「祝福が発動しなかった場合、貴方はただ私と結婚するだけになってしまいます」

「それのどの辺りがデメリットなのでしょうか」

「…………」


公爵は面食らった顔をしてから「ははははは!」と彼に似つかわしくない大きな声で笑った。


「それは嬉しいですね、ではよろしいでしょうか」

「はい、よろしくお願いします」


 私は公爵から差し出された手を握り返した。



 ◇◇


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