04 魅惑の公爵様は≪王妃の指輪≫の管理人
さて、ロザリーとジークフリートを見物している場合では無い。シラーズ家が所有する飛び地の南方領に急いで移動しなくては。ジークフリートの手腕で王太子公務も次の祝賀会の準備も、順調に回るとは思えない。婚約破棄しておきながら、体よく呼び出されたらかなわない。
会場出入り口の重厚な扉を押して、ホールからホワイエに出る。追っ手がいないか後ろを幾度も振り返りつつ、小走りに移動していたら、うっかり誰かにぶつかった。今日はよく人にぶつかる日だ。
「シラーズ公爵令嬢?」
落ち着いた低い揺らぎのある声。まずい人に会ってしまった。
ノイベルク公爵だ。ジークフリートと同じ、王家由来のゴールドブロンドと青灰の目が臣籍降下の家系を物語っている。
彼は、私のほつれた袖や裾、少し開いたデコルテを一瞥すると、畳んで腕にかけていたコートを広げ、私の肩を覆う。
「公爵様、お気遣いなく。すぐに帰りますので」
「お使いください。返さなくて結構ですから」
私はコートの襟をぎゅっと握って前を重ねる。すると公爵が襟を掴んだ私の手をじっと見た。
「指輪は?」
まずいまずいまずいと私の頭の中の警報が鳴る。
この方は≪王妃の指輪≫の管理人だ。若くして国宝物庫の財務長官の役にある。私が言い淀んでいると、公爵は続ける。
「祝賀会の事後仕事をしていましたが。どうもホールが騒がしいと報告を受け、帰りに様子を見にきました」
公爵は少し考えてから私に問う。
「婚約解消なさったんですか」
「婚約破棄です。された側で」
「ほう」
「ホールの中を見ても?」
「あ、はい、どうぞ」
その間にここを離れよう。そう思って回れ右をすると、後ろから低い声がする。
「逃げないで待っていてくださいね」
「はい……」
釘を刺されて私は戸惑う。今すぐにここを立ち去りたいのに。
「大丈夫ですよ。貴方をお守りして、シラーズ邸までお送りします」
「いえ、南領まで行く予定でして」
「今から?」
私が言葉に詰まっていると「お待ちくださいね」と声をかけてノイベルク公爵はホールの扉を開けた。とたんにまだ続く拍手と大騒ぎの声がどっとホワイエまで届く。ノイベルク公爵はすぐに扉を閉じて戻ってきた。ホワイエにも静寂が戻る。
「だいたい理解しました。両陛下はご存じない?」
「はい。知るのは深夜か明朝かと」
「行きましょうか、南領」
「えっ?あの、公爵様、今からですか?」
「はは、貴方が今からと言ったのですよ」
公爵は初めて笑った。
「貴方ともゆっくりお話ししたいですし。ああ、送るにしても、先にシラーズ公爵へご挨拶が必要ですね」
私は身震いする。国宝の指輪を勝手に返却したことにご立腹かもしれない。私の父にも今日の顛末を報告するつもりだろうか。あんなことを言っているが、南領には行けないかもしれない。
公爵様は私に片腕を出した。戸惑う私に、公爵は背中を押す。
「走り去るより、堂々と出たほうが後々良い結果につながります。おそらくは」
私はその腕に指先だけ添えて、エスコートされながらまっすぐ正面玄関まで進む。そして無言の圧力でノイベルク公爵の馬車に同乗した。我が家の馬車にも伝言を出すと、ノイベルク紋の馬車の後ろにつけてくれた。
馬車に乗り込み、その扉が閉まると、公爵が待ちかねたように口を開く。
「祝福は消えてしまいましたか?」
指輪に祝福を受けたこと、指輪との「対話」が始まったことを口外しないよう私に言ったのは、このノイベルク公爵だ。婚約式の日、控えで倒れた私を助けに来たのもこの人だった。
「はい、何も聞こえません」
「そうですか、勿体ないことです」
「すみません」
「あの女の子、元気でしたね」
「はい、おそらく……」
「次の継承は無いと」
ああ怒っておられるだろうなあと横顔を盗み見ると、ノイベルク公爵は口角を上げていた。なんで笑っているんですか!?
「実は、私もひとつ持っているんです。≪王妃の指輪≫よりも小さいですが」
公爵は胸ポケットからそれを取り出した。私の前に、片方だけの耳飾りを持ち上げて見せる。それは防犯のためか細いチェーンに繋がれていた。耳飾りの中央には≪王妃の指輪≫と同じく青い透明な石が嵌め込まれている。
「シラーズ公爵令嬢、取引をしませんか」
ノイベルク公爵が今まで見せたこともない魅惑の笑顔で、そう言った。




